第109章第2話【問題用務員と会場】
創立記念パーティーが本当にパーティー会場になっていた。
「ええ……」
「レティシア王国の舞踏会みたいじゃんねぇ」
「ぱーちーだよ、ショウちゃん!!」
「素敵な会場だワ♪」
「これ入ってもいいアレか……?」
あの創立当初から各方面をお騒がせして止まない問題児どもも、さすがに困惑せざるを得なかった。
大講堂に足を踏み入れたら、魔法学校規模でやる創立記念パーティーの現場ではなかった。何を言っているのか分からないと思うが、安心してほしい。問題児も皆目見当がついていない。
理解できることは、おそらく空間構築魔法が使用されているという情報だけである。こんなことが出来るのは、ヴァラール魔法学院でも限られてくる。特に大講堂の収容人数以上に部屋の大きさを変えるなど、空間構築魔法で可能としている人物はユフィーリアの知る限り1人しかいない。
その人物は、何事もなかったかのようにパーティー会場を歩き回っていた。
「うん、床の強度と素材の変換はバッチリかな。生徒の重さにも耐えられそうだし、平気だよね」
そんなことを確認しながら、学院長のグローリア・イーストエンドが足元に広がる大理石の床を踏みつけている。それからパッと右手を軽く振った。
さらに魔法が発動したのか、パーティー会場の壁に赤い重厚な見た目のカーテンがかかる。窓のないところを飾るように出現した布は、どうやら飾りの類のようである。詠唱も何もなしに空間構築魔法を行使する神技は、この世の誰にも真似できないだろう。
会場の様子を確かめながら空間構築魔法を事もなげに発動するグローリアは、ユフィーリアたち問題児が唖然としている様子を発見するなり首を傾げた。
「何してるのさ。もうちょっと待っててよ」
「いやこっちの台詞だよ。何してんだよ、これ」
「見ての通りだよ。創立記念パーティーの会場準備」
グローリアは「あれ、もう時間だっけ?」と言いながら、左手を軽く振る。
左手の動きに合わせて、数字が出現した。どこからどう見ても時計である。魔法で時間の流れを読み取り、数字として可視化する魔法『時間読み取り魔法』である。しかも1秒単位で表示されているので、グローリアの時間を読み取る精度はかなり高いと見ていい。
時間を確認すると、グローリアは「あ、大変だ」と呟いた。
「もう時間だったね、ごめん。あと少しだけだから」
「これ以上に何をするってんだ、お前」
「あと少しだけだから」
ユフィーリアが問いかけるが、グローリアは「あと少しだけ」と繰り返す。これ以上に果たして何が必要と言うのか。
指揮者の如く指先を振るうグローリアの動きに合わせて、元は大講堂だった創立記念パーティーの会場が変化していく。重厚な見た目の赤いカーテンがかけられた箇所に巨大な窓が作られ、さらにテラスまで構築されていく。大講堂の外に繋がっているのかと思いきや、窓から見えるのは綺麗な満月と宝石箱をひっくり返したかのような星空だった。
テラスには白色の椅子や机などが設置され、パーティーから抜け出して休むことも可能としている様子である。テラスを作るだけでも並大抵の魔法使いが出来る所業ではないのに、外の世界まで構築できてしまうのはさすが第一席【世界創生】だ。
月明かりを取り込ませるようにたくさんの窓を作ったグローリアは、満足げに頷いた。
「よし、これで完成」
「お前、どこからこんな内装の知識を仕入れたんだ?」
「レティシア王国の舞踏会の会場を真似たよ。見た目を真似するだけなら簡単だからね」
ユフィーリアの純粋な疑問に、グローリアは朗らかに笑いながら答える。
「それに、今年は創立1000周年ってことで来賓客も来る予定だしね。変なところでパーティーなんて出来ないでしょ」
「来賓が来なけりゃ仮装したのにな」
ユフィーリアはつまらなさそうに舌打ちをする。
創立記念パーティーはヴァラール魔法学院の身内だけで執り行われるものであり、生徒や教職員もふざけ放題のやりたい放題やるのが創立記念パーティーの醍醐味だった。去年まではグローリアも無礼講を黙認していたし、むしろ楽しんでいる雰囲気さえあったものだが、今年は来賓客のせいで無礼講が許されていない。
例年、ユフィーリアたち問題児は無礼講に乗じて仮装して参加していたのだ。今年に限って来賓客がやってくるから、やむなく正装で参加せざるを得なかった訳である。来賓客の存在がなかったら今頃こんなに絢爛豪華なパーティー会場になっていない。
グローリアは「仕方ないでしょ」と言い、
「僕だって本当は招くつもりはなかったんだよ」
「じゃあ何で来賓が来るってことになってんだよ。断れよ」
「無理だよ」
遠い目をするグローリアは、
「君は王族が床に寝転がって5歳児みたいに駄々を捏ねる瞬間に立ち会ったことはある? 何度断っても手紙を送ってきて、挙げ句の果てに直談判の末であんな展開だよ。僕もさすがに折れるよ」
「ごめん、グローリア」
「学院長も苦労したんだねぇ」
「大変だったね!!」
「本当にお疲れ様♪」
「今回ばかりは同情します」
王族が5歳児よろしく床に転がって駄々を捏ねる光景を頭の中で想像して、問題児どもはグローリアに同情の目を向けた。直にその光景を見たことはないので想像の域を出ないのだが、そんな地獄みたいな景色を目の当たりにした学院長の心労は推して図るべきである。
というか、そんな王族がこの世に存在するのか。そしてそんな5歳児みたいに駄々を捏ねた王族が、来賓客としてヴァラール魔法学院の創立記念パーティーに参加するのか。そう考えただけで気が遠くなる。
しかし、グローリアの切り替えは早かった。王族が目の前でゴロゴロ転がりながら駄々を捏ねた過去からさっさと目を逸らすと、
「今年は1000周年だからね、ご馳走も奮発したよ」
「凄え!!!!」
「わあ、本当に豪華仕様です」
グローリアが示した通り、今年の創立記念パーティーの食事は豪華なものだった。
すでにいくつか用意はされているが、肉料理から魚料理、果てはデザートまで多岐に渡る料理がずらりと大きなテーブルに並んでいる。中には目の前で調理してくれる類のものまで揃っているようで、真っ白なコックコートを身につけた料理人が待機していた。
煌びやかな料理の数々に、早くも未成年組の2人は虜になっていた。パーティーという社交場よりも、子供たちにとっては豪華な食事と楽しいダンスの時間が何よりの楽しみの様子である。
うずうずそわそわと落ち着きがない未成年組の姿に苦笑したグローリアは、
「いいよ、行ってきなよ。ただし節度を持って、食べ散らかすとか独占するとかないようにね」
「何で俺ちゃんの方を見て言ったのぉ?」
「食事関連ではユフィーリア以上に問題を起こすからだよ。ユフィーリアはご飯関係で問題行動を起こしたことないし」
せっかく用意したご馳走を食い尽くされることを懸念して、グローリアがエドワードに釘を刺していた。おそらく彼なら食い尽くしてもまだ足りないだろうが、こんな社交場でご馳走を食い尽くすなどといった馬鹿行動はしないはずだ。
しないとは思うが、油断は出来ない。ユフィーリアの見ていないところでやりかねない。
ユフィーリアはショウとハルアの肩を叩き、
「ショウ坊、ハル。しっかりエドを見張っておいてくれ」
「あいあい!!」
「分かった、エドさんがいっぱい食べないようにしっかり見張っておく」
「ショウちゃんとハルちゃんまでぇ」
未成年組の監視までつけられて「信用ないじゃんねぇ」と嘆くエドワードだが、残念ながら食事関連で彼に信用などないのだ。
問題児どもの雰囲気を悟り、生徒たちも続々とパーティー会場に足を踏み入れてくる。興味深げに周囲を見渡し、それから豪華な食事に群がり、あちこち歩き回ったりなどとパーティー会場の空気感を楽しんでいた。
未成年組も、エドワードを引き摺って生徒たちに混ざる。煌びやかなご馳走を前に、彼らも興奮が隠しきれていなかった。早速とばかりに皿へ盛り付け、食事を堪能し始める。
賑やかになりつつある創立記念パーティーの会場に背を向けたグローリアは、
「じゃあ、僕は来賓客を迎えに行くね」
「自力で来れねえのかよ」
「来れないんだよ。魔法が使えないみたいで」
グローリアは「だから来なくていいって言ったのに」とぶつくさ文句を垂れながら、パーティー会場をあとにした。
「……誰が来るんだろうな。嫌な予感がする」
「ハルちゃんみたいネ♪」
「おう、今ならハル並みの第六感が働きそうだ」
立ち去った学院長の背中を見送り、ユフィーリアとアイゼルネは首を傾げるのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】会場豪華にしすぎだろ。
【エドワード】ご飯美味しそう。
【ハルア】ご飯ご飯!
【アイゼルネ】レティシア王国のパーティー会場みたいで驚き。
【ショウ】美味しそうなケーキに夢中。
【グローリア】会場を整えた張本人。空間構築魔法が得意なので会場を作り変えるのも簡単。