第111章第2話【問題用務員と仕込み】
そんな訳で調教である。
「ばーか」
「ぎょえーッ」
「あほー」
「ぎょえーッ」
「ぎょえーッ!!」
「ぴーよ!!」
「そんな可愛こぶった鳴き声を上げてんじゃねえよ、可愛くねえ」
真っ白な鳥籠の前で考えつく限りの罵倒を繰り返すユフィーリアだが、オーロラオウムは完全に馬鹿にしているのか言葉を覚える気がまるでない。虹色の翼を広げて鳴き声を上げるばかりである。
他にもエドワードが「餌ちょうだい」とかハルアが「おはよう」とか教えているのだが、やはり覚えるつもりはさらさらない様子で「ぎょえーッ」と鳴き声を繰り返す。やはり馬鹿にしているとしか思えない態度であった。
ユフィーリアは舌打ちをすると、
「鳥のくせに人間様を馬鹿にしやがって。虹やオーロラを出せるのがお前だけだと思うなよ、その羽を毟ってやろうか!!」
「ぎょえーッ!!」
「ユフィーリア、鳥さん相手に怒るのはよくない。鳥は3歩進めば全てを忘れるぐらいに記憶力に難があって」
「ぎょえーッ!!」
「俺が喋っているのに邪魔をしないでくれないか!?」
このオウム、やはり馬鹿にしているとしか思えない。他人が喋っている間に変な鳴き声を差し込んでくるのはもはや悪意があると受け取ってもいいぐらいだ。
ユフィーリアもショウも普段の冷静さを忘れて鳥籠に飛びつこうとするのだが、エドワードとハルアの手によって阻まれてしまった。むしろこの2人が止めてくれなかったら、間違いなく鳥籠の中の希少な魔法動物は丸鶏にでもなっていたことだろう。
バタバタと暴れるユフィーリアを鳥籠から引き剥がすエドワードは、
「ユーリぃ、落ち着いてよぉ。ただの鳥じゃんねぇ」
「こいつはここでローストチキンにしてやるのが妥当だ!!」
「ぎょえーッ」
「ほらこいつだって『今すぐローストチキンにしてくれ』って頼んでるよ!!」
「幻聴が聞こえ始めちゃってるよぉ」
呆れたエドワードは、ユフィーリアの頭頂部に手刀を叩き込んで正気に戻した。痛みのおかげで我に返ったユフィーリアは、改めてオーロラオウムの様子を思い出す。
そういえば、誰かに懐いてこのヴァラール魔法学院までやってきたと言っていただろうか。学院長のグローリアの話では求婚までしたと言っていたような気がする。
ならば、求婚させればいいのではないだろうか。名案である。
「そもそも誰に求婚したのかが問題だよな」
「南側から連れてきた時に求婚したって言ってたよねぇ」
魔法動物関連の教科を担当しているとは思うが、ヴァラール魔法学院には同じ授業を担当している教職員がかなりの人数で在籍している。魔法動物関連の授業でも代表格である『動物言語学』でも、50人以上の教職員がいるのだ。
何故同じ授業でも教職員が違うのかと言うと、指導方法に向き不向きがあるからだ。教職員によって該当する授業の教え方が違えば、生徒の授業の吸収具合も変わってくる。分かりやすく言うと『あの先生の授業は分かりやすくて、あの先生の授業は分かりにくい』という状況が発生するのだ。
先生によって受ける授業を変えることが出来るのも、ヴァラール魔法学院の醍醐味である。現在ではそれが仇となって、このオーロラオウムに求婚された先生の特定が難しくなっているが。
「誰か通りがからねえかな。魔法動物関連の担当を持ってる教師が」
「誰か連れてくるぅ?」
「食堂にいる人を片っ端から連れてくればいいかな!?」
「ハルちゃん、まだ何も言っていないから行こうとしないのヨ♪」
「早とちりよくないぞ、ハルさん。ステイ」
とりあえず教職員の誰かしらを連れてくればいいとでも思ったらしいハルアを、ショウが何とか押し留めておく。止めなかったらそのまま食堂に突撃していたかもしれない。
すると、オーロラオウムが突如として虹色の翼をバサバサとはためかせ始めた。空を飛び立とうとしているのか不明だが、7色の光が翼から放出されるも鳥籠と足に繋がれた紐のせいで自由を阻害されている。空を飛ぶことが出来ないと悟ったオウムは「ぴーよ!!」と甲高い声で叫んだ。
それと同時に、ユフィーリアの背後から「ひぃッ」と引き攣った悲鳴が聞こえてくる。振り返ると、1人の女性教師が恐ろしいものでも見るかのような目で鳥籠の中に収納されているオーロラオウムを見据えていた。
その女性教師はそそくさとその場から立ち去る際、小声で呟いていた。
「ああやだわ、何であんなの連れてきちゃったのかしら……」
その小声は、しっかり問題児の耳に入っていた。
「……あの先生って」
「動物言語学のハロウィット先生だっけぇ?」
「リタがあの先生の授業を取ってるよ!!」
「ちょっと厳しい先生だと聞いたけれド♪」
「なるほど、つまりあの先生に求婚をしたのか。この鳥さん」
問題児たちは互いの顔を見合わせて、それから真っ白な鳥籠に閉じ込められたオーロラオウムに視線をやる。
求愛した相手に立ち去られ、オーロラオウムはしょげていた。分かりやすくしょげていた。トサカには元気がないし、ギョロリとした瞳もどこか寂しげである。
好きな相手からあんな態度を取られれば当然である。失恋の悲しさは人間も鳥も共通なのだ。
「おいコラ、鳥。お前はそれでいいのか?」
「ぴーよ……」
覇気のない鳴き声で応じてくるオーロラオウムに、ユフィーリアは発破をかける。
「お前の好きな人、他の雄に取られるかもしれねえぞ。いいのかそれで。お前の気持ちはその程度か?」
「ぴーよ……」
「諦めてんじゃねえ。言葉の壁を乗り越えるのは意外にも簡単なんだ、お前が努力さえすれば状況は変わるんだから」
「ぴーよ……」
分かりやすくしょげていたオーロラオウムのトサカが、元気を取り戻すように立ち上がった。ギョロリとした眼球にも覇気が戻ってくる。
鳥籠の向こうで真剣に呼びかけていたユフィーリアを見つめ返したオーロラオウムは、バサバサと虹色の翼をはためかせて「ぴぎょッ」と鳴く。どうやら今までの態度を改めた様子である。
ならば、調教再開である。
「よし、じゃあ今から言う言葉を繰り返せ。いいな?」
「ぴーよ!!」
気合い十分なオーロラオウムに、ユフィーリアは求愛に適した言葉を教え込む。
「『好きです』」
「ぴ、ぴきゅえ、ぎゅあ」
「頑張れ、負けるな。お前なら出来る出来る。ほら『好きです』」
「す、ぎゅぅ、ぴえ」
バッサバッサと虹色の翼をはためかせ、何とか求愛の言葉を紡ごうとするオーロラオウムだったが、やがてバサリと翼を広げると叫んだ。
「す、スッキデス!!」
ちゃんと言えた。
言葉の詰まり具合はちょっとおかしいが、ちゃんと『好きです』と伝わるようにはなった。
ユフィーリアは「よし」と頷き、
「そのまま滑らかに、もう1回」
「スキデス!!」
「そうだ、その調子。やれば出来るじゃねえか」
「ぴーよ!!」
オーロラオウムは誇らしげに鳴き声を発した。
この調子でいけば求愛は問題なく行われるのではなかろうか。あの先生はこのオーロラオウムを授業に連れて行きたくなさそうだが、そこはそれ、問題児が気を遣って教室まで運んでやろう。
他の問題児もわらわらと鳥籠の周囲に集まり、
「容姿を褒めるといいよぉ。『君の目は宝石みたいだね』」
「宝石ッ、ミタイダネーッ」
「ちゃんと愛を伝えられるように『結婚してください』って言おうね!!」
「ケッコン、シティックダサーイ!!」
「もうちょっと言葉を滑らかにした方がいいわネ♪」
「ケッコンシテッ、シテッ」
「『一緒に過ごしましょう』とか『そばにいて』ってことを伝えると嬉しいかもしれないですよ」
「スゴシマショーッ!!」
それから問題児は、あらん限りの知恵を振り絞ってオーロラオウムに求婚の言葉を教え込むのだった。傍目から見れば異様な光景であったのは言うまでもない。
《登場人物》
【ユフィーリア】説得力はあるにはあるが、やっていることはただの問題行動。
【エドワード】鳥相手に何を教えているのかとあとで正気に戻る。
【ハルア】せめて挨拶ぐらいは覚えた方がいいんじゃないの!?
【アイゼルネ】素直に求婚の言葉を覚えようとするオウムが可愛く思えてきた。
【ショウ】言葉を叫ぶあたり、鳥らしいなって思いました。まる。