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第108章第3話【問題用務員と赤い靴】

 お手本として踊ってから、実践である。



「あいたぁッ!!」


「足を踏まれたぁ!!」


「いてぇ、ぶつかった!!」


「誰よぶつかってきたの!?」



 大惨事だった。

 もう一度言おう、大惨事だった。


 運動音痴どもが社交ダンスを見様見真似で踊ると、周囲に問答無用でぶつかって、さらに足まで踏みつけまくるという地獄のような光景が広がる羽目になった。見様見真似でもダメなのか。



「おい、左右に移動するだけでもダメなのか」


「男子ぃ、ペアの女の子をちゃんと支えなきゃダメじゃんねぇ。恥ずかしがってんじゃないよぉ、何人かは未だにノーパンのくせにぃ」


「「「「「誰のせいだ!?!!」」」」」



 生徒の中から悲鳴が聞こえるも、ユフィーリアとエドワードは無視した。初っ端に文句を言ったのが悪いのである。


 生徒たちの様子を見回すが、大半が疲弊していた。足を踏んだり他人に全身でぶつかったりして疲れに疲れ切っていた。中には自分のズボンの調子を確かめる男子生徒なんかもいるが、彼らには頑張ってもらおう。見なかったことにしたいと思う。

 疲れ切っていない生徒もいたが、それでも慣れない社交ダンスに挑戦して精神的に疲弊している様子だった。運動音痴の生徒たちと違って膝をつくような真似はないが、表情だけで疲れていることが窺える。


 ユフィーリアは一旦社交ダンスを止めさせると、



「まず体勢がなってねえんだよ。男子、女子の身体をちゃんと支えてやれ。リード役はお前らにかかってんだぞ」


「女子と触れ合うとか出来るか!?」


「童貞かお前ら、いや童貞だったかごめんな」


「謝ってんじゃねえよちくしょう!!」



 男子生徒から非難の声が飛んでくる。「嫁がいるからって調子に乗ってんじゃねえぞ問題児!!」なんて声も飛んできたが、あとでぶっ叩いてやろうとユフィーリアは密かに決意した。

 基本の動きどころか、最初の段階である体勢もダメだとは頭を抱えたくなる。そもそも社交ダンスは男女のペアが密着しなければ始まらないのだ。優雅に踊るのだって男性側が支えてくれているからこそなせる技でもある。それを恥ずかしがっていたら社交ダンスを創立記念パーティーの場で披露するのは夢のまた夢である。


 さてどうするかと悩むユフィーリアだったが、



「きゃほーッ!!」


「ひゃーッ!!」


「おい、あそこで回ってる馬鹿は誰だ」


「ユーリぃ、ついにそのお目目はおかしくなっちゃったぁ? あれってどう見てもショウちゃんとハルちゃんじゃんねぇ」


「分かってるようるせえな。現実逃避ぐらいさせろよ」



 音楽が止まったにも関わらず、何故かくるくると回り続けている未成年組の姿を見てユフィーリアは本格的に現実逃避をしたくなった。

 ただ、彼らの基本姿勢はちゃんとしていた。「見様見真似でやってみろ」と言ったが、彼ら自身の絶妙な相性とセンスがしっかりと発揮されていた。さすが問題児切っての身体能力と知能を有する未成年組である。


 しっかり男性側として女性役を務めるショウを支えてあげるハルアは、奇声を上げつつやはりくるくると回っていた。ショウの着ているメイド服のスカートがドレスの如く翻る。



「ひゃふーッ!!」


「ひゃーッ!!」


「ハル、ショウ坊。音楽止まってるからストップストップ」



 ユフィーリアが静止を呼びかけると、ショウとハルアは滑るようにして止まった。素晴らしいことに、あれだけ勢いよく回っていたのに息すら乱していない。



「お前ら、社交ダンスってあんな勢いで回ればいいって話じゃねえからな」


「回ればいいんじゃないの!?」


「回って回って回って回ればいいのではないのか!?」


「どうしたショウ坊、ハルに回されすぎて頭トンチキになっちまったか? 真似しろって言ったのに真似できてねえじゃねえか」



 ユフィーリアはそこまで言って、ハルアの耳元に唇を寄せた。



「ハル、ちゃんと真似しろ。本番ではリタ嬢と踊るんだろ」


「…………」



 ハルアはハッとしたような表情で生徒たちを見回した。


 1学年が全員揃って集合しているので、当然ながら未成年組と親交もあるリタ・アロットも参加している。現在の彼女はアイゼルネとペアを組み、ちょこちょこと拙いステップを教えてもらっていた。表情が真面目な彼女らしく一生懸命である。

 年末にリタと創立記念パーティーの場で踊ることを約束しているのは、ユフィーリアもちゃんと聞いていた。だからハルアには社交ダンスの技術を習得してほしくてこうやって教えているのに、遊びでやればリタが可哀想である。


 ハルアも友人である少女との約束を思い出したようで、顔を真っ赤にするや否やショウを盾に隠れてしまった。



「あうう」


「おいハル、真剣にやれ。今更恥ずかしがってんじゃねえぞおい」


「いぢわる〜〜!!」



 どうやらバレンタインの出来事をまだ引きずっているようだった。愉快なので今後も積極的に揶揄ってやろう。


 さて、冗談はここまでにしなければ時間がない。創立記念パーティーまでは時間がないのだ。

 だが生徒たちの運動音痴とセンスのなさは天井を振り仰ぎたくなるようなものである。中にはそこそこ真似することが出来た生徒もいたが、ほんの一握りぐらいしか存在しないのだ。この大半の生徒をまともに踊らせることが出来るともなれば、3ヶ月ぐらいは時間がほしいところである。


 首を捻るユフィーリアは、



「どうしたもんかな、とりあえず動きを覚えさせることが出来れば」


「出来るぞ」


「おん?」



 ユフィーリアの悩みを解決するかの如く、ショウが可能だと宣言した。彼の表情には確信めいたものがあった。



「踊らせることは多分可能だ。俺の異世界知識の出番だな」


「なるほど、その手があったか」


「ショウちゃんさすがぁ」


「褒めてくれるのは気持ちいいですが、まずはちょっと後ろの赤ん坊をどうにかしてほしいですね」



 ショウの背中には、恥ずかしさのあまり極東地域の妖怪『子泣き爺』と成り果てたハルアが張り付いていた。耳を澄ますと「ひーん」と小声で泣いていた。恥ずかしさが天元突破していた。

 仕方がないので、エドワードが無理やりショウの背中からハルアを引き剥がすと、小脇に抱えて回収した。だらんと両手両足を垂らして宙吊りにされるハルアは、静かにシクシクとまだ泣いている。いい加減に泣き止んでほしい。


 ユフィーリアは改めてショウに向き直ると、



「で、だ。ショウ坊、どうやって踊らせるんだ?」


「ユフィーリアは『赤い靴』を知っているか?」



 ショウは朗らかな笑顔で言う。「知っているか?」と問われても知らんとしか言えないが、とりあえず話の続きを促す。



「『赤い靴』とは魔法がかかった赤い靴を履いたことで、永遠に踊ることを定められた女の子の話だ」


「へえ」


「つまり、この童話を利用してユフィーリアとエドさんの動きを真似するように組み上げた魔法の靴を生徒に履かせれば、無理やりにでも身体に動きを叩き込めるのではないだろうか」


「なるほど」



 ユフィーリアは納得したように頷く。


 この中で唯一踊ることが出来るユフィーリアとエドワードの動きを、見様見真似で踊らせることが元々間違っていたのだ。強制的に外側から働きかけて身体に叩き込む方式の方が成長も著しい。

 そう考えると、ショウから聞いた『赤い靴』とやらの童話は実に使える。靴の礼装を組み上げることなど、自他共に魔法の天才と認めるユフィーリアならば造作もない。


 ユフィーリアは「よし」と頷き、



「ちょっとアタシは全員分の靴を見繕ってくる。エド、お前ちょっと社交ダンスを見てやってくれ」


「はいよぉ。アイゼぇ、ちょっと協力してくれるぅ?」


「分かったワ♪」


「エドさん、そろそろハルさんを正気に戻しましょう。俺もちゃんと男性側を覚えたいです」


「いぢわるされた……」


「ハル、そろそろメソメソするのは止めろ。強くなれ」



 社交ダンス教室は他の問題児に任せ、ユフィーリアは靴の礼装を組み上げる為に大講堂をあとにするのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】童話ではシンデレラが好き。特にちゃんとグロい方。

【エドワード】童話では美女と野獣が好き。ハッピーエンドがいいよね。

【ハルア】童話では塔の上のラプンツェルが好き。髪を伸ばしてみたいなぁ。

【アイゼルネ】童話では人魚姫が好き。純愛よね。

【ショウ】童話ではかぐや姫が好き。あの難題、どうやって解決するのか興味ある。

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