第111章第3話【問題用務員と求婚】
さて、授業である。
「あ、リタ嬢」
「ユフィーリアさん。皆さんも、どうしたんですか?」
ちょうど動物言語学の授業が執り行われる教室に向かっている途中、問題児5名が出会ったのは未成年組と仲のいい女子生徒のリタ・アロットだった。
笑顔で応対するユフィーリアだったが、内心では「やべえ」と大量の冷や汗を掻いていた。何せ動物言語学の教室に向かう理由は手に握られた巨大な白い鳥籠である。鳥籠の中に大人しく翼を休めているオーロラオウムを教室までお届けしに行くところだったのだ。
いつもの問題行動をしている真っ最中なのだが、リタに悟られるのもアレなのでユフィーリアは努めて笑顔で応じる。
「リタ嬢はこれから授業か? 動物言語学?」
「いえ、これから属性魔法の必修科目です。今日で必修科目は全部受け終わります」
リタは朗らかな笑顔で答えると、ユフィーリアの手に握られた巨大な白い鳥籠に注目した。
「うわぁ、オーロラオウムですか。綺麗ですね、正面玄関にいた子ですよね?」
「これから動物言語学の授業に届けてこようかと思ってたんだよ」
「そうだったんですね!!」
案の定と言うべきか、リタはユフィーリアの手に握っている真っ白な鳥籠のオーロラオウムに目を輝かせた。希少な魔法動物を前に、将来の魔法動物博士が食いつかない訳がない。
ここで調教の成果を発揮するようなことはなく、オーロラオウムはギョロリとした瞳をリタに投げかけるだけで終わった。こんな場所でリタを相手に求婚でもしようものならどうしてくれようかという考えが脳裏をよぎったが、杞憂に終わってくれて内心で安堵の息を漏らした。
リタは鳥籠でお休み中のオーロラオウムを観察すると、
「ちょっと眠たいみたいですね。オーロラオウムは夜行性ですので」
「やっぱり詳しいな、リタ嬢は」
「オーロラオウムが夜の空を飛ぶと月虹が観察できたりするので、とても素敵なんですよ。父が何度も写真を見せてくれたんです!!」
少しはしゃぎ気味に語るリタだが、
「でも、どちらかといえばオーロラオウムよりも『雪の王』の方がだいぶ珍しいですからね。セツコ君、今では生徒の間で人気者ですよ」
「髪をしゃぶられるってのに?」
「それがいいんですよ」
すると、がらーんごろーんと鐘の音が鳴り響く。授業開始5分前を告げる鐘の音だった。
その鐘の音を耳にしたリタは、真っ赤な三つ編みを動物の尻尾よろしくぴょこんと飛び跳ねさせて「大変!!」と叫ぶ。動物言語学の教室から属性魔法の授業が執り行われる教室まで結構な距離がある。5分以内に教室に辿り着かなければ遅刻扱いになってしまう。
リタはユフィーリアたち問題児にペコリと頭を下げると、
「す、すみません、授業に行ってきます!!」
「気をつけてな」
「転ばないようにねぇ」
「またネ♪」
「授業頑張ってください」
慌てたように駆け出すリタの背中を見送ったユフィーリアたちだったが、彼女の背中が遠くなったことを確認してからエドワードの背中に視線をやった。
エドワードの背中に蝉の如く張り付いているのは、ハルアだった。どうやらまだバレンタインの贈り物が彼の中で尾を引いている様子であった。顔をエドワードの肩甲骨に押し付け、彼の背中と一体化していると言わんばかりに静かすぎた。
つむじの部分を指先で押し込んでみると、ずるずるとエドワードの背中から剥がれ落ちてハルアは難なく床に降り立った。リタの姿が見えないことを確認すると、ちょっと安堵したように息を吐いている。避ける必要もないのに。
「どうして避けるんだよ」
「むに」
「友達だろ。話ぐらいしてやれ」
「むにむに」
ハルアの頬をつねるユフィーリアは、説教が身に染みていない彼の様子に肩を竦める。
女の子からの純粋な好意を向けられたことがなかったからか、リタとの距離感を掴みかねている様子だった。まあまあ面白い反応ではあるのだが、かつては友人として遊んだりしていたのに今のような態度を取られてはリタも可哀想である。
何か言おうとするユフィーリアだったが、横から伸びてきたショウとエドワードの手に目を瞬かせた。
「ハルさんはもうちょっとお時間が必要だから。自分の中でもちゃんと答えを出そうと頑張っているから、もう少し待ってあげよう」
「そのうち、ちゃんと答えを出せるようになるから待ったげてぇ」
「? まあお前らが言うんならいいけど」
問題児男子組で何か通じるものでもあるのだろう。これ以上は首を突っ込むのも野暮なので、ユフィーリアは大人しく引っ込むことにする。
「アタシらも急ぐぞ」
「はいよぉ」
「あい」
「正気に戻ったみたいネ♪」
「れっつごー」
授業が始まる前に、この鳥籠を教室に届ける為に問題児も急ぐのだった。
☆
「お届け物でーす!!」
「ぎゃあ問題児!!」
ジョシュ・ハロウィットの執り行う動物言語学の教室に突撃すると、教職員を含めて教室全体の人間が悲鳴を上げた。生徒たちは問題行動の被害に遭わないように教室の隅に逃げ、授業を執り行う教師のジョシュ・ハロウィットは杖を問題児相手に突き出してくる。
そんな警戒をしなくても、ユフィーリアたちは特に生徒たちが被害を受けるような問題行動をするつもりはない。今回の相手はこの女性教師である。
ユフィーリアはニコニコの笑顔で巨大な鳥籠を教卓の上に置くと、
「じゃ、そゆことで」
「え、ええ?」
唖然とする先生を置いて、問題児は颯爽と教室から飛び出す。
教卓の上に置かれた鳥籠は、もちろんオーロラオウムである。ギョロリとした眼球でジョシュ・ハロウィットのことを見据えている。ちょっと翼もバサバサとはためかせて準備万端の様子であった。
問題児が運んできたのがオーロラオウムだったので、女性教師はあからさまに顔を顰めていた。何せ自分に求愛してきたオウムである。出来れば遠ざけたいのは分かる。
だが、その珍しいオウムの存在に生徒は興味津々だったらしい。虹色のオーロラオウムに熱視線を注ぐ。
「わあ、オーロラオウム!!」
「あれ珍しいんですよね?」
「授業でお目にかかれるなんて……!!」
「あ、えーと……」
ジョシュ・ハロウィットはしどろもどろで何とか鳥籠を遠ざけようとする。生徒たちからの興味がオーロラオウムに注がれているようだったら、授業もままならないのだろう。
しかし、オーロラオウムはここが絶好の機会だと見たようだった。バサリと翼をはためかせると、高らかに「くけえーッ」と鳴き声を発する。
この場にいるのは自分がかつて求愛した相手である。すぐ近くにいる彼女に何としてでも自分の思いの丈をぶつけたいと考えているようだった。何とも熱い男である。
「けッ、けッ」
「ちょ、ちょっとこの鳥は授業に邪魔で」
「結婚ッ、シテエーッ!!」
女教師の手が止まった。
「スキッ、スキデスッ!! 結婚シテエーッ!!」
「え、ちょッ」
固まる女性教師の耳に、生徒たちから茶化すような声が飛んできた。「ふぅ〜」なんて冷やかしも上がる。
焦る教師とは対照的に、オーロラオウムは真剣だった。真剣に幾度も「結婚して」と要求していた。それが問題児が教え込んだ言葉である。
その様子を、問題児たちは教室の外から覗き見していた。
「ぶふふふふ」
「ぐふ、ふふ」
「…………!!」
「大変♪」
「ハルさん、スパイダーウォークしない」
ユフィーリアは笑うあまり膝から崩れ落ち、エドワードは廊下に蹲り、ハルアはスパイダーウォークで駆け出そうとしたところをアイゼルネとショウの2人がかりで押さえられていた。
だってこんな、面白すぎるのだ。これ以上ないほど面白い。求婚は成功である。
涙が出るほど笑ったユフィーリアは、
「はー、面白い。下ネタとか仕込めばよかったな」
「だよねぇ」
「…………!!」
「ユーリ、助けてちょうだイ♪」
「ハルさんがスパイダーウォークで駆け出そうとしてしまうのだが」
ひとしきり笑った問題児は、背後でガラリという音を聞いてピタリと動きを止める。
振り返ると、そこには顔を真っ赤にしたジョシュ・ハロウィット先生が立っていた。どういう意図を持って問題児がオーロラオウムを連れてきたのか分かったようだった。
そう、ユフィーリアたち問題児がオーロラオウムを連れてきた理由など1つである。このジョシュ・ハロウィットが求愛されるところを見たかったからだ。
「何しているんですか、問題児」
「求愛の見届け人?」
「問題児って奴はーッ!!!!」
ジョシュ・ハロウィットの甲高い悲鳴が校舎全体に轟いた。
《登場人物》
【ユフィーリア】相手がグローリアじゃないので説教も怖くないもんね。
【エドワード】わあ、本当に求婚した。
【ハルア】バレンタイン事件が尾を引いて、リタと会うのが恥ずかしい。
【アイゼルネ】笑いの癖が酷いハルアを押さえるので精一杯。
【ショウ】オーロラオウムの求婚で笑いたいところだが、ハルアの笑いの癖が強すぎてそれどころじゃない。
【ジョシュ】動物言語学の先生。オーロラオウムに求婚された。




