第110章第5話【問題用務員とエルフ捕縛】
一瞬だった。
一瞬で、1人のエルフが砂となって消えた。その最期は、あまりにも呆気なかった。
目の前でエルフが1人消えてもなお、ショウは飄々としている。「わあ、砂の像みたいに消えた」なんて笑っていた。
「よくも……」
その消されたエルフの子供だったらしい小さなエルフは、怨嗟の瞳でショウを見上げていた。目の前で家族を殺されたのだから恨みは相当なものになるだろう。
ところが、ショウは反省もしなかった。後悔もしていない様子だった。
ただ子供のつぶらな左目に親指を添えると、グッと親指を幼いエルフの眼窩に突き入れた。ぶちゅん、と何かがあっさりと潰される音。そしてエルフの口から甲高い悲鳴が迸る。
「い、がああああああああああああああだあああああああああ!!」
「わはは、いい悲鳴ですね。あ、眼球は残しておけばよかったですか。お小遣い稼ぎになりそうですし」
「エルフのお目目は高く売れるらしいよ!!」
「そうか、残念だったなぁ。ここにスプーンでもあれば抉り出せたのだが」
眼球を潰されて暴れる幼いエルフに馬乗りとなりながら、ショウは自らの先輩に笑顔で振り返った。
「ハルさん、スプーンなんて都合のいいものは持っていないか?」
「あるよ!!」
「あるんかーい。貸してもらえるか?」
「いいよ!!」
ハルアは懐から「あい!!」と土で汚れたスプーンを取り出した。おそらく何らかの遊びで使った痕跡が残されている。
土で汚れたスプーンを受け取ったショウは、もう片方の幼いエルフの眼窩にそれを突き入れる。再びエルフの口から悲鳴が漏れた。ジタバタと暴れる小さな身体を炎腕まで使用して押さえつけ、そのままぐるんと眼窩に突き入れたスプーンを1回転させる。
ずるりと引き摺り出された小さな眼球。視神経を無理やり引きちぎり、抉り取ったばかりの眼球をショウが指先で摘み上げる。氷の魔法によって地面に縫い留められた大人のエルフたちはくぐもった声を上げるばかりで、魔法を使って阻止するなどといった行動は見られない。やはり呪文詠唱を封じられてしまうと弱いのか。
丁寧に手巾で眼球を包み込むと、ショウは小さなエルフの頭を掴んで地面に叩きつけた。
「いがッ、あぐぅ」
「何を休んでいるんです、眼球を抉っただけで助かるとでも?」
ショウは「助けるつもりは毛頭ないです」と笑い、
「エルフの脳味噌も、お腹の中に詰まった臓器も全部全部バラバラに分解して売り出しますよ。子供は特に売れますからね。あ、ご安心ください。貴方のご尊父はもう売り物にはなりませんが、貴方のご母堂や他の仲間たちは分解して売りに出しますので。冥府でよろしくやってください」
「ご、ごろし、で」
地面に頭を押さえつけられている幼きエルフは、地を這うような低い声で呻く。
「殺しで、やる゛……!!」
「威勢がいいこと、威勢がいいこと」
ショウは笑い飛ばすが、次の瞬間にはその美貌からあらゆる感情を消していた。ゾッとするほどの恐ろしい無表情で、幼いエルフと固まる大人のエルフたちに視線をやる。
「マルデア村をご存知ですか。貴方がたが滅ぼした南のごく普通に平和だった村です」
その村の名前を聞いたエルフたちは、びくりと肩を震わせた。
マルデア村と言えば、南側にあるエルフたちの居住区画である大森林『アルヴィムの森』から数里ほどしか離れていない場所にある長閑な村だった。農業が盛んで、特に小麦を多く村外に輸出していたような気がする。
そして最近、そのマルデア村はアルヴィムの森から出てきたエルフたちに滅ぼされたのだ。村民は無惨に殺され、特に女子供は乱暴にされてから殺されたという痕跡まで出てきている様子である。
ショウは赤い瞳から光を消すと、
「そんな乱暴をする羽虫どもを、我が旦那様の前に立たせる訳にはいきません。全員、すべからく、殺します」
傍観に徹していたユフィーリアは戦慄した。
一連の暴行は全て嫁の執念とも呼べる愛情によるものだった。その愛情が今やちょっぴり恐ろしくて堪らない。
それは、うっかり襲撃してきてしまった蛮族エルフどもも同じ気持ちだったようである。顔を青褪めさせ、ガタガタと震え、しかし足元の氷のせいで逃げるに逃げられない状況にさせられているので何とも哀れなものである。
それはそれとして、ユフィーリアは戦慄したものの切り替えも早かった。
「ショウ坊、エルフの子供や女は奴隷として売れるからカーシムに相談しろ。魔法が使えなくなったなら愛玩奴隷として需要が今でも高いんだよ。紹介料でいくらかふんだくれ」
「なるほど、その手があったか。この子供はここまでボコボコにしてしまったのだが」
「大丈夫だ、回復魔法をかけてやれば元通りだよ」
「すまない、ユフィーリア。迷惑をかけるがお願いしてもいいか? 俺は父さんに通信魔法を飛ばして、冥府に連行してもらうのを中止しないと」
「何してんだ親父さん」
「蛮族エルフの大虐殺に我慢ならなかったようだ」
ショウがボコボコにしてしまった幼いエルフには簡単に回復魔法をかけてやるユフィーリア。彼が抉った眼球も見事に元通りである。回復魔法の達人であるリリアンティアならば視力回復も可能だろうが、まあ視力が復活したところでいいことはないのだからどうでもいいだろう。
ユフィーリアが幼いエルフに回復魔法をかけている横で、ショウが魔フォーンで父親に通信魔法腕飛ばしていた。どうやら現在、エルフの故郷にて大勢のエルフたちが冥府に連行されている様子である。ショウはそれに中止を言い渡していた。
テキパキと残酷な運命が進行していく中、エドワードとハルアの狙いはヴァラール魔法学院を襲撃してきた大人のエルフに移行していた。
「これどうするぅ? 魔法を使われたら厄介だよねぇ」
「捕縛用の縄ならあるよ!! 捕縛した相手の保有魔力をちゅーちゅーして強度が増していく奴!!」
「そんな便利なものがあるのぉ? じゃあそれで縛ってカーシムさんに突き出そうかぁ。魔法が使える奴隷って貴重だからねぇ、いい調教をしてもらえるでしょぉ」
「あい!!」
エドワードとハルアは足元が凍りついた大人のエルフたちを次々に地面から無理やり引き剥がし、縄で縛って魔法を封じる。縄には赤い糸のようなものが織り込まれており、それで縛られた途端に赤い糸がエルフの全身を突き刺した。くぐもった悲鳴が漏れるも、エドワードとハルアはお構いなしである。
ハルアが取り出した縄の正体は『アンドレブナクの呪いの縄』と呼ばれる魔法兵器だ。アンドレブナクと呼ばれる魔法使いが開発した縄で、呪術と魔法兵器を組み合わせることで実現した囚人を捕縛する為の拘束具である。縛った相手の保有魔力を吸って強度を増していく恐ろしいもので、この縄単体で刑罰になることもある。
急速に攻め込んできたエルフの問題が解決に向かう中で、完全に置いてけぼりを食らったグローリアとスカイの2人組は互いの顔を見合わせた。
「どうする?」
「いやもう解決したっぽいし、ボクは必要ないんじゃないかなーなんて思ってたり」
「エルフの奴隷って珍しいからほしいんだけど、安く売ってくれないかな。実験台に出来るなって」
「そっちッスか。まあバレなければいいんじゃないッスか、ボクもほしいし」
問題児の凶行など止めることなく、学院長と副学院長の魔法学院ツートップは奴隷の扱いについてやり取りを交わすのだった。
☆
「ところでショウ坊、いつもだったら舌鋒で言い負かすじゃねえか。何だってお暴力を行使しちゃう展開に持っていったんだ?」
純粋な疑問を最愛の嫁にぶつけると、ショウは炎腕で捕獲した大人のエルフたちを運びながら答えた。
「リタさんのお父様とお母様が危うく捕まりかけたと教えてくれたから、それの仕返しに。あとマルデア村出身の生徒と最近仲良しだから」
「そっか、いい仕返しが出来たな」
いつになく乱暴だった理由に、ユフィーリアは納得するのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】この嫁、敵と見定めたら容赦ないんだなぁ。怖いわぁ。
【エドワード】後輩の容赦のなさに言葉を失う。
【ハルア】容赦のなさは生まれつきだが、後輩のおかげで磨きがかかった。
【ショウ】問題児の中で容赦のなさナンバーワン。容赦のなさは父親譲り。最近、父親みたいなインテリヤクザ面が発揮されている。




