第110章第3話【問題用務員vsエルフ族】
急いで外に出ると、本当に爆心地になっていた。
「わー、最悪」
「自然破壊じゃんねぇ」
「これリリアちゃんに直してもらえるかなぁ。それとも僕が時間を戻した方がいい?」
「第2射が来そうだからまず先にエルフどもを片付けましょーや」
正面玄関脇に設けられた通用口からヴァラール魔法学院の外に出てみると、爆発魔法を受けた影響で色々と吹き飛んでいた。
八雲夕凪が展開する結界の内側に存在する自然は無事だが、結界の外側は吹き飛んでいた。見事なクレーターの出来上がりである。地表は捲れ上がり、木々は倒れ、土砂が積み重ねられている。山が崩れなかっただけマシだと言えよう。
そして肝心の蛮族エルフどもの存在だが、
「駅向こうの山か?」
「そうっぽいねぇ」
ユフィーリアとエドワードは2人並んで駅向こうの山の麓を注視する。
駅向こうに存在する広大な湖の、さらに向こう側。何やらテントのようなものが複数存在していた。南側に生息する蛮族エルフどもがわざわざ北側の、それも辺鄙な場所に存在するヴァラール魔法学院までやってきたのだ。転移魔法なんて文明的なものは使わずに、徒歩でやってきたことだろう。ご苦労なことである。
ならばあのテント群を焼き払ってしまえば解決である。生徒たちの安全も確保できるし、今後はエルフどもの襲撃に怯えなくて済むのだ。限界集落に引きこもって生活している田舎者と七魔法王では天と地の程も差があると教えてやらなければならない。
じゃあ早速、とばかりにユフィーリアとエドワードは同時に拳を握るのだが、グローリアが「待った」と制止を呼びかけた。
「何でだよ、グローリア。お前もあんなのいなくなった方がいいだろ?」
「それはそうだけど、ここは常識人として穏便に済ませたいところかな」
「常識人? お前がか?」
ユフィーリアは目を見開いて驚きを露わにすると、
「7日間徹夜して髪の毛をパスタ代わりに食ったお前が常識を語るなよ。なあ、エド?」
「自分の指を食べて『このパン味がしない』とか言ってたのも記憶に残ってるからねぇ。常識を語りたければ規則正しい生活を送るようにしてからにしなぁ」
「すいませんでした」
グローリアは素直に謝った。ついでに言えば問題児の指摘通り連日の徹夜のせいで全く記憶がない時があるのだが、おそらくその際にやらかした出来事だろう。頭を抱える他はない。
そんなやり取りを繰り広げていると、どこからか「軟弱な人間どもか」という不敬極まりない声がユフィーリアたちの耳朶に触れた。少しばかり苛立ちが心の片隅に生まれたが、そんなことはどうでもいい。
固く閉ざされた校門の向こう側に、透き通るような金色の髪をした全体的に色素の薄い男たちが立っていた。特徴的な部分は、側頭部から垂直に突き出た異種族の耳である。別の生き物のようにひらひらと揺れるそれは、エルフ族最大の特徴であると言えた。
ただ、ショウが言うような美人や美男子では断じてない。目つきが悪く、薄い感じの顔立ちは『地味』の2文字に尽きた。
「ふん、たった4人か。一瞬で我らに殺されることも知らずにこの場に送り込まれるとは哀れだな」
「おう喧嘩売ってるなら根絶やしにしてもいいんだぞ」
「エルフの肉は食い出がなさそうだねぇ」
「問題児、引っ込んで。君たちが出てくると話が出来ない」
エルフ族から投げかけられた挑発に対して威嚇するユフィーリアとエドワードの肩を掴み、グローリアが懸命に制止を呼びかける。
「ふん、話すことなど」
「おいグローリア、正気かよ。あんな限界集落住みのど田舎地味芋クソ虫どもが人間の言葉を理解すると思ってんのか? 絶対に分かり合えないから無駄な努力は止めて肉体言語の方を使おうぜ?」
「肉体言語は万国共通語だよぉ、殴れば全て解決するんだからぁ」
「スカイ、このハルア君よりもまずい暴走機関車問題児を止めておいて」
「貧弱代表のボクにそれ言う?」
スカイはとりあえず拳を構えて威嚇するユフィーリアとエドワードを引っ張り戻し、グローリアが蛮族エルフどもと会話できるように努めた。まあ一応は学院長の判断なのでユフィーリアもエドワードも大人しく引き下がることにする。
「いい加減にしてくれないかな。2年に1回のペースで襲撃されると生徒も落ち着かないんだよ」
「黙れ、薄汚い猿が」
エルフの1人が忌々しげに吐き捨てると、
「お前たちが我らから魔法を奪ったのだ」
「神聖な魔法を奪ったのだ」
「あれは人の手に渡るべきではなかった。我ら高貴で神聖なエルフのものだ!!」
「魔法を返せ、薄汚い猿が!!」
1人のエルフが吐き捨てたのを皮切りに、口々に他のエルフどもが叫ぶ。
グローリアは何を言うでもなく、ただ黙ってエルフたちの戯言に耳を傾けていた。その紫色の瞳は明らかに侮蔑の念が込められていたが、エルフたちは「構うもんか」とばかりにやいのやいの叫び続ける。
もうこれ以上は我慢ならなかった。限界集落に住まう田舎者の野蛮人どもが、やはり魔法という技術を発展させてきた人間様に敵う訳がないのだ。彼らが魔法の技術を発展させるなど夢のまた夢である。そもそも発展させるような頭脳を野蛮人どもが持ち合わせている訳がない。
副学院長のなよなよした拘束など振り解こうとした問題児2名だが、
「ふーん……ここにいるの男の人ばっかりかぁ……」
グローリアの何気ない呟きで、その場にいた人間の動きが止まった。
「しかも若そうだね。うん、村の働き手ってところかな」
「何が言いたい」
「別に何も。勇敢だね、君たちは」
朗らかな笑顔を見せたグローリアは、
「ユフィーリア、エドワード君。エルフの集落に転移魔法で送るから、ちょっと集落を滅ぼしてきてよ。この場にいるの、村の働き手になってる男の人しかいないから、彼らを足止めすれば女子供なんて簡単に殺せるし」
「よぉーし、分かった!!」
「殺しちゃおうねぇ」
「ふざけるな、猿どもが!?!!」
エルフどもが悲鳴を上げた。
この場にいるのはエルフの集落の中でも次世代を担うべき若者たちである。まあ中にはそこそこ年齢を重ねたエルフの存在もあるのだが、それでもまだまだ動くことは可能だ。
しかし、性別の関係で言えばこの場には男しかいない。男らしい女性も中にはいるかもしれないが、見たところ男性しか戦いの場に来ていないのだ。つまり彼らの集落は戦いに適していない女性と子供、老人ぐらいしか残っていないだろう。
男だけ戦いに出れば、残された女子供を狙って攻め込まれる危険性だってある。やはり野蛮人は考えることが違う。
「え、そんな。学院長までそんなことを言っちゃったら俺たちどうすればいいですか」
「つまりショウちゃんは学院長と同じぐらい頭がいいってことだよね!!」
「ハルさん、褒めるのお上手だな。照れ照れしちゃう」
「可愛い〜!! 後輩が可愛い〜!!」
その時、空から声が降ってきた。
何事かと思って視線を空に投げかけると、歪んだ三日月型の魔弓『冥砲ルナ・フェルノ』が空を飛んでいた。冥砲ルナ・フェルノに乗っているのはハルアと小さなエルフの子供で、そのすぐ側には最愛の嫁のショウが笑顔で佇んでいた。
ハルアに抱えられている子供は散々泣きじゃくったのか、表情がすでに疲れ果てていた。抵抗するたびに殴られでもしたのだろう、顔の至るところに青痣と火傷痕が窺える。
地上にふわりと降り立ったショウとハルアは、鉄製の校門にしがみついて固まるエルフたちに向けてご挨拶。
「お初にお目にかかります。ヴァラール魔法学院用務員のアズマ・ショウです」
「同じく、ハルア・アナスタシスです!!」
ショウは「突然ですが」とハルアが抱えるエルフの子供を指差すと、
「貴方がたの集落にいらっしゃいましたエルフの皆々様は死にました。我々が殺してきました。そして今から、皆様にはどうやって殺したのかをご覧に入れましょう」
天使のような笑顔で悪魔のようなことを言い出した。
《登場人物》
【ユフィーリア】この前、グローリアが徹夜しすぎて髪の毛食ってたところを見かけたあまり強制的に気絶させてベッドに転がしてきた。
【エドワード】この前、グローリアが徹夜しすぎて指を食ってたところを見かけて、ヘッドロックで気絶させてからベッドに転がしてきた。
【グローリア】最近、徹夜をしすぎると奇行に走る。
【スカイ】徹夜をしすぎるととんでもねー魔法兵器が出現する。この前は掃除用のモップに8本の足をつけて校内を走り回らせた。
【ショウ】悪辣な作戦立案は学院長と似通っている様子。
【ハルア】頭のいい後輩なので全面的に信じている。




