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第107章第3話【異世界少年とゾンビメイク】

 そんな訳で、授業がなくて暇そうにしていたルージュと農作業終わりのリリアンティアを連行である。



「何かと思ったんですの」


「みゃー……」


「ほらご覧なさい、リリアさんが混乱していらっしゃるでしょう」



 用務員室に引き摺り込まれたルージュは呆れたような態度で長椅子にどっかりと腰掛け、リリアンティアはショウとスカイの顔面に施された特殊メイクに混乱が隠せないでいた。新緑色のお目目を目一杯に開いて、何かを探すように彷徨わせる。おそらくユフィーリアに助けを求めたいところなのだろうが、彼女は現在、海底で探索中である。

 2人の共犯者を用務員室に引き摺り込んだショウとスカイは、一仕事終えたと言わんばかりに紅茶を飲み始めていた。あらかじめアイゼルネが入れておいてくれたらしい。先輩の厚意をありがたく頂戴することにする。


 ルージュは呆れたような視線をショウに投げて寄越すと、



「どうせショウさん発端でしょうが、何をどうしたらこんな馬鹿なことを思いつくんですの」


「豹の特殊化粧はアイゼさんが寝てる隙にやってきたんですよ」


「マッサージ地獄の二の舞ですの?」


「今度はお化粧地獄ですね。ちゃんとした正当な理由はありますが」



 豹の特殊メイクをしたまま紅茶をちびちび舐めるショウは、



「アイゼさんの特殊メイク用の化粧品の使用期限が近いようです。もったいないので消費する為にこうして特殊メイクをしてまわっているんですよ」


「何つーことをしているんですの、貴女」


「あラ♪」



 ちょうど化粧品を取り揃え終えたアイゼルネは、南瓜のハリボテの下で瞳を瞬かせた。



「楽しいわよ、特殊メイク♪」


「ご自分の後輩にそんな面白メイクをすれば悪ノリするのは目に見えているんですの」


「ショウちゃんのお肌、若くてぷりぷりのすべすべだからお化粧ノリがいいのヨ♪」



 化粧品がドレスや髪の毛につかないよう、アイゼルネはルージュの首元にタオルを巻いて、彼女の真っ赤な髪の毛を結んでいた。前髪の部分はピンを留めて額を露出させる。

 まずは彼女自身の顔を彩る化粧品を落とす作業から始まるようだ。コットンに液体を馴染ませたあと、ぺとぺととルージュの顔に塗りたくる。自分がせっかく施した化粧を落とされているのに、ルージュは嫌な顔すらしない。


 ショウは大人しく化粧をされるルージュを眺め、



「大人しくお化粧されるなんて珍しいですね」


「わたくしとて、特殊メイクに興味がない訳ではないんですの」



 化粧を完全に落とされてすっぴんの状態になったルージュは、真っ赤な瞳をこちらに向けてくる。



「違う誰かになれるなんて面白いんですの」


「ルージュ先生、すっぴんでも十分に綺麗ですね」


「あら、頭の螺子が吹っ飛んだお子様がご立派にお世辞を言うなんて、明日は槍でも降るんですの?」


「普段の小皺を隠すような厚化粧なんて辞めればいいのに」


「誰が小皺を隠すような厚化粧をしてるんですの!!」



 怒鳴るルージュからショウは全力で視線を逸らした。


 とはいえ、普段のお化粧を辞めればいいというのは本心である。化粧を施すことによって高貴を華麗に通過して、どこか傲慢な印象と近寄りがたさが漂っていたのだ。化粧を落とした彼女の雰囲気は上品で物腰柔らかそうなものに変わったので、化粧を薄くするかいっそ取り止めてしまった方が周囲の見方も変わるだろう。

 ルージュは化粧をせずとも十分に綺麗ではある。最愛の旦那様と比べてしまうと見劣りはするものの、美男美女揃いの七魔法王に恥じぬ容姿端麗さだとは思う。


 ただ、余計なことを言うのでショウも余計なひと言を返したまでだ。やられたらやり返すのが問題児の流儀である。



「ルージュ先生♪ 趣向を変えてゾンビにしてもいいかしラ♪」


「あら、それならボロボロのドレスを用意いたしましたのに。もちろん構いませんの、着付けもお願いできますの?」


「もちろんヨ♪」



 アイゼルネがゾンビメイクを提案すると、ノリノリでルージュも提案し返していた。本格的に衣装も取り揃えるつもりらしい。仮装が本気度を増していた。

 特殊メイクを顔に施されながら、ルージュが右手を振ると転送魔法が発動してボロボロの真っ赤なドレスが手元に送られてきた。スカートの裾は見事にズタズタに引き裂かれており、リボンなどにはあえて埃を被ったかのように色褪せた布地を使われている。本格的なゾンビ用の衣装と言ってもいい。


 スカイは「あらまあ」と驚き、



「そんなドレスなんて持ってたんスね。どうしたんスか、急にやる気になって」


「驚かせる対象が八雲のお爺様ですの」



 ルージュは「お目目を閉じテ♪」とアイゼルネの指示に従いながらも、スカイの言葉に応じる。



「この前、魔導書図書館の蔵書に涎を垂らされた状態で返却されたんですの。仕返しするにはちょうどいいんですの」


「なるほど、仕返しする理由があったんスね」



 スカイは納得したように頷く。

 あのハクビシンは色々なところでご迷惑をおかけしている様子である。魔導書に涎を垂らされたものを返却されたとなったら、ルージュの怒りも相当のものだ。


 すると、



「あの、アイゼルネ様」


「何かしラ♪」


「身共もゾンビメイクをしてもらえますか?」


「もちろんそのつもりヨ♪」


「分かりました、身共も購買部で買いましたボロボロの修道服にお着替えします!!」



 リリアンティアもゾンビメイクを早くも受け入れるなり「ちょっとお着替えを取ってきます!!」なんて言って用務員室を飛び出そうとした。



「いやいやいや、リリア先生は何で受け入れちゃうんですか。八雲のお爺ちゃんの為にも止めてあげるべきでは?」


「身共も恨みはございますので」


「わお」



 七魔法王セブンズ・マギアスに於いて1番の常識人であるリリアンティアがまさかの問題行動を受け入れるとは驚いたものだが、まさか彼女にも八雲夕凪に対する恨みがあったとは思いもよらなかった。この純粋無垢の権化である永遠聖女様に恨みを向けられるとは、果たしてあのハクビシンは何をしたのか。



「ショウ様、身共の天敵は何かご存知ですか?」


「え? 確か鴉ですよね?」


「はい、そうです。生きとし生けるものの中で身共の天敵とする鳥様です」



 農作物を荒らすので、リリアンティアは特に鴉を嫌っていた。今は冬なので見かけないが、実りの秋の時は箒を片手に鴉と激闘を繰り広げるリリアンティアの姿を何度か見かけた覚えがある。

 だが、鴉に対する恨みつらみと八雲夕凪に対する恨みつらみが結びつかない。確かにどちらも害獣の類ではあるのだが。


 首を傾げるショウに、リリアンティアは昏い瞳で言う。



「八雲のお爺様が食べ荒らした農作物に、鴉様が集るのです……!!」


「あー……」



 ショウは何とも言えなくなった。


 たびたび八雲夕凪がリリアンティアの育てる農作物を無断で収穫して食っているのは聞いていたが、まさかその食い荒らしに鴉が集まってきていたとは驚きだ。豊穣神は鴉も寄せ付けるみたいである。

 天敵を寄せ付けるとなれば、リリアンティアも黙っていられなかった訳だ。だから今回の特殊メイクも受け入れるつもりなのだろう。


 リリアンティアは素早く敬礼をすると、



「なので身共はゾンビ用の衣装を持ってきます!! ショウ様、髪の毛もボサボサにしてください!!」


「え、あ、はい。俺でよければお手伝いしますが……」


「ありがとうございます!! 行ってきます!!」



 そんなやり取りを経て、リリアンティアは元気に飛び出してしまった。やる気満々の永遠聖女様である。


 ショウは何とも言えなくなって、堪らず副学院長へと振り返った。

 相変わらずスカイはアイゼルネの用意した紅茶を啜っているが、何やらゆらゆらと指先を虚空に彷徨わせていた。豹の特殊メイクをした顔がどこかに向けられている。彼にしか見えない何かがいるのか。



「ゾンビやるなら霧を発生させる魔法兵器を……」


「副学院長は八雲のお爺ちゃんに何かされましたっけ?」


「されてないッスよ。ただ驚かせたら面白いかなって」


「魔族だから人の心がなかったか……」



 人の心が分からない副学院長に、ショウは苦笑するのだった。ノリで始めてしまったことだが、意外にも周りがやる気を出したことにちょっぴり戸惑い気味である。

《登場人物》


【ショウ】わあ、ハリウッドもびっくりのゾンビメイクだぁ。アイゼルネのメイク技術に脱帽。

【アイゼルネ】高いメイク技術は両親譲り。特殊メイクは自分の顔の傷を隠す為だが、なんか色々と高じた。


【スカイ】猫メイクをされたのでもう開き直り。

【ルージュ】魔導書を涎だらけで返され、元の状態に戻すのが大変だった。

【リリアンティア】鴉との戦いは聖女になる前から繰り広げている。父親の畑に群がる鴉に頭を突かれたことがあるので天敵。

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― 新着の感想 ―
やましゅーさん、おはようございます! 新作、今回も楽しく読ませていただきました! またしてもやらかした八雲夕凪さん、今回はどんな仕返しを味わう羽目に陥るのか。ゾンビメイクを率先してやる気満々なルージ…
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