第111章第4話【問題用務員と使い魔】
相手が普通の女性教師なので、問題児は反省の素振りを見せなかった。
「貴方たちって問題児は、少し反省するということを学ばないのですか!?」
「オウムに求婚された女」
「オーロラオウムとよろしくやってなよぉ」
「きっと幸せにしてくれるよ!!」
「全世界の魔法動物研究家から羨望の眼差しを受けるわネ♪」
「お似合いですよ、ひゅーひゅー」
「喧しい!!!!」
とりあえず正座はしているユフィーリアたち問題児だが、怒髪天を突く勢いで叫ぶジョシュ・ハロウィット先生には冷やかしを投げかけるばかりだった。
だって相手はただの教職員である。学院長ならばまだしも、何故一介の教職員に説教されて反省しなければならないのか。面白いことをヴァラール魔法学院に持ち込んできた相手が悪いのに。
正座をしながらも反省する素振りを見せない問題児を忌々しげに睨みつけるジョシュ・ハロウィットは、
「この件は学院長に報告させていただきました。反省しなさい、問題児!!」
「あいつなら絶対に面白がると思うけどな」
「だよねぇ。『ちょっと求婚されてきてよ』ぐらいまで言いそうだよぉ」
「学院長のことを全然分かってないね!!」
「やりかねないわヨ♪」
「何だったら俺の舌鋒で先に精神を叩き折ってやってもいいですよ。俺もどこまで貴女が正気を保っていられるのか知りたいです」
「何なんですか!!」
もう遊びに遊ばれて悲鳴を上げるジョシュ・ハロウィット。そのうち血管をぶち切りそうである。
その時、横から「通報を受けてきたよ」なんて言いながら学院長のグローリアが登場した。廊下に並んで正座をしている問題児たちを確認すると、途端に嫌そうな表情を見せる。問題児が余計なことしかしないことなんて彼が1番分かっていた。
興奮した様子を見せていないのが、おそらく通報された内容が『授業を問題児に邪魔されたからどうにかしてほしい』とかそういうものだろう。そうなると対応できるのが学院長ぐらいしかいないので、来ざるを得ないのだ。
グローリアは深々とため息を吐くと、
「今度は何をしたの、問題児。いい加減にしてよ」
「オーロラオウムがハロウィン先生に求婚したって言うから、プロポーズの言葉を仕込んで今日室に送り込んだ」
「え、本当?」
グローリアは紫色の瞳を輝かせると、
「それってどんな感じ? ちょっと求婚されてきてくれる?」
「ちょっと学院長!?」
ジョシュ・ハロウィット先生が目を剥いた。
学院長はこういう人物だと自覚のあるユフィーリアたち問題児は腹を抱えた笑い転げた。予想通りすぎる回答だった。
オーロラオウムが人間を相手に求愛行動を取ったことすら珍しいのに、それがまさか人間の言葉を発して求婚するなんて誰が思うだろうか。学院長だって人間だし、彼は魔法の研究に余念がない馬鹿タレである。興味を持つことは必然だった。
グローリアは朗らかな笑顔で、
「え、でもたかが鳥がやってくる求愛行動だよね? 冗談で済ませられることが出来るじゃないか。ちょっとどんな感じなのか求婚されてきてよ」
「学院長、正気に戻ってください。どうして私がそんなことをしなければならないのですか!?」
「出来ないの? 鳥の前に立つだけだよ、君が何をする訳でもないのに?」
「私の精神状態はどうなってもいいと仰るんですか!?」
「え、うん」
キョトンとした表情で応じるグローリア。対する女教師はあんぐりと口を開けていた。
そもそもとして、どうして魔法動物の求愛行動を間に受ける必要があるのだろうか。犬が足にしがみついて腰を振ってきた場合、その行為を本気にするのは馬鹿の所業である。相手は人間とは違うのだから笑い飛ばすか、魔法動物の研究家ならば意地でも研究してやろうと観察ぐらいはしそうだ。
グローリアは「あ、ちょっと待って。魔法動物生態学の先生も呼んでくる」と言って、あちこちに通信魔法も飛ばし始めてしまった。そのうち多くの教職員が生徒を伴って集まるのも時間の問題だろう。
ちょっと異様な空気を感じ取ったショウが、
「学院長、リタさんも呼んでいいですか?」
「あれ、リタちゃんはこの動物言語学の授業を受けてないの?」
「今日は属性魔法の必修みたいです」
「学院長権限で単位をあげるから呼んだらいいよ。あ、他に興味のある生徒もいるかな。放送魔法で呼ぶね」
公開処刑が順調に進んでいた。ショウもいそいそと通信魔法専用端末『魔フォーン』を取り出して、授業中のリタに通信魔法を飛ばす始末である。
そこに、グローリアの通信魔法を受けてきたらしい魔法動物生態学の教職員が大勢の生徒を伴ってやってきてしまった。息を切らせてやってきた教職員は「求愛行動とお聞きしまして!! 珍しいことですよ!!」なんて興奮気味に語る。ますますとんでもないことになってしまった。
白目を剥くジョシュ・ハロウィット先生の肩をポンと叩いたユフィーリアは、笑いを堪えながら言う。
「運が、なかったな……」
「こ、この問題児……!!」
顔を真っ赤にしてぷるぷると震えるジョシュ・ハロウィット先生は、低い声で唸るだけである。
「私には夫も子供もいるのに、どうしてこんな辱めを……!!」
「魔法動物の求愛行動を本気として捉えるのはちょっとどうかと思うぜ、ハロウィン先生」
「犬や猫の発情期で本気にしちゃう感じなのぉ?」
「愉快!!」
「随分と純粋なのネ♪」
「お疲れですか? リリア先生のところ行きます?」
「喧しいですよ問題児!! あと誰ですか、先程から私のことを『ハロウィン先生』なんて呼ぶのは!?」
きゃんきゃんと金切り声で騒ぐジョシュ・ハロウィット先生に、グローリアが「何してるの?」と問いかける。
「あ、もしかして鳥が苦手だったりする? そうじゃないよね。君、過去にオウムを使い魔として従えていたじゃないか。覚えてるよ」
「うぐ、いやあの、学院長。私には夫も子供もいまして」
「動物の求愛行動をまさか本気として捉える訳じゃないよね? そこまでおめでたい頭はしていないよね?」
「…………腹を括ります」
ジョシュ・ハロウィット先生は大きく息を吐いて、教室の扉を開けた。魔法動物の求愛行動を本気として捉えるなんて恥ずかしいことをしたのだから、今更なような気もする。
目当ての人物がやってきたからか、オーロラオウムはバサリと翼を広げた。トサカも上下や前後に動かして大興奮である。
同時に成り行きを見守っていたグローリア以下の魔法動物生態学を学ぶ教職員や生徒たちも興味津々だった。「求愛だ」「あれは間違いなく求愛だな」なんて頷きあっている。
オーロラオウムはモゴモゴと嘴を動かすと、
「け、けッ、結婚ッ、シテエーッ!!」
「…………」
「ダイスキッ!! ダイスキッ!! 結婚シテエーッ!!」
「……………………」
なかなか熱烈な求愛行動であった。教えた言葉も流暢に使用している。
オーロラオウムが言葉を喋り始めた途端、教室の外から成り行きを見守っていた生徒や教職員がどよめいた。ここまで流暢に言葉を話すのが珍しかったのだろう。彼らの視線が好奇心に満ちている。
自分の受け持つ生徒たちからも好奇の眼差しを向けられるジョシュ・ハロウィット先生は、
「…………使い魔から、始めさせてください…………!!」
そんな小さな言葉を紡ぎ出すと、オーロラオウムは「喜ンデーッ!!」と大絶叫し、教職員と生徒たちは拍手で彼女の決意を讃えるのだった。
問題児は腹筋崩壊していた。ユフィーリア、エドワード、アイゼルネ、ショウは廊下に突っ伏して、ハルアは笑うあまりとうとうスパイダーウォークで廊下を駆け出してしまった。笑いの癖が強すぎる。
生徒や教職員がジョシュ・ハロウィット先生の選択を賞賛し、拍手が送られる中で静かに冥府に旅立とうとしていた問題児だが、遅れてやってきたリタに叩き起こされたことで事なきを得た。これで死んだら冥府総督府で辱めを受ける羽目になる。
ちなみにハルアは中庭で頭から噴水に突っ込んでいたところを、通りすがりの一般生徒が発見したようである。
《登場人物》
【ユフィーリア】過去に飼った白いフクロウに『メイファ』と名付けて可愛がっていた。手紙とか届けてくれたし。ただエドワードと喧嘩しまくってたのは謎だった。
【エドワード】ユフィーリアが飼った白いフクロウに馬鹿にされまくっていたので喧嘩してた。ただ天寿を全うして見送った時はちょっと寂しかった。
【ハルア】使い魔はぷいぷいとステディで十分だなぁ。
【アイゼルネ】父親がたくさんの使い魔を従えていたので、憧れはある。ライオンを従えていたのは凄いな。
【ショウ】お家に帰れない時に遊んでいた野良猫のキジトラに『トラさん』と呼んで遊んでいた。
【グローリア】色々と使い魔はいたが、特に可愛がっていた使い魔はペルシャ猫の『ジョアンナ』である。ユフィーリアによく吸われていた。
【ジョシュ】動物の求婚を間に受けるぐらい感性が純情みたいだが、かつて使い魔はいた。猫や犬、オウムももちろん飼っていた。