第109章第5話【問題用務員と砂漠の豪商】
獣王陛下と名乗る馬鹿タレが最年少問題児と取っ組み合いをしている頃だった。
「え、何か凄い煌びやかなのが」
「あれ何?」
「どこの誰? 従者とか?」
獣王国ビーストウッズの屈強な軍人たちを押し除けるように、白くゆったりとした衣装を身につけた集団が創立記念パーティーの会場に雪崩れ込んできた。
頭部を守るように白い布を巻き、ほとんどの人種が褐色肌を有している。出入り口から目にも鮮やかな赤色の絨毯をバサッと広げると、何故かそこに大量の白い花弁を散らし始めた。ゴミを増やされた気分である。
その上を悠々と歩いてくる人物は、
「――この度は創立1000周年の記念すべき宴にご招待いただき、感謝いたします」
精錬された所作で全校生徒と全教職員に頭を下げたのは、白髪褐色肌の青年である。まだ年若さを残す顔立ちには柔和な笑みを見せているものの、紅玉の如き双眸には老獪な商人のような雰囲気を漂わせる。
上等そうな真っ白いゆったりとした見た目の衣装には随所に金糸の複雑な刺繍が施されており、首元や緩やかな袖から覗く手首には色とりどりの宝石を使用した装飾品が巻きつけられている。威風堂々とした王族らしい佇まいではなく、相手に取り入ろうとする商人さながらの物腰柔らかな姿勢が他人の目を惹きつけた。
アーリフ連合国の最高責任者であり世界で最も金を稼いだ大商人、カーシム・ベレタ・シツァムがまさかの来訪である。
「嘘だろォ……!?」
「え、あれ何かの見間違い? 砂漠の大商人が何でうちの創立記念パーティーに来賓としてやってくるのぉ?」
「今年は豪華だね!!」
「驚きだワ♪」
「カーシムさんまで来るとは。やはり創立1000周年だから気合の入り方が違いますね」
問題児もまさかの来賓客に驚きが隠せなかった。
辺鄙な場所に建つ魔法学校に、世界的にも有名な大金持ちが足を運ぶとは想定外である。いくらか寄付をもらっていることはユフィーリアも創設者会議の場で教えられたことはあるが、来賓客として創立記念パーティーの場に出てくるとは思わなかった。
カーシムと言えば、世界的に有名な大金持ちがゆえにあちこちの刺客から命を狙われていると噂がある。実際にその噂通りなのか、アーリフ連合国でも地下に身を潜めているぐらいなのだ。手紙でお祝いするならまだしも、こうして生身で公の場に出てくるのは珍しい。
朗らかな笑顔で挨拶を済ませたカーシムに誰もが注目する中、ショウと取っ組み合いをしてちょっとボロボロになったリオンが「む?」と首を傾げる。
「何だ、あいつも獣人の先祖返りではないか。よもや砂漠の行商人と呼ばれていようとは」
「えッ!?」
「そうなんですか?」
リオンの言葉に、未成年組が驚いたように振り返る。
「嘘ついたら背骨をいただきますよ」
「嘘をついてどうする。俺に利益があるならいくらでも嘘をつくが、この場で嘘をついても利益がないだろう」
「俺たちを驚かせるだけ驚かせて楽しもうという魂胆では?」
「信用ないな」
リオンはやれやれと言わんばかりに肩を竦める。先程のユフィーリアに対する行動が、ショウの信用度をガクンと下げていた。
とはいえ、この場でリオンが嘘をついたところで利益は何もない。ただ未成年組を驚かせて楽しもうといういじめっ子思想から来る嘘であると否定は出来ないが、彼の態度から判断して嘘ではないだろう。
ならば、カーシム・ベレタ・シツァムという豪商は獣人の先祖返りということになるのだが、
「おや、ぼくのことをご存知ですか?」
「ご存知も何も、匂いで分かる。猿の匂いがするな」
「獣王陛下様のご慧眼には敵いませんね。別に隠し立てするつもりもなかったのですが」
カーシムは行商人らしい他所行きの笑顔を絶やすことなく、
「ぼくは猿族の先祖返りとなります。猿族の先祖は強欲な雌猿で、商売の神様を取り込んだとされています。おかげで商才だけは誰にも負けなくなりました」
「猿族の商才には我が国も敵わん。出来れば敵に回したくはないな」
「ご冗談を。我が国は商才しか取り柄のない国です、軍事力では獣王国の足元にも及びませんよ」
「口が上手いな、さすが商人」
「いえいえ、獣王陛下様には負けます」
王者として威風堂々と応対するリオンに対し、カーシムは物腰柔らかだ。笑顔を絶やさないが、その赤い瞳には商売の隙を見つけるかのように鋭い光が宿されている。腹の探り合いをしているのか何なのか知らないが、2人の間に言いようのない空気感が流れた。
ユフィーリアたち問題児はそっと距離を取った。
この賑やかな創立記念パーティーの場でピリピリとした空気を感じ取りたくなかった。リオンとカーシムの密かな睨み合いのおかげで創立記念パーティーの空気感が徐々に悪くなっていく。生徒たちも顔色を悪くしていた。
リオンとカーシムに背を向けたユフィーリアは、
「お前ら、来賓なんか放っておこうな。せっかくの創立記念パーティーなんだから楽しもうぜ」
「お肉取ってこよぉ。ショウちゃん、ハルちゃん行くよぉ」
「あい!!」
「ユーリ、あっちにおつまみになりそうな軽食があったわヨ♪」
「お肉お肉」
「ちょいちょいちょい、ちょっと待て。来賓を放っておく主催者がいるか普通!?」
ユフィーリアが「来賓なんぞ放っておけ」宣言を受けて、異議を唱えたのはリオンの方だった。カーシムは不満そうにはしておらず、むしろ至極当然と言わんばかりに反省の表情を見せている。
このリオンの態度が、問題児の――特に最年少問題児にして舌戦の達人であるショウの中の何かを刺激したらしい。最愛の嫁の目の色がスッと変わる。
ショウは「黙らっしゃい!!」と怒鳴りつけるや否や、
「大体ですね、創立記念パーティーは外部の人間を招いていないと聞きました。今回、創立記念パーティーの話を聞いて来賓客が駄々を捏ねたから仕方なく招待せざるを得なかったらしいですよ。いいですか、本来は身内だけで無礼講なパーティーになるところを来賓客があるからお行儀良くしなくちゃいけなかったんですよ、空気を読むどころか楽しい空気を台無しにする馬鹿タレなど放っておいて然るべきでしょうが文句あるならかかってきなさい全部言い負かしてやりますよ子猫ちゃん!!」
「何だ何だ何だ、何でこんなに怒涛の勢いで罵倒が飛んでくるんだぁ!?」
「うるさい駄々捏ね代表!! どうせ貴方のせいでしょう!! 大の大人が床に寝転がってバタバタしただなんて国の恥だとは思いますよ!?」
「な、何故それを知っているおいどこから聞いた!!」
焦るリオンに「駄々捏ね王様、クソガキ王様」などと次々と罵倒を重ねるショウ。どうやらリオンが床に寝転がってバタバタと駄々を捏ねたから、グローリアも来賓客を招待せざるを得なかったようだ。
数多くもらう寄付相手から、比較的まともな人員を算出した結果がこれだったのだろう。カーシムはまだまともだが、リオンを招待するのは早計だったのではなかろうか。
リオンとショウが激しい舌戦を繰り広げている横を通過し、カーシムが「大変申し訳ございません」と謝罪する。
「今まで創立記念パーティーに招待されたことがありませんでしたので何かあると思ったら、そういう事情があったんですね」
「すまんな、豪商様よ。こんな辺鄙な場所までご足労願っちまって」
「いえいえ、構いませんとも。魔法兵器展示会では大変お世話になりましたし」
カーシムは「ところで」と話を切り替え、
「せっかくの創立記念パーティーですからお祝いの品をと思いまして、アーリフ連合国の名産である絹や宝石などをお持ちしました。どちらに置けば?」
「持って帰ってくれるか?」
「あ、菓子類の方がよろしかったでしょうか。ご安心ください、持ってきておりますのでどうぞ好きなだけ」
「なあ、豪商様よ。もしかして滅多にパーティーとか招待されないから興奮してるか? それともお国柄として色々手土産を用意しなきゃいけないとか思ったのか? 全校生徒に配り歩いて余りある分の物品を持ってくるんじゃねえよ限度を考えろ限度を!?!!」
次々とカーシムが手土産と称して上等な絹とか宝石とか菓子類とか調度品などを運び入れてくるので、ユフィーリアは頭を抱えるしかなかった。心の中で「頼む、グローリア。早く帰ってきてくれ」と願いながら。
《登場人物》
【ユフィーリア】ちゃっかりアーリフ連合国の絹はいただいておいた。これで衣装を作ろう。
【エドワード】誰がバタバタしようがどうでもいい、それよりご飯食べたい。
【ハルア】どうせリオン陛下がバタバタしたんだろうなって思って黙っていた。余計なことは言わない。
【アイゼルネ】アーリフ連合国の宝石が素敵なのでちゃっかりいただいておいた。
【ショウ】頭がいいのでリオン陛下がバタバタしていたのは知っていたぞ。
【リオン】獣王陛下。国王のくせに創立記念パーティーに行きたくてバタバタ駄々を捏ねて招待してもらった。精神年齢5歳児。
【カーシム】アーリフ連合国の最高責任者にして世界でも有数の豪商。その商才は商売の神を取り込んだ巨猿の先祖返りが由来であり、金を稼ぐことは上手い。




