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第112章第1話【異世界少年と演劇祭】

タイトル:とある魔法使いの人生幕劇〜問題用務員、演劇祭練習妨害事件〜

 正面玄関の掲示板に『演劇祭のお知らせ』とあった。



「卒業を間近に控えたこの時期に?」


「卒業だからじゃないかな!!」


「そういうものか?」


「そういうものだよ!!」



 演劇祭開催を告げる掲示物の前に立つのは、ヴァラール魔法学院を創立当初からお騒がせする問題児の中の2人――アズマ・ショウとハルア・アナスタシスである。俗に未成年組と呼ばれる頭の螺子の所在を疑いたくなる連中だ。

 3日後の日付で指定されている演劇祭とは、演劇を趣味として集まった有志の生徒たちが舞台で演劇を披露する行事のようだ。特に卒業を控えた6年生最後の舞台ということで、毎年この時期に執り行われるというのがハルアの言である。


 ショウは演目に注目し、



「『Hope of rainy days』か。格好いい題目だな」


「毎年それなんだけどね」



 ハルアは『演劇祭のお知らせ』と銘打たれた掲示物を眺めながら、



「毎年、この演劇は出来ないんだよ」


「出来ない?」


「うん、出来ない。絶対に出来ないって有名な演劇なの」



 ハルアの言葉にショウは首を傾げる。


 こうして演目が掲げられている以上、出来ないという理由は限られてくる。演目が思った以上に難しい題材を扱っているのか、体力がなさすぎて演目を最後まで演じ切ることが出来ないかのどちらかだ。

 まあ、確かに『Hope of rainy days』なんて格好つけた題名なんて難しい題材を扱っているに決まっている。観客と演じ手で受け取り方が違った場合、ややこしいことになりかねない。


 そんなことを悶々と考えているショウの横から、ハルアが「違うよ!!」と否定する。



「絶対に出来ないって言うのはね、演劇の脚本家が脚本を渡さないからだよ!!」


「脚本家が脚本を渡さない? そんなことってあるのか?」



 とんでもない理由に、ショウはますます首を傾げるばかりである。


 脚本家が演劇の脚本を渡さないとなったら、それはもう演劇が出来なくて当然である。演じる為の台詞も何もかもが存在しないのだから、演者は舞台で棒立ちするしかない。

 それほどこの『Hope of rainy days』の脚本家は気難し屋なのだろうか。こういった創作者は結構な割合で変人が多いので、もしかしたら難しい性格なのかもしれない。



「だから『Hope of rainy days』は伝説の演劇って呼ばれててね、演劇を志す人たちには憧れの舞台なんだよ!!」


「それなのに、絶対に演じることが出来ないと」


「いいお話なんだけど、脚本家が『演者たちの覚悟が足りねえ』ってんで脚本を意地でも渡さないからね!! そりゃ演者も憧れるよね!!」



 ハルアも「オレも見たことないんだけど、毎年同じような話を聞いたことあるから見てみたい!!」なんて言う。


 ショウもそこまで伝説として語り継がれているのであれば、ぜひその舞台を見てみたいものである。演者の誰もが憧れた夢の舞台がどのようなものなのか、真剣に拝んでみたいものだ。

 だってショウよりも遥かに長い時間を生きているハルアでさえ伝説の舞台を見たことがないと言うのだから、どんな舞台なのか気になって気になって夜も眠れなくなってしまう。可能性として最愛の旦那様は知っているかもしれないが、見ていなかった場合は教えてもらえないかもしれない。


 すると、



「おお、問題児の未成年組よ!! その舞台に興味があるとはお目が高い!!」


「わッ」


「うるせえ!!!!」


「すまん!!!!」


「うるさいって言われたのに大声で返さないでくださいよ」



 背後から大きな声で襲撃され――否、元気すぎる声で話しかけられたので、ショウは驚きのあまり飛び上がってしまった。ハルアに至っては「うるせえ」と返したのに、相手がさらに大きな声で謝罪してきたものだからもううるさくて仕方がない。


 未成年組の背後に立っていたのは、焦茶色の髪をした凛々しい顔立ちの男子生徒だった。身長はショウと同じぐらいなのだがやたら姿勢がよく、胸を張って威風堂々としたその姿は結構な自信家と見受けられる。吊り上がった琥珀色の双眸から意思の強さを感じ取った。

 彼の背後には数十名の生徒が、どこか恐縮したような様子で控えていた。おそらく先頭に立つ彼が座長で、背後に控えた生徒が所属している演者たちなのだろう。結構大規模な演劇同好会のようである。


 当然ながら、全校生徒と教職員の顔と名前が一致しているショウはポンと手を叩いた。



「6学年のアリオ・テゴーラさんですね。この演劇祭は貴方たちが?」


「そうだ!!」


「うるさいです、音量控えてくれなきゃ冥砲ルナ・フェルノで轢きますよ」


「すまん、何せ舞台に立ち続けていると声量が調整できなくてな」



 焦茶色の髪を持つ男子生徒、アリオ・テゴーラは申し訳なさそうに謝罪をした。悪い人ではないようである。



「それで、このやたら脚本家が気難し屋な演目をやるんですか?」


「先代からの悲願だからな。この演劇祭は卒業生も観劇に来るらしい」



 アリオは遠い眼差しを掲示板に張り付けた『演劇祭のお知らせ』の張り紙に向け、



「先輩たちの背中を何年も見ていたが、最後の最後でこの演目をやるとなったら脚本家に許可がもらえなくてな。誰しもこの演劇をやりたくて仕方がないのだが、いかんせん脚本がなければ話にならん」


「なるほど」



 ショウは納得したように頷き、



「俺もその『Hope of rainy days』とやらを見てみたいです。脚本家の説得は出来ないんですか?」


「もう何ヶ月も前から頼み込んでいてな、これから土下座をしに行くところだ」


「土下座まで。というか今日ですか、残り3日しかないのに」


「そこはそれ、気合と根性でどうにかなる!!」


「名門魔法学校なのに根性論でどうにかしないでほしいですね」



 アリオは自信満々に言い放つ。どこにその自信があるのか問いたいところだが、まあ脚本家を説得できるだけの材料は揃っているということだろうか。



「だが、2人も興味を示してくれるとはありがたい。これから脚本家に最後のお願いに行くのだが、ついてきてくれないか?」


「え?」


「学校にいるの!?」



 ショウとハルアは驚きを露わにした。


 何せこの『Hope of rainy days』の脚本家がヴァラール魔法学院に存在しているとは、驚くしかない。演者たちに脚本を与えず舞台を潰した気難し屋な脚本家が在籍しているならば、その顔を拝んでやってもいいかもしれない。

 というより、こちとら未成年組である。舌戦最強を誇るショウと、数々の神造兵器を操るハルアの2人組であれば説得どころか脅しだって出来る。問題児に敵はないのだ。



「学院関係者ならば協力しましょう。問題児の威光が通用するかもしれないですね」


「任せて!! まとめてぶっ飛ばすから!!」


「ハルさん、何度も言っているが初手での暴力は不利になるから控えておいてくれるか? 交渉だったら俺がやるから」


「ヴァジュラ!?」


「最大火力を『そんなあ!?』みたいに言わないでほしい」



 相変わらず血の気の多い解決方法を目論む先輩用務員をやんわり止めるショウに、アリオが「助かる!!」とまた馬鹿でかい声で感謝の言葉を述べた。それほど問題児の力を欲していたということか。



「実はかの演劇の脚本を書いたのは、主任用務員のユフィーリア・エイクトベルなのだ。愛妻家と学院でも有名な奴のことだ、嫁が頼めばもしかすると許可を得られるかもしれん」


「ユフィーリアが?」



 ショウがハルアに視線をやると「うん、多分そう」と首を縦に振った。

 おそらく彼は、毎年ユフィーリアに土下座で頼みに来る演劇同好会の生徒たちを見てきたから判断しているにすぎないのだろう。演劇自体は見たことがないが、誰が脚本を書いたのか分かっていたようだ。


 何か先輩に言おうとしたのだが、それより先にアリオがショウとハルアの手を掴む。



「いざ行かん、用務員室へ!! 問題児筆頭は用務員室にいるな!?」


「で、出掛けてはいないと思いますけどあのハルさんあとでお話があるぞお覚悟」


「やべえね、春先で暖かくなってきたのに全身が寒いよ!?」



 アリオにずるずると引き摺られながらショウがハルアに殺気を飛ばすと、彼はぶるりと身体を震わせていた。怯えるぐらいなら最初から教えておいてほしかった。

《登場人物》


【ショウ】今の時期に演劇祭ってやるのかと思ったが、なるほど卒業制作というものか。納得。元の世界では学芸祭の時の木の役がせいぜい。

【ハルア】嘘とか演技とか出来ねえ大根役者。嘘をつく時は大体お目目がばちゃばちゃし出す。嘘をつく際にはショウの力が必須。


【アリオ】演劇同好会の会長で座長。声がでけえ、うるせえ、喧しいのトリプルコンボを決める声のでかい人。悪い奴ではないことは確か。

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