第112章第3話【異世界少年と劇の内容】
どうやら最愛の旦那様を怒らせてしまったらしい。
「嫌われたらどうしてくれるんですか。劇団じゃなくて冥府に転職させますよ」
「あーッ、お客様困りますーッ!! あーッ、お客様ぁーッ!!」
「馬鹿でかボイスで怯むと思ってるんですか。甘いですよ今の俺は無敵です反省しなさい」
大量に呼び出した腕の形をした炎――炎腕でアリオの胸倉を掴み、宙吊りにして威嚇するショウ。今にも飛びかかりそうな気配だが、襟首をハルアに掴まれているので物理的に飛びかかることが出来ず、仕方ないので炎腕によって制裁を加えているところだった。
ただ脚本を借りに行くだけで、最愛の旦那様があんな感情を剥き出しにしてくるとは想定外である。それほどあの脚本には並々ならぬ思いがある様子だった。それも、常人が簡単に触れてはいけない類である。
それを知らずにアリオは土足で踏み込んでしまったのだ。誰しも触れられたくない箇所はある。無神経な行動は控えるべきだったのだ。
ショウは底冷えのする絶対零度の眼差しでアリオたち演劇同好会の生徒たちを睨みつけると、
「そんな甘い話じゃなかったじゃないですか。ユフィーリアがあそこまで言うなんて珍しいですよ、どうしてくれるんです」
「うん、それはオレも思った!!」
ショウの襟首を掴むハルアも同意を示してくる。
「ユーリ、怒るの苦手だもん。怒る時って言ったらオレらが何か危ないことをした時だけで、あんな怒ることなかったもん」
「何の地雷を踏み抜いたんですか、アリオさん」
「残念ながら知らん!!」
ショウの炎腕から解放されたアリオは、乱れた着衣を直しながら言う。
「……『Hope of rainy days』は罪の物語と言っていたな。どうにも俺はそんな雰囲気はしないのだが」
「気になったのですが、その『Hope of rainy days』はどういう話なんですか?」
「おお、興味があるか!!」
「ありますね。ユフィーリアがあんなことを言うぐらいだから」
瞳を輝かせて話題に食いつくアリオに、ショウは真剣な表情で頷いた。
今の今まで、ショウは『Hope of rainy days』について特に何も知らないまま協力させられてきたのだ。ハルアから聞いた「脚本家が脚本を渡さないが故に絶対実現しない演劇だ」という情報しかなく、内容をさっぱり把握していない。
もし内容さえ分かれば、経験はないがショウが台本を書き起こすことが出来るかもしれない。脚本を渡されないなら新たな脚本を書くだけである。それがどう転ぶか分からないが。
アリオは「いいだろう」と胸を張り、
「それでは即興劇風に説明してやろう。ミゼリア、ロルフ、アセット、協力してくれ!!」
「はい、座長」
「覚えてる限りでいいですか?」
「配役はどうします?」
「俺は主役、お供はミゼリアに頼む。敵役はロルフだ。アセット、適宜演出として魔法とモノローグを」
アリオがテキパキと生徒たちに指示を飛ばす。
選ばれたのは主役としてアリオ、そしてお供の役として小柄な女子生徒、敵役として長身痩躯の男子生徒の合計3人である。その他は脇役と演出で固められ、演出の中心にいるのが先程名前を呼ばれた眼鏡をかけた男子生徒だった。
いきなり廊下で演劇が展開されることに少しばかり驚くも、止めることは出来ない。まあどうせ問題があったら学院長が飛んでくるだろうし、ショウとハルアは彼らに罪の一切合切を押し付ける方針を掲げて止めずに眺めることにした。
「それでは我々演劇同好会でお送りする即興の『Hope of rainy days』をお楽しみあれ!!」
そうしてアリオたち演者が傍に捌けると同時に、モノローグとして文章が読み上げられた。
「『昔々、あるところに雨続きの国がありました』」
どうやらその国では雨がもう3年もの長いこと降り続いており、人々も辟易としていたらしい。近隣から作物などは輸入されるので食には困らないが、雨続きだとどうにも気が滅入るし洗濯物も乾かない。人々の表情は暗く、生活も暗澹たるものだった様子である。
雨が長く続くのは雨季と乾季が関係しているのかと思ったが、3年間も毎日のように降っていれば異常である。何かしら洪水などが発生してもおかしくない。それで無事だったのが奇跡のようだ。
そこに、主役たるアリオ演じる魔法使いが現れる。
「『毎日毎日雨続きだ。どうなっている、この国は』」
「『何でも、悪い魔法使いが塔に住み着いて雨を降らせているみたいです』」
「『何だと!!』」
アリオが演じるのは世界中を放蕩する魔法使いで、お供の女子生徒はその旅についてきている様子だった。天候を変える魔法は禁忌とされており、法律でも禁止されているものである。主役の魔法使いは義憤に駆られ、その雨を降り続けさせる魔法使いをやっつけることを決める。
「『覚悟しろ、雨の魔法使い!!』」
「『ぐわー、やられたー!!』」
そして魔法使いは雨を降らせ続ける魔法使いをやっつけることに成功し、国には晴れ間を呼ぶことを成功させて幕を閉じる。
なるほど、誰にでも分かりやすい勧善懲悪ものの演劇である。確かにこれは人気が出るのも頷ける。
何せ誰にでも分かりやすい罪を提示し、悪役を倒して平和が訪れる約束されたハッピーエンドは人気が出やすい。大人から子供まで楽しめる内容である。
意外にも高いアリオの演技力に感嘆したショウとハルアは、ほぼ反射的に拍手を送っていた。
「凄いですね、意外とちゃんと見れました」
「自己主張激しいかと思った!!」
「楽しんでいただけたようで何よりだ!!」
自信ありげなアリオだったが、しょんぼりと肩を落として「だがなぁ」と口を開く。
「あの話は、やはり脚本あってこそ輝けるものだと思う。こんな拙い即興劇風の演劇では誰かに笑顔も希望も届けられない」
「即興劇でもなかなか堂に入っていたような気もしますが」
ショウは少し考えるような素振りを見せると、
「もしかしたらその程度だったら脚本を起こせるかもしれない」
「何ッ、本当か!?」
「脚本を起こしたことはないので、あくまでそれらしいものにしかなりませんが。それでもよければ書きますよ」
脚本は小説と違って書いたことはないが、頑張れば何とかなるだろう。その辺りはアリオにも協力してもらう必要があるかもしれない。
ただ、ショウも『Hope of rainy days』の演劇を見てみたいのだ。ユフィーリアが起こした脚本は使えないが、概要さえ分かれば問題はないはずである。
脚本担当が決まりかけて場が盛り上がりを見せたその時、横から間延びした声が聞こえてきた。
「あれぇ、ショウちゃんとハルちゃんじゃんねぇ。どうしたのぉ、こんなところでぇ」
「あ、エドさん」
「エド!!」
ちょうど日課のランニングから帰ってきた用務員の先輩、エドワード・ヴォルスラムにショウとハルアは飛びついた。懐の大きな兄貴は難なく2人分の体当たりを受け止める。
「実は『Hope of rainy days』の演劇についてなんですけど」
「ああ、あれねぇ。ユーリが書いた脚本の舞台でしょぉ、いい舞台だったよねぇ。1回きりの上演が本当に惜しいぐらいだよぉ」
エドワードの口からすらりとユフィーリアが書いた脚本の話が出てきて、ショウは希望を見出した。
そうである、ユフィーリアと最も付き合いの長いエドワードであれば脚本がどういう内容か知っているかもしれない。彼女のことを最も近くで見てきた彼のことだ、きっと脚本の内容も把握しているだろう。
ショウはエドワードにしがみつくと、
「エドさん、『Hope of rainy days』の脚本の内容はご存知ですか?」
「知ってるよぉ。近くで見てたしぃ、あの演劇も見たしねぇ」
「どう言う内容だったか教えてもらってもいいですか? その演劇の脚本を起こしたいんです」
「ええ?」
エドワードは怪訝な表情を見せると、
「ショウちゃん、あの話を本気で脚本にするつもりなのぉ?」
「何かダメでしたか?」
「いやぁ、まあ俺ちゃんはいいけどねぇ。あの劇は後世に語り継がれるべきだとは思うけどぉ」
遠い目をどこかに向けたエドワードは、ポツリと呟く。
「あれって実話だからねぇ」
「え?」
「ユーリが体験した実話だよぉ」
固まるショウに、エドワードは優しい声音で言う。
「脚本を起こすって言ってたけどぉ、じゃあこの話を聞いてから心して脚本を書きなねぇ」
《登場人物》
【ショウ】問題児の中では文才はある方だが、脚本は書いたことがない。書けるかなぁ。
【ハルア】即興であんな劇を演じることが出来るなんて、演劇同好会って実は凄いんだなぁ。
【アリオ】劇の内容は又聞きで語り継がれている内容をそのまま演じた感じ。演技力はなかなか高い。
【エドワード】この中で唯一、かの伝説の舞台の内容と真実を知っている人物。もちろん経験しているからね。