第109章第6話【問題用務員と変態龍帝】
獣王陛下のリオン、砂漠の豪商であるカーシムと来て、最後に登場したのはこれだった。
「ねえ、あれ」
「もしかして龍帝陛下?」
「綺麗な衣装……」
しゃらん、という鈴の音が創立記念パーティーの会場内に落ちる。
今しがた、数人のお供を引き連れて会場内に足を踏み入れたのは、豪華な東洋の衣装を身につけた青年だった。丁寧に編み込まれた艶のある黒い髪と大衆を睨みつける切長の翡翠色の瞳、爬虫類を想起させる美麗な顔立ちは他者の目を否が応でも惹きつける。
複雑な模様が刺繍された衣装は天から降りてきた人間と言わんばかりのゆったりとした見た目でありながら、豪華な雰囲気がある。幾重にもなった布地は黒と青、翡翠色などの寒色系でまとめられているのも、彼自身の容姿にも合っている。頭部には王冠を模した帽子を被っている姿は、威厳ある王族と言ってもいい。
龍帝国より286代龍帝、フェイツイ・ワンロンのご降臨である。この1000周年記念のパーティー、波乱の匂いしかしない。
「グローリア、まさか龍帝様まで呼んでくるとか正気か」
「本当に勘弁してほしいッス。ボクらがまた見せ物になる」
「え、うち主催の創立記念パーティーでも見せ物になるのか?」
ユフィーリアはあからさまに嫌そうな表情を見せる。
龍帝国では招かれる側なので見せ物にさせられるのも我慢するしかないが、今回はヴァラール魔法学院主催の創立記念パーティーに龍帝陛下が招かれた側である。見せ物になるのは嫌だ。
そもそも、多忙を極める龍帝陛下が辺鄙な場所にある魔法学校の創立記念パーティーに出席するのがおかしい。本当ならばヴァラール魔法学院よりも歴史のある王立学院の創立記念パーティーに出席した方がいいのだろうが、何でよりにもよって選ばれたのがヴァラール魔法学院なのか。
全校生徒からの好奇な眼差しを一身に受けるフェイツイは、その薄い唇をそっと開いて低く涼やかな声を紡ぐ。
「北の果てにて魔法を学ぶ魔術師の卵たちよ。龍帝国より祝福に参った。これからも勉学に励み、世界へ貢献するように」
厳かなお祝いの言葉に、生徒たちはぱらぱらと拍手を送った。とりあえず動かねばならないと行動したがゆえだろう。
フェイツイはつまらなさそうに視線をスッと生徒たちから外すと、迷わずユフィーリアの元までやってきた。凄え嫌な予感しかしない。
というのも、フェイツイの性格を知っているからこそ嫌な予感である。冷や汗が止まらない。
翡翠色の瞳でユフィーリアを見下ろしたフェイツイは、
「第七席よ」
「は、はい」
「卿の部下はどこに?」
「あー……えっとー……」
ユフィーリアはそっと龍帝陛下から視線を逸らした。やっぱり、と言いたいぐらいに予想通りの内容だった。
「ユーリ!! エドがいぢめる!!」
「いじめてないじゃんねぇ。『リタちゃんとお話したのぉ?』って聞いただけじゃん」
「一生懸命褒めてましたもんね。お顔真っ赤だ、ハルさん」
「みんないぢめる!!!!」
そこに、エドワードとハルアとショウの問題児男子3人組が戯れ合いながらやってきてしまった。ユフィーリアは静かに天井を仰いだ。あ、綺麗な照明器具だ。
彼らの戯れ合いは、さながら兄弟のそれであった。例えるならば2番目の兄弟に仲のいい女友達が出来て、それを兄と1番下の弟が全力で揶揄って楽しむという構図である。兄弟愛にはよく見られる光景と言えよう。
そんな光景を目の当たりにして、フェイツイが壊れない訳がなかった。
「弟を揶揄うお兄ちゃん、萌え!!!!」
「うわ気持ち悪いのいたぁ」
「何でいるの!?」
「来賓客としてでしょうか。よりにもよって龍帝陛下様がいらっしゃるとは……」
ショウとハルアはエドワードの背中に隠れ、ハアハアと荒い呼吸で観察してくるフェイツイを睨みつける。エドワードも可愛い弟分のショウとハルアを守るように立ち塞がるが、その行為が変態の血をさらに騒がせた。逆効果である。
とにかくこのフェイツイ・ワンロンという龍帝陛下、兄弟愛という関係性に目がなかった。実の兄弟よろしく仲のいいエドワード、ハルア、ショウの組み合わせが大好物らしく、龍帝国を訪れた時からたまに彼らの状況を伺う内容が長文の手紙で届くのだ。面倒なことこの上ない。
もしかして、今回の創立記念パーティーに押しかけてきたのも、問題児男子3人組が目当てだろうか。グローリアがご丁寧に招待状を書いたとすれば、ユフィーリアが代表して丁寧に殴り返さなければ気が済まない。
すると、
「僕が招待状を出した訳じゃないよ」
「おう、グローリアお疲れ。どういうことだ?」
「どこからか嗅ぎつけてきたんだよ、ここの3人が」
疲れた様子のグローリアが、フェイツイの背後から姿を見せた。3人を無事にヴァラール魔法学院へ送り届けることが出来たようだ。
「3人とも長文の手紙で『ぜひ出席したい』と言ってきた挙句、ここの獣王陛下と龍帝陛下は直談判してきたんだよ。5歳児みたいに駄々捏ねたのは獣王陛下の方ね」
「予想できたしショウ坊がさっき暴いてた」
「ちなみに龍帝陛下の重圧に耐えられなかった。怖かった。蛇に睨まれた蛙ってあのことを言うんだと思う」
「お疲れ、本当にお疲れ」
ユフィーリアはさすがにグローリアに同情せざるを得なかった。
カーシムはまだまともだとしても、よりによってリオンとフェイツイの暴力性に晒されるのは可哀想である。しかもリオンは床に寝転がってジタバタしながら駄々を捏ね、フェイツイは玉座に座りながらグローリアへ容赦なく重圧を放って脅したのだろう。学院長なのに可哀想である。
話題に出されたリオンは目を逸らし、カーシムは朗らかに微笑むばかりで、フェイツイに至っては話すら聞いていなかった。なおも問題児男子3人組に夢中である。
そんな変態龍帝を目の当たりにして首を傾げたリオンは、そっとユフィーリアに耳打ちしてくる。
「なあ、これ俺の兄貴がいると言ったらどうなるんだ?」
「頭の中できゃっきゃうふふさせられるぞ」
「怖。言わんどこ」
「余計なことを言わねえ方がいいぞ。餌食にされる。あいつらみたいになりたくないだろ?」
ユフィーリアが指差したフェイツイは、もりもりとケーキを口に運ぶ問題児男子3人組に注目していた。食べたケーキにコーヒーが使われていて苦かったようで、ショウが「エドしゃん、これ食べてください……」と涙目で食べかけを差し出していた。
エドワードもエドワードで「苦かったねぇ、じゃあこっち食べなぁ」とシュークリームをショウに差し出し、ショウの食べかけであるコーヒーケーキを1口で消費する。そして口の周りをベッタベタにクリームで汚すハルアの口元を手巾で拭いてやり、兄らしく弟分を甘やかしていた。
変態を喜ばせる餌を容赦なく撒く問題児男子3人組に、ユフィーリアは呆れたように言う。
「お前ら、そうやればこの変態龍帝が喜ぶのは必然だろ。もっと仲悪く出来ねえのか」
「喧嘩するぅ? 会場吹き飛ぶけどぉ」
「ヴァジュラ!?」
「ハルさん、初手で最大火力ブッパは卑怯だぞ」
「やるな、仲良くしてろ」
そうだった、ここの義兄弟は仲良い時は仲良いが、喧嘩をすると大変なことになるのだった。特にハルアが最強の神造兵器を取り出してくるので、色々と危ない訳である。
とりあえず、居心地が悪そうにしているのが可哀想なのでユフィーリアは龍帝陛下を問題児男子3人組から引き剥がすことにする。ユフィーリアの腕力にさしもの龍帝陛下でも敵わなかったようで、あっという間に引き摺られた。
フェイツイはユフィーリアに恨みがましそうな視線を寄越してくる。「邪魔をするな」と言っているようだが、部下を守る為には仕方がないのだ。
そんな訳で、必要な犠牲になってもらおう。
「龍帝様よ、ここにいる獣王陛下にもお兄ちゃんがいるぜ」
「何だと仲良しか!?」
「うわお前!? 俺を犠牲にしてきたな!?!!」
兄弟愛スキーな変態龍帝の相手は馬鹿タレ獣王陛下に任せるとして、ユフィーリアはしれっとアイゼルネが持ってきたサンドイッチを口に運ぶのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】龍帝様から長々と問題児男子組の近況を探る手紙に辟易している。
【エドワード】後輩の2人と元気に雪遊びをしていることを龍帝様にバラされているのを知らない。
【ハルア】後輩と先輩の2人で大作の雪像を作ったことを龍帝様にバラされたことを知らない。
【アイゼルネ】この龍帝様、相変わらずだな。
【ショウ】龍帝様に問題児男子組でかまくらでおやつを仲良く食べたことをバラされているのを知らない。
【リオン】兄弟仲は現在、普通。たまに隠居した兄の様子を見にいく。
【カーシム】兄弟の存在はいるのだが、財産を狙われるので信用してない。
【フェイツイ】龍帝国の現皇帝。冷たい威圧感のある雰囲気とは対照的に『おにショタ』に目がない変態。現在の餌は問題児男子組であり、ことあるごとにユフィーリアに長文のお手紙を送って問題児男子組の様子に探りを入れている。