第110章第2話【異世界少年と作戦会議】
一方その頃、未成年組である。
「父さん、エルフ族を虐殺するから許可と冥府側でも準備を頼めるだろうか」
『よし、許可しよう。行きなさい』
「待て待て待て待て待て待て待て!?」
平和的に解決も、穏便に済ませるも何もなかった。ただの血の気の多い作戦だけが立案された。
ショウがやったのは通信魔法専用端末『魔フォーン』で通信魔法を飛ばし、今日は冥府でお仕事中である自分の父親のキクガに殺戮の許可をもらうという頭の中身を疑いたくなる行動だった。そして許可は得られてしまった。
その血の気も多ければ正気もクソもない作戦に待ったをかけたのは、獣王陛下のリオンである。ショウの細い肩をぐわしと掴むや否や、前後にガクガクと揺さぶって「正気に戻れ!!」と叫ぶ。
しかし、ショウは正気だった。そして本気だった。
「近年のエルフ族の蛮行は新聞で確認しています。彼らは根城である大森林『アルヴィムの森』の周辺国家を侵略し、住人の皆さんを追い出しているんです」
ショウとて建設的な話し合いが出来るのであればそれに越したことはないが、侵略者どもを許せるほど寛大な心は持ち合わせていないのである。それぐらいにエルフ族が周辺諸国にやってきたことは凶悪だった。
「よろしいですか、獣王陛下様。エルフ族が周辺諸国にやってきたのは女子供を捕まえて殺し、目立つところに放置するんですよ。そんな最悪のことが許されますか!!」
「よぉーし、やれ!!」
「はい!!!!」
未成年組の暴走を止めていた獣王陛下だったが、庇護すべき女性と子供を殺戮することを主軸とした侵略方法には我慢ならなかったらしい。即座に意見を翻してきた。
ちなみに全部、本当の話である。ショウは嘘をつかない素直な子供なので、ちゃんと正直に新聞で読んだ内容をそのままお伝えした。
エルフ族虐殺に反対意見がなくなったが、豪商のカーシムからの意見はあった。
「しかし、エルフ族を虐殺するとなるとヴァラール魔法学院に在籍するエルフ族の生徒はどうなります?」
「彼らをあんな蛮族と一緒にしないでいただきたいですね。それでも商才に秀でた砂漠の豪商ですか」
相手が世界有数の金持ちだろうと、ショウの態度は変わらない。ビシッと指差すと、
「いいですか、何年も情報社会から隔絶された森の中に引きこもっている耳の長いだけのお猿さんと、知恵を得る為に街に出てきて人々と共存が出来ている優秀なエルフの皆さんと同列に語るのは彼らに失礼ではありませんか。街に出てきて世界の発展に寄与する彼らこそが、誇り気高きエルフ族です。決して女の人や子供の頭蓋骨で酒を飲むような蛮族ではないですよ」
「おそらく襲撃してきたエルフ族の人々は、さすがに頭蓋骨で酒を飲むような真似はしていないと思いますが」
「物の例えをご理解いただけないのであればお黙りください。しゃらっぷ」
妙に変なところを指摘してくるカーシムにピシャリと言い放ち、ショウは話を切り替えるように咳払いをした。
「そんな訳で、我々問題児はエルフを名乗る外の蛮族どもは許しません。一切合切を駆逐し、二度とこんなことを起きさせないようにするべきです」
「うむ、それは余も同意である」
ショウの厳しい意見に同意を示したのは、龍帝のフェイツイである。親族同士で龍帝の座を奪い合う苛烈な家庭環境に身を置いているので、何かしら思うところがあるのだろう。
「異なことを言うものである。魔法の存在を最初に使用したのはエルフかもしれぬが、人々に伝承して生活を豊かにしたのは紛れもなく七魔法王の偉業である。それを横から掠め取ろうとするのは愚か者の考えることよ」
「さすがは龍帝陛下、目の付け所が違いますね。あとでエドさんに引っ付いておきます」
「何ッ、本当かハアハア」
「これがなければ格好よかったのになぁ」
あからさまに興奮したように荒い息を吐くフェイツイにガッカリしたような視線を向けたショウだが、意外にも正気に戻るのが早かったフェイツイに陶器製の瓶を手渡されて首を傾げる。
「何ですか、これ。媚薬ですか?」
「秘宝毒酒だ」
フェイツイはその爬虫類を想起させる冷たい美貌にかすかな笑みを見せると、
「そいつは余が作り出した特別製である。卿らは魔力回路を持たない、それを使ってもエルフどもの魔力回路を破壊するだけで終わるであろう」
「素晴らしい贈り物をありがとうございます、龍帝陛下様。お礼にハルさんのほっぺをもちもちしておきますね」
「何でぇ!?」
いきなり巻き込まれたハルアの頬に自分の頬を押し付けて、もちもちすりすりとしておくショウ。龍帝陛下からはネバネバした嫌な視線を送られるし、ハルアの口からは「あうあうあう」としか声が漏れないし、混沌とした状況に陥ったが上等なものをもらってしまったのでこの程度は朝飯前である。
何せ秘宝毒酒と言えば、魔力回路のみを破壊する毒のお酒である。これを飲めば魔法使いや魔女は永遠に魔法を使えなくなるも同然だ。これを蛮族エルフたちに飲ませれば、彼らは森と共に生きる田舎者になるしかない。
存在意義を殺すとはなかなか考えたものである。これ以上ないほど有用な手段だ。
「いや待て、その酒を持って行くのはいいがどう使うつもりだ?」
「? 普通にエルフの森の生活用水にでもぶち込んでこようかと思いましたが」
「それは悪手だ。お前たちがあの蛮族に捕まるぞ」
唐突にリオンが変なことを言い始めた。
そう言えば、エルフの襲撃をいち早く察知したのはリオンである。ハルアの第六感と同等の何かが働いているのだろうか。
怪しげな視線を寄越してくるショウに、リオンが「何だその目は」と不服そうに返す。
「獅子族の先祖返りは、代々未来視が出来る。その為、エルフの襲撃も事前に知っていたのだ」
「凄いですね、お目目抉ってもいいですか?」
「龍帝と扱いが違う!!」
「知ってたんなら事前に言っとけという意味で扱いに差を持たせています。役に立たないな、この猫ちゃん」
ショウの厳しい言葉に、リオンの獅子の耳がぺたんと伏せる。可哀想である。だが同情はしない。
「ハルさん、そんな訳だ。今からエルフのいる森に突撃するが」
「うん」
ショウが先輩であるハルアへと振り返ると、彼はいつになく真剣な表情で頷いた。
これからやることは決して褒められたことではない。世間一般から見れば批判上等、犯罪上等の問題行動である。エルフたちの故郷を滅ぼし、住人を大虐殺するのだ。責められて然るべきである。
行動には責任が伴うものだとショウも理解している。別にショウが冥砲ルナ・フェルノでひとっ飛びしてくればいいだけなのだが、後輩1人でエルフの故郷に突撃することをこの先輩は許してくれないだろう。
未成年組らしく覚悟を決めたその時、
「ハルアさん、ショウさん……」
「リタさん」
「リタ……」
不安そうな表情を浮かべたリタが、ショウとハルアを見つめていた。
ショウは何と声をかけるべきか迷った。これから問題行動をすっ飛ばして大虐殺に出る訳である、リタに止められてもおかしくはない。それどころか「見損ないました」なんて言われて絶交も考えられる。
それでも、ショウはエルフの蛮行を許すことが出来なかった。魔法の使用を先にしていたのはエルフだろうが、それを人々の生活に浸透させて世界を豊かにしたのは紛れもなく七魔法王の功績である。その功績をなかったことにするような真似は許せないのだ。
たとえこの場で袂を分つことになろうとも、この決意は揺らがない。そう伝えようとしたが、先にハルアが口を開く。
「リタ、オレね、綺麗な人間じゃないよ」
ハルアは静かな口調で言う。
「今までいっぱい人を殺してきたし、これからも多分いっぱい殺すことになる。理不尽に他の人を殺すことはないけど、オレが殺した人が生きたかった明日まで背負う覚悟はある」
実験で生み出された数多の弟たちをその手で殺し、第七席【世界終焉】の供として同じ道を歩むハルアの覚悟は並大抵のものではない。
他人の命を奪う残酷さを知っているからこそ、確固たる決意がある。何かを守る為には犠牲を強いなければならない。
リタはそんなハルアを真っ直ぐに見据えると、
「本当だったら、私は止めなきゃいけないんだと思います。でも私たちが今後も安全に学院生活を送るには、私はお2人を犠牲にしなければならないんだと思います」
リタは「一緒に背負う覚悟が出来なくてごめんなさい」と謝り、
「ハルアさん、気をつけて。私はここで待ってます」
「うん。帰ってきたら、また踊ろうね」
「はい」
リタと挨拶を済ませたところで、ハルアは「行こ!!」とショウの手を取る。その雰囲気は普段から見慣れている先輩のものだった。色々と吹っ切れたようだ。
ショウは「ああ、行こう」と頷くと、ハルアの手を握り返す。それからついでと言わんばかりにリオンの首根っこも引っ掴んだ。
首根っこを掴まれたリオンは、
「どうして俺まで連れて行く!?」
「未来視を役に立ててください、猫ちゃん」
「落ちるから暴れない方がいいよ、子猫ちゃん!!」
「ちくしょーめ!!」
未来視をあてにされて強制的に引きずられていくリオンの虚しい悲鳴が、暗い空気を落とす学院内にこだました。
《登場人物》
【ショウ】問題児きっての軍師様。今回、割と血の気の多い作戦を立てた。もはやそれは作戦か?
【ハルア】作戦など無意味な猪突猛進タイプ。前線で暴れる方が得意。
【リオン】未来視が出来る獣王陛下殿。だからエルフの襲撃が分かったのだよ。
【カーシム】砂漠の豪商。財力では誰も敵わない。
【フェイツイ】龍帝陛下殿。敵に味わされた秘宝毒酒を開発。
【リタ】本当は止めるべきなのだろうが、切り捨てる度胸も時には必要。