第110章第6話【問題用務員と奴隷落ち】
そんな訳で、である。
「なるほど、エルフの奴隷ですか」
砂漠の豪商カーシムと龍帝陛下フェイツイを創立記念パーティーの会場から読んできて、襲撃してきたエルフたちを奴隷として取り扱いが出来るかどうか相談してみた。
捕縛されたエルフたちを前に、砂漠の豪商様は品定めするような視線を巡らせる。野郎どもは魔法を使うことが出来る状態なので奴隷として扱うのも価値があり、子供の方は磨けば愛玩奴隷として使えるので売り方を考えているのだろう。恐ろしいことである。
カーシムは「分かりました」と頷き、
「こちらはアーリフ連合国経由で販売しますか。特に魔法を使うことが出来る奴隷は珍しいですからね。子供は愛玩用として磨き、調教しましょう。これだけですか?」
「父さんが冥府経由で連れてきてくれますが、女性と子供がいます。この場にいる男性以外はすでに魔法が使えなくなっていますが」
「問題ありません、女性ならば子供を産ませましょう。ハーフエルフは需要が高いですからね。普通の子供としても販売できますから」
どんどん砂漠の豪商様の口からとんでもねー商売方法が語られるが、ユフィーリアはもう何も分かっていないふりをすることにした。これに首を突っ込むと大変なことになりかねない。
それにしても、世の中には『ハーフエルフ』なんてものも売れるのか。それも養子としての需要があるとは想定外である。エルフから見たら人間と混ざり合うなど屈辱かもしれないのに。
ユフィーリアの表情で何かを悟ったのか、砂漠の豪商様はにっこりと笑うと商品価値を説明してくれる。
「世の中には本当に魔法使いや魔女が多くなりました。ですが彼らは子供をなすことが出来ません。家を存続させる為には養子の存在が必要不可欠なのですが、中でもハーフエルフは魔法の適性が高いので人気なのです。親が魔力回路を損傷されても、魔力回路の形成は子供には引き継がれませんからね」
「わあ、懇切丁寧な説明をありがとうよ。本当に怖えわ」
ユフィーリアは引き攣った笑顔で返した。もし仮に将来、ショウと結婚した時に子供を誘拐されないように気をつけなければならないと心に決めた。
「砂漠の豪商よ、何人か奴隷は融通してくれるか?」
「龍帝陛下のお眼鏡に適う奴隷がいらっしゃればいいのですが、どのような奴隷をご所望で?」
「子供を何名か。調教するのだろう、毒味役と小姓としたいのでその方面で調教をしてくれたらいくらでも出そう」
「なるほど、承知いたしました」
「ついでに兄弟がいればまとめて買おう」
「おいそこの変態ドラゴン、私情が入ってるぞ私情がよ」
ユフィーリアがツッコミを入れてもフェイツイはしれっと明後日の方向を見上げていた。こいつは欲望に忠実である。前半だけならば奴隷の意味も見出せたものを。
そんなフェイツイを見て、ショウが「あ」と何か思い出したような表情を見せる。それからトテトテとおもむろにエドワードへ近寄った。
いきなり後輩に近寄られたエドワードはショウの小さな頭を撫でて「どしたのぉ」なんて甘い声を出す。さすが未成年組のアニキである、その光景だけでフェイツイの目が血走っていた。
「エドさんにスリスリするのを忘れてた。スリスリ」
「何でぇ?」
「龍帝様からいいことを言われたので、そのお礼に」
「ええ?」
よく分からない事情に巻き込まれているが、後輩に抱きつかれているのは悪くないようでエドワードは怒ることはない。同じことをユフィーリアがすれば顔面を鷲掴みにしてくるのに。
ショウのやっていることを真似したのか、ハルアもエドワードの背後からピットリと張り付いて同じようにスリスリし始めた。これにはフェイツイも「ふぉー!!」と奇声を上げて膝から崩れ落ちた。やはりこの変態龍帝はそろそろどうにかした方がいい。
そこで、グローリアが「あれ?」と首を傾げた。
「あれ、獣王陛下はどこに行ったの? パーティー会場?」
「あ」
「あ!!」
グローリアの言葉に、ショウとハルアが思い出したように叫ぶ。それから2人揃って口を塞いだ。既視感。
「ショウ坊、ハル」
「何もない!!」
「何もないぞ」
「ショウ坊、ハル。正直に言え、何があった?」
「何もない!!」
「何もないぞ」
この未成年組、意地でも口を割らないつもりである。
ユフィーリアがエドワードに目配せをすると、彼は全てを察したのか未成年組の2人の首に腕を回すとその頬を鷲掴みにしてやった。口が強制的に窄められることになり、蛸のような口になったまま「ほよほよほよほよ」「にょろにょろにょろにょろ」と馬鹿にしたような声を出す。
しかし、これでも口を割らない様子である。エドワードが頬を餅のように引っ張ってもダメである。そのじゃれ合いがフェイツイにトドメを刺してきた。
ユフィーリアは「よし分かった」と頷き、
「親父さんに聞こっかな」
「別にいいもん!!」
「もん」
「何でだよ」
最終兵器である冥王第一補佐官のアズマ・キクガに獣王陛下の所在を問おうとしたその瞬間、背後から扉が開くような音を聞いた。
背後を振り返ると、骸骨が支える骨で構成された扉がユフィーリアの目の前にドンと鎮座していた。冥府転移門である。両開き式の扉が内側からゆっくりと開いていき、その向こうに蟠る暗い闇を曝け出す。
その闇からほっそりとした足が出てきた。革靴を履いた足がヴァラール魔法学院の正面玄関を叩く。それから装飾品を削いだ神父服と、錆びた十字架。最後に見えたのは華麗に靡く黒髪と骸骨のお面、ショウと同じく少女らしい整った美貌。冥王第一補佐官様のご登場である。
そして、ついでにこいつも冥府転移門から出てきた。
「すまない、アルヴィンの森からエルフどもを連れてきた訳だが。ここでよかったかね?」
「にゃー…………」
「うわ、飼い猫のようになってる」
キクガの手に引き摺られてきたのは、獣王陛下のリオンである。両手両足を小さく縮こめて、借りてきた猫のようになっている。
どうしてキクガと一緒に出てくるのだろうか。ショウとハルアの手によって連行されたというのは予想できるが、キクガと一緒に冥府転移門から出てくるのはおかしいだろう。せめて一緒に帰ってくるならまだ分かるが。
ユフィーリアはキクガの手に引き摺られてきたリオンを指差し、
「それどうしたんすか」
「冥府転移門に飛び込んできたので、一緒に連れてきたのだが」
キクガは「何か問題でも?」と言わんばかりに首を傾げる。
どうやら初めて見る冥府転移門に興奮して飛び込んでしまったようである。本当に王様らしくない王様だ。どうして始めて見るものに興奮して後先考えずに行動してしまうのか。
ショウとハルアはそっと目を逸らした。彼らは獣王陛下の威厳を守ろうとしたのだ。未成年組の健気な抵抗だった訳である。
ユフィーリアはリオンの髪の毛を引っ張り、
「親父さんに迷惑をかけんな。冥府に叩き込むぞ」
「にゃおん……」
「可愛く泣いても可愛くねえんだよ」
キクガの手から馬鹿タレ獣王陛下を回収したユフィーリアは、
「ショウ坊、ハル。玩具をあげような」
「わあい、お人形さん遊びをしましょう」
「この耳本物!? オレもほしい!!」
「イダダダダダダダダダ耳を引っ張るな馬鹿タレ不敬だぞ!?」
冥府転移門に自ら特攻する馬鹿タレ獣王陛下は未成年組の玩具にすることに決定し、ユフィーリアはやれやれとばかりに肩を竦めた。リオンは未成年組に集られ、耳と尻尾を引っ張られて遊ばれている。これでちょっとは反省してほしい。
「…………創立記念パーティーに戻ろうか」
混沌とし始めた正面玄関の様子を収集する為にグローリアがそう提案して、全員で仲良く創立記念パーティーに戻ることにしたのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】過去襲撃してきたエルフは捕まえて、女装させて、尊厳をボキボキに折ってからアーリフ連合国付近の砂漠に放置してミイラにしてきた。
【エドワード】過去襲撃してきたエルフは上司に捕まり、女装させられ、アーリフ連合国の砂漠に放置されるまでビール片手に観戦してた。たのしーい。
【ハルア】獣王陛下が冥府転移門に突撃したが、引き摺り出すことなく閉じ込めてきた。
【ショウ】獣王陛下が冥府転移門に突撃したが、引き摺り出すことなくそっと扉を閉じてきた。
【キクガ】エルフを運んでいたら獣王陛下が飛び込んできたので、ちゃんとヴァラール魔法学院に連れて行った。馴れ馴れしい態度を取られたのでとりあえずぶん殴っておいた。
【リオン】冥王第一補佐官相手に舐めた態度を取ってぶん殴られた。いくら王族でも冥府では冥王第一補佐官の方が強いことを知らない。
【カーシム】エルフ族の奴隷か、売れるな。どうやって売ってやろうかな。
【フェイツイ】小姓には奴隷を使っても別に平気。毒味役はナンボいてもいいですからね。
【グローリア】混沌とした人物が集まれば混沌とするなぁ。