第107章第2話【異世界少年とコスプレ】
「すいませんでした」
ショウは素直に謝った。
アイゼルネにしてもらった特殊メイクを悪用し、何故かたまたま用務員室を訪問した副学院長を怖がらせた上に廊下で盛大にすっ転ばせるという愚行に走ったのである。これは怒られても仕方がない。当然の出来事として受け入れる他はない。
副学院長は現在、アイゼルネによって治療の真っ最中であった。すっ転んだ際に擦りむいた鼻の頭に絆創膏を張り付けてもらっている。あんな美人に手当てをしてもらえるとは、世の中の野郎どもが羨ましがりそうな光景だが、当の本人は貧乳ダイスキーなので目の前の巨乳には目もくれていない様子である。
スカイは呆れたような口調で、
「本当に馬鹿ッスよ」
「あんなに驚くとは思わなくて」
「いや、さすがのボクでも怖かったんスよ。何なんスか、その化粧は」
「アイゼさんの特殊メイクでして」
「だろうと思った〜」
スカイの口から深々とため息が出る。誰がやったかという犯人はすでに分かりきっていたことだったらしい。
「何でこんな馬鹿なことに手を染めるか分からないものッスねぇ、さすが問題児。ボクの予想を遥かに上回るとは恐るべしッス」
「あの、副学院長。俺、謝りましたよね?」
「確かに謝ってもらったッスね。それが?」
「解放してもらえません?」
ショウは現在、巨大な花の蕾から顔だけを出している状態だった。首から下が窄められた巨大な花の蕾に飲み込まれている訳である。
この花の蕾、副学院長が改良した魔法植物の1つであった。元々はエロトラップダンジョンに導入する予定の代物らしい。今はまだ首から下を蕾の中に埋め込まれているだけだが、何か液体でも漏れてきたら年齢制限をかける必要がある展開になりかねない。
しかし、スカイがショウを花の蕾から解放することはなかった。
「まだ余裕そうッスからそのまま10分間待機」
「分かりました。副学院長が学院長の研究用の魔石およそ500万ルイゼ分を着服したことをバラします。色んなところに」
「何で知ってるんスか」
「エロ本の位置特定はあらかたやりましたし、今度は七魔法王のスキャンダルでも収集しようかと。特に学院長、副学院長、ルージュ先生の3人は面白いぐらいに収集できますよ」
「分かった、話し合おうッス」
「ならここから解放してください。俺はちゃんと謝罪しました。貴方は謝罪を受け取ったのですからここから解放する義務があるはずです」
「クソー、やられたのがただ転ばされただけだから強く出ることも出来ないッスね」
スカイが苦々しい表情で右手を振ると、蕾が開いてショウが吐き出される。首から下を謎の液体でべちゃべちゃに濡らしたショウは、顔面から用務員室の床に叩きつけられる羽目になった。
「副学院長に問題行動する時はユフィーリアを焚きつけてからにしよう……」
「返り討ちにするだけッスよ」
「こちらにはバレたら七魔法王の世間一般の評判が落ちること間違いなしな情報をたんまり抱えていることを覚えておいてくださいね。偉い人を社会的に殺すことなど造作もない」
「凄えや、開き直りが。これが問題児として鍛えられた異世界人の本領発揮かぁ」
スカイは感心したように言うと、
「で、何であんなことをしたんスか」
「ノリと勢い以外の理由があるとお思いで?」
「そんな平然と言わんでもらっていいッスかね」
ショウは「それ以外に貴方を襲う理由なんてないですけれど」と締め括る。本当にノリと勢い以外のなにものでもない行動だった。それ以外の説明なんてないのだ。
「うう、謎の液体でべちゃべちゃだ。副学院長の手によってエロ可愛く改造される前にシャワーを浴びてお着替えしてきます……」
「それで海底探索から帰ってきたユフィーリアの前に放り出せば一線を越えられるんじゃねーッスかね」
「間違いなく『副学院長に乱暴された』と勘違いして絶死の魔眼による拷問フルコースだと思いますが、よろしいですか?」
「何もよろしくないからさっさとシャワー浴びてきて」
「自分でやったお仕置きなのに」
とはいえ、身体がべちょべちょするのはとても不快なので、ショウは急いで浴室に向かうのだった。
「はあ、全くショウ君も立派な問題児にむぐぐぐぐアイゼルネちゃん一体何を」
「ここにいいキャンバスがあると思っテ♪」
「ちょ、まッ、嘘でしょボクでもやるんスかあがががががが」
「うふふふふふフ♪」
――浴室に向かったショウは、残念ながら用務員室でのやり取りを聞くことはなかった。
☆
謎の液体も綺麗さっぱり洗い流し、新たな気持ちでショウは用務員室に帰還を果たした。
「お待たせいたしましたおぶほぉ」
「お帰りぐへあ」
「あらマ♪」
ショウは目の前の惨状を見て、思わず吹き出してしまった。
何せ、副学院長であるスカイの顔が劇的に変わっていたのだ。ショウと同じような豹の特殊メイクが施されていた訳である。彼自身の整った顔が台無しだ。
普段装着しているはずの目隠し用の布は強制的に取り払われ、病的なまでに白い肌には動物的なお髭と豹柄が綺麗に描かれていた。模様替え少しばかり違うのは、もしかして種族が違うのだろうか。どちらにせよ、ショウと同じくサバンナを逞しく生きる野生動物の風貌に強制変身させられていた。
笑いを堪えるあまり震える指先で副学院長を差したショウは、
「ふ、ふぐ、副学院長、何ですかその顔、うふッ、ふふふッ」
「アイゼルネちゃんにやられたんスよ。『後輩にやるにはやりすぎたお仕置きヨ♪』なんて言ってたけど、これ絶対に楽しんでるッスよね」
スカイは「ていうか」と言葉を続け、
「ショウ君の格好も何なんスか、それ。絶対に笑わせにきてるでしょ!!」
「当然じゃないですか。お笑いには身体を張ってナンボでしょう」
どや、と胸を張るショウの現在の格好は全身タイツだった。しかも色味は薄い茶色である。何らかの妖精に見えなくもなかった。
この全身タイツは、ハルアの私物である。何らかの問題行動をする為にユフィーリアが仕立てたのかウケ狙いで自分で購入したのか不明だが、衣装箪笥の中にあるハルアの洋服の領域にかけられていたので拝借してきたのだ。身長もそれほど離れていないので、しっかり着ることが出来たのは幸いだ。
ショウは納得いかないような表情で、
「せっかくアイゼさんに特殊メイクをしてもらったのに、全力で滑ったみたいになっちゃったじゃないですか」
「ボクに八つ当たりするんじゃないッスよ。アイゼルネちゃんが勝手にやったんスよこれは」
「えいえい」
「痛い痛い鼻先をぐりぐりしないで」
何だか全力で滑り倒してしまったのが気に食わず、ショウは八つ当たり目的でスカイのピンク色に塗られた鼻頭を指先で突く。ついでにぐりぐりも加えてやった。
そんな中、2人に化粧を施した張本人であるアイゼルネは実に楽しそうだった。特殊メイク用の化粧品を取り揃え、次は何の特殊メイクをしようかと使用期限の近い化粧品の在庫を確認していた。
これはもしかしなくても、悪魔のマッサージ事件の再来だろうか。今度は無差別マッサージ事件ではなく、無差別特殊メイク事件開幕である。
ショウとスカイは互いの顔を見合わせると、
「やることは分かっていますか?」
「委細承知ッス。グローリアは忙しそうなんで、ルージュちゃんと八雲の爺様辺りでどうッスか」
「いえ、ルージュ先生とリリア先生辺りにしましょう。八雲のお爺ちゃん、この前ユフィーリアとアイゼさんをナンパしてましたから」
「なるほど了解」
そうして意思の疎通を図ってから、ショウは改めてアイゼルネへと向き直った。
「アイゼさん、もっとキャンバスがほしくないですか?」
「あら、見繕ってくれるのかしラ♪」
「はい、暇そうな人たちを集めてきますので全員に同じようなお化粧をお願いできますか」
「いいわヨ♪」
アイゼルネから快い返事をもらったところで、ショウとスカイは新たな犠牲者を連れてくる為に用務員室を飛び出すのだった。
《登場人物》
【ショウ】花に飲み込まれたせいでシャワーを浴びる羽目になったので、腹いせに笑わせてやろうと全身タイツ姿を敢行。
【アイゼルネ】キャンバス増えた。やったね。
【スカイ】新たな犠牲者。