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第108章第4話【問題用務員と踊る靴】

 そんな訳で、である。



「運動音痴のお前らの為に、自動で踊る靴の礼装を作ってきてやったゾ」


「これどこで調達してきたのぉ?」


「被服室にあった素材。魔法を使えば何てことはない」


「学院長に怒られる奴じゃんねぇ」



 被服室にあった素材を使用し、ユフィーリアは大量のバレエシューズを用意した。色は黒だけとなってしまったが、社交ダンスの練習用ならば様々な色のバレエシューズを用意する必要はないだろう。

 学院長に怒られることなど承知の上である。何度も被服室の素材を無断で拝借しては怒られるのだ。だが今回は全く踊れない運動音痴の1学年たちに何としてでも短時間で社交ダンスの技術を叩き込む必要があるのだ、このぐらいの素材使用は黙認してほしいぐらいである。


 ユフィーリアは用意したバレエシューズを並べると、



「一応、男女兼用にしてるからな。足のサイズが合うのを持っていけ。自力で社交ダンスを学びたいっていうガッツのある奴は取らなくていいぞ」


「何だと問題児」


「俺たちが踊る気力のない根性なしだと思ってんのか」


「その通りなのでバレエシューズください」


「そういうところが怠け者なんだよ、お前ら。便利な魔法に頼ってばかりじゃねえか、そういう世界にしちゃったこっちも悪いけど」



 苦笑するユフィーリアをよそに、わらわらとバレエシューズに生徒が群がる。バレエシューズを手に取った男女比は7:3程度だが、一部の生徒は自力で覚えたいようでバレエシューズという反則手段には出なかった。

 バレエシューズによる補助を求めた生徒は、早速とばかりに靴を履き替える。ちゃんと自分の足に合ったバレエシューズを選べたようで、ぶかぶかになっていたり履けなかったりなどといった状況にはならなかった。


 生徒たちがバレエシューズを履き終えると、



「うわ、動いた」


「凄えや」


「これ本番でも履けないかしら」



 ひとりでにバレエシューズを履いた足が動き始め、生徒たちはそれぞれ華麗な社交ダンスを披露し始める。

 靴の礼装を仕上げる際、動きに関してはユフィーリアとエドワードの社交ダンスをなぞるように組んだつもりだ。そのおかげもあって、生徒たちの社交ダンスは遥かに優雅さを増していた。数分前に膝をついて疲れ切っていた彼らとは大違いである。


 優雅なステップを踏み、華麗なターンを決める生徒たちを眺めて、ユフィーリアは満足げに頷いた。



「もうこれでいいかな。教えるの面倒臭えや」


「放棄しちゃったぁ」


「放棄もするだろ。あいつら社交ダンスを学ぶやる気がないんだから」



 ユフィーリアは早々に、やる気のない生徒は見限っていた。


 そもそも人数が馬鹿なのだ。学年単位でおよそ2000人の生徒を抱えるヴァラール魔法学院である、1学年の生徒数だけで2000人をちょっぴり超しているのだ。そんな人数を相手にたった2人だけで社交ダンスを教えるのは無理がある。

 加えてやる気のない生徒に対して教える気はさらさらない。かと言って教えないで創立記念パーティーの場で恥をかくのは霊峰より高いプライドが許さない生徒たちなので、じゃあもうこうするしか方法はないだろう。


 さて、目下の問題は社交ダンスに意欲的な真面目な生徒たちの指導である。やる気のない大半の生徒はバレエシューズで解決したが、自力で覚えたいと望む生徒たちには真摯に対応すべきだろう。



「まず男子側、相手の肩甲骨辺りに手を添えて身体を支えてあげてぇ。基本姿勢の『ホールド』からねぇ。これが出来てないと格好つかないからぁ」


「手は親指の付け根辺りからくっつけて握る。ちゃんとしっかり握れよ」



 エドワードとユフィーリアの2人がかりで、社交ダンスの基本姿勢を教える。モタモタと生徒たちも言われた通りに行動を開始した。

 男女比が偏っているので、一部の女子生徒が男性側を担うことになる。だがこればかりは仕方がないことだ。今もなおバレエシューズを履いた生徒は悲鳴を上げながら綺麗なステップを踏んで、華麗にターンをしているので身体に無理やり叩き込むしかない。


 ――()()()()()()()()



「お前ら、うるせえぞ。もうちょっと静かに踊れよ、品がねえとか言われるぞ」


「うるさい問題児!!」


「よくもやりやがったな!!」


「罠に嵌めたでしょ!!」


「これだから問題児は!!」



 バレエシューズを履いて華麗な社交ダンスを踊らされている生徒たちから、次々とユフィーリアに向けて非難が飛んでくる。最愛の嫁の目から光が消えたので、エドワードが「どうどう」と抱きかかえて行動を阻止していた。



「罠に嵌めただなんて心外だな。アタシがそんな酷いことをする魔女に見えるってのか? 今までだって真剣に社交ダンスを教えてたのに」


「だったらこの靴を止めろぉ!!」


「止まらないのよ、この靴!!」



 生徒たちの絶叫に、ユフィーリアは「はあ?」と眉根を寄せた。


 彼らに履かせたバレエシューズは、確かにユフィーリアとエドワードが踊った社交ダンスを真似するように魔法をかけた。ただ、そのような礼装の組み上げ方はヴァラール魔法学院の授業でもやっているだろうし、1学年でも学ぶことが出来る範囲だ。

 当然ながら踊る靴を止める方法だって学ぶはずである。ユフィーリアは基本的なことしかバレエシューズには仕掛けていないので、止められないということは彼らの普段の勉強に対する真剣さがないと窺えた。



「特に派手な仕掛けはしてねえよ。普通に声紋認証で止まるだろ。『止まれ』って呼びかけてみろよ」


「何度も呼びかけたんだよ、こっちは!!」



 生徒の1人が怒号を上げ、



「なのに止まらねえんだよ!! こんちくしょうがよ!!」


「また面白がって私たちを玩具にしたんでしょう!?」


「そんな訳ねえだろ。いい加減に問題児を疑うのを止めろよ」



 ユフィーリアはため息を吐き、雪の結晶が刻まれた煙管を一振りしてバレエシューズに止まるように魔法をかけた。


 しかし効果はなかった。

 ユフィーリアが魔法で止めようとしても、彼らは踊り続けたままだった。


 首を傾げたユフィーリアは、



「あれ?」


「止まらないねぇ」


「何でかしラ♪」



 エドワードとアイゼルネも不思議そうにしている。

 さすがにこの局面でふざけることなどユフィーリアはしない。ふざけるなら今までちゃんと社交ダンスを真面目に教えようとは考えなかった。何とかして仕事を回避しようと躍起になるが、今回ばかりは真面目だった訳である。バレエシューズを用意したのも善意だ。


 ユフィーリアはハルアとくるくる回るショウに振り返り、



「ショウ坊、赤い靴の童話ってどうやって止まるんだ?」


「止まらないぞ?」



 ショウはくるくると回りながら、平然と答えた。



「赤い靴の童話は、主人公の女の子が欲望に負けたがゆえに永遠に踊る罰を課せられた物語だ。最終的に両足を斧で切り落とされて解放されるんだぞ」


「つまり、あいつらの両足を斧で切り落とさないと止まらないって?」


「まあ、楽な方向に逃げたのだからそれぐらいの罰はあって然るべきでは? この世界には便利なことに回復魔法も治癒魔法も発展しているから、切り落としたところでまたくっつけることも可能だろう」


「それもそうか」



 ユフィーリアが納得したように頷くと、生徒たちから「おい!?!!」と悲鳴が上がった。


 彼らは楽な方向に逃げたのだ、それが仇となって永縁に踊る罰を課せられてしまった。ユフィーリアのかけた魔法がおかしなことになってしまったので、ほんのちょっぴりだけ罪悪感はあるが、楽な方向に逃げた彼らが悪い。

 切り落とすことを決めれば、ユフィーリアの行動は早かった。雪の結晶が刻まれた煙管を頭上に放り投げると、重力に従って落下してきたのは身の丈を超える銀製の鋏だ。凄まじい切れ味を持つそれならば、痛みを感じる前に生徒たちの両足を切断することだって容易い。


 いざ足を切り落としてやろうとしたその時、



「ユフィーリア、被服室の素材を勝手に使ったでしょ!! 全く、君って魔女はこれだ、から――――?」



 グローリアが駆け込んでくるなり、大講堂に広がる光景に首を傾げた。


 鋏を構えるユフィーリア、止まることなく踊り続ける生徒たち。バレエシューズから逃れた生徒たちはそれぞれ固まって怯えたような目線を向けている。

 これだけ見ても何が何だか分からないだろう。そしてユフィーリアがこれから何をするのかも分かっていないはずだ。


 ユフィーリアは鋏の先端で生徒たちを示し、



「バレエシューズに社交ダンスを踊らせる魔法をかけたんだけどさ」


「…………うん」


「魔法が失敗したみたいで、永遠に踊らされることになっちゃってな。仕方ねえから足を切り落として回復魔法をかけようかと」


「そう言うのは僕に言うんだよ!!!!」



 グローリアが絶叫すると共に、時間操作魔法で生徒たちの動きを止めた。なるほど、確かにこれなら彼らの足から靴を脱がすことも簡単である。

 こうして生徒たちは、両足を失うことなく呪いのバレエシューズを脱ぐことに成功したのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】踊る靴を開発した。焦って作ったら大変なことになっただけだって〜!

【エドワード】一応、真面目に社交ダンスを教えていた。

【ハルア】くるくる回るの楽しい。

【アイゼルネ】女の子に女の子用の社交ダンスを教えていた。男には教えないわよ。

【ショウ】くるくる回るのにハマった。


【グローリア】生活魔法の先生から通報を受けて現場に乗り込んだら、生徒が永遠に踊るという地獄絵図と遭遇。

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