第112章第4話【異世界少年と決意】
「これは、ある男の『罪』の物語です――」
普段の間延びした口調は形を潜め、エドワードは静かに語り始めた。
「昔々、北と西の間に『ベルレト』という町がありました。そこは領主様が治める本当に小さな町で、鉄鋼と魔石の採掘でそこそこの知名度がありました」
ベルレトという町の名前は、ショウも知っている。ユフィーリアの書斎にあった『地方の今昔』という題名の魔導書で読んだ記憶がある。
かつては鉄鋼と魔石の採掘である程度の知名度を誇ったようだが、時代が進むにつれて徐々に廃れていった様子である。いつしか近隣諸国に合併されて町の名前は消されており、領主や領民も故郷を手放して都会の町に移り住んだと記述があった。
エドワードの紡ぐ物語では、この町に若い頃のユフィーリアは幼いエドワードを引き連れて訪れたようである。
「魔女ってのは長いこと生きるからねぇ、その町に住んで3年だったかなぁ。一度も晴れ間を見たことはなかったんだよねぇ」
「やっぱり3年も振り続けていたんですか、雨」
「ううん、300年だってさぁ」
「さんびゃッ!?」
ショウの口からとんでもねー声が漏れた。
何せ300年である。3年も長いこと雨が降り続けているだけでも異常なのに、300年では色々と崩れてきそうだ。土砂崩れなどで町が埋まらなかったのが奇跡と呼んでもいいだろう。
物語上で言われている期間は、ユフィーリアとエドワードがベルレトを訪れてからのものだったのだ。なるほど、確かに実話を基盤にしている。
「3年もの長いこと雨が続いている状況に異常を感じ取った魔女様は、領主様に話を聞きに行きました。どうやら領主様が言うには、町外れにある塔に町で1番の魔法使いが住み着いて雨を降り続けさせている様子です。天候を操作する魔法は禁忌で、法律でも固く禁止されていたから魔女様は止めに行くことにしました」
「どうして天候を操作することを禁じているの!?」
「自然現象に干渉しちゃうと環境が変わって魔素が変質しちゃうからだよぉ。そもそも、そんな規模の魔法は魔力が持たないからねぇ」
ハルアの純粋な疑問にも分かりやすく対応してくれるエドワード。さすがユフィーリア仕込みの知識量である。
「それでその塔にいた魔法使いの話を聞いてみたら、どうやら死んだ奥さんが雨の日が好きだったみたいでねぇ。奥さんのことを忘れない為にベルレトの町を雨で支配していたんだよぉ」
「そんなこと可能なんですか?」
「普通は魔力が持たなくて魔力欠乏症になるねぇ。でも邪道とも言える方法を使えば出来なくもないよぉ、だから禁止されてるんだけどねぇ」
エドワードは「そんな訳でぇ」と締め括り、
「奥さんを忘れないようにする為に雨を降らせ続けた魔法使いをどうにかこうにか説得して、最終的には魔法を中断させてベルレトの町には日差しが降り注ぐようになりましたぁ。魔法使いは『天候を操作する』なんていう大規模な魔法を行使したので身体が耐えられずにお亡くなりになり、魔女様は静かに眠らせてあげたのでしたっとぉ」
「軽く語ってますが、それ実話なんですよね?」
「そうだよぉ。全部ねぇ、若い時のユーリと子供の頃の俺ちゃんの話よぉ」
あまりにも苦しい結末に、ショウは眉根を寄せた。
これが勧善懲悪ものの舞台ならば大人から子供まで楽しめる人気のある娯楽として長く続けられるだろうが、商業でこんな重たい内容の物語を演じるのは厳しいだろう。子供は内容を理解できず、大人はあまりにも重たい内容に精神に異常を来すに違いない。
ただ、話の内容は本当に素晴らしいものだ。勧善懲悪に落とし込むことも出来る。おそらく演劇という娯楽を長く続ける為に勧善懲悪ものとして落とし込んだことが原因で、脚本を書いたユフィーリアの怒りを買う羽目になったのだろう。
本来の『Hope of rainy days』を演じるのは難しいのではないかとショウはアリオを見やると、
「おおおん、おおおおん」
「何ですかその汚え泣き方は」
「演者の風上にも置けない泣き方だね!!」
「ぶっちゃけ獣の鳴き方って言った方がいいねぇ」
「喧しいわ!!」
何だか凄え不細工な顔で咽び泣くアリオに、問題児男子組のツッコミが叩き込まれた。顔全体をしわしわにして野太い泣き声を上げる様は、精神状態の異常性を感じざるを得ない。端的に言えば「こいつ大丈夫か?」である。
アリオほど酷くはないが、演劇同好会に属する生徒たちもまた涙で目を潤ませていた。美しくも儚い『Hope of rainy days』の本当の内容を明かされたことで胸を締め付けられる思いを感じていることだろう。
エドワードは肩を竦め、
「こんな事情だからねぇ、後世に語り継がれるべき内容ではあるけれど娯楽では消費できないでしょぉ。ユーリもせっかく書いた脚本が勧善懲悪ものに改変されて怒り狂ったからねぇ」
「まあ、確かにこれだけ綺麗な物語を娯楽として消費させられたら怒るだろうし、実話なら尚更でしょうね」
納得したように頷くショウだったが「でも」と言葉を続ける。
「罪の物語と呼ぶには相応しくないかなと思います。確かに魔法使いは天候を変えるなんて大罪を犯したかもしれないけれど、そこには死んだ奥さんに対する深い愛情があったのだから」
エドワードが語った内容を、頭の中で反芻するショウ。
天候を変える魔法は禁忌されているが、それでも死んだ妻が「好きだった」と語った雨を降らせ続けることで風化する彼女の記憶を留めておくことにしたのだ。罪を犯してでも妻のことを忘れたくなかったのだ。紛れもなく愛情があるからこそ成せる技である。
罪の物語ではある。ただそれを「絶対的な悪だ」と語るにはあまりにも酷だろう。真っ直ぐに愛したが故に、魔法使いは悪いことに手を出してしまっただけであり、非常に考えさせられる内容だと思われる。
「うむ、確かにその通りだ」
アリオもまた頷くと、
「今までは勧善懲悪ものだと思っていたが、真実を聞いて思いが変わった。俺はこの演劇をやりたいのではなく『やらねばならない』のだ」
「使命としてですか」
「ああ」
全員の注目が集まる中、アリオは馬鹿みたいに大きな声を落として口を開く。
「俺の両親は天災で死んだ。とある劇団に所属し、全世界巡業の真っ最中だったのだが、豪雨に見舞われて増水した川に流されてしまったらしい。俺が幼い頃の話だ」
「そんな……」
「それから母方の祖父母に育てられたが、雨の日はどうしても両親のことを思い出すな。この『Hope of rainy days』の魔法使いが妻を忘れたくなくて雨を降らせるのならば、俺は両親に対する思いをこの演劇にぶつけたい」
自信家な現在のアリオとは思えないぐらい、彼は辛い過去を送ってきたのだ。雨の日にはまた違った思いを抱いていることだろう。
この演劇に於いて、雨を降らせ続けた魔法使いを演じることが出来る人物がいるとすればアリオ以外に他ならない。同じような悲劇を繰り返さない為――そして同じ悲劇を味わった人物が前を向く為にも、この演劇は執り行われるべきだ。
ショウは「分かりました」と言い、
「概要は把握しましたので、何とかこの形式で脚本に落とし込みます。やりましょう、『Hope of rainy days』を」
「おお、協力してくれるのか小悪魔系問題児!!」
「ショウちゃんとお呼びください、小悪魔系問題児とかほざいたらぷち殺します。具体的に言うと半殺しです」
「すまんな、ショウちゃん!!!!」
「うるさ」
協力すると言ってしまったことを早くも後悔するショウをよそに、演劇同好会の生徒たちも『Hope of rainy days』の上演に覚悟を決めたようである。早速とばかりに配役を話し合っていた。
本当の話を聞いてしまった以上、誰もが納得する形で脚本に落とし込む必要がある。それを果たして出来るのか不安だが、やるしかない。
ショウはむんと拳を握りしめ、
「脚本作業を頑張らなければ」
「頑張れ、ショウちゃん!!」
「ハルさんは大道具作りを頼むぞ。演劇同好会の皆さんと一緒にな」
「あいあい!!」
こうして問題児の協力のもと、伝説の舞台『Hope of rainy days』の稽古が始まるのだった。
《登場人物》
【ショウ】こんな話を聞かされて、やらないなんて言えないではないか。そんな訳で脚本を書くことになっちゃった初心者である。
【ハルア】これ本当に実話です?
【エドワード】伝説の舞台の真相を知る1人。基本的にあの演劇については上演されてほしいと願っている。
【アリオ】両親を洪水で亡くした経緯を持つ。雨の日にはやっぱり両親を思い出す。