第106章第8話【問題用務員と卵の正体】
そんな訳で、ヘトヘトの状態でヴァラール魔法学院に帰宅である。
「お帰り」
「お帰りなさい、ユフィーリア。エドさんとハルさんも」
「お帰りなさイ♪」
ショウとアイゼルネ、ついでにグローリアから出迎えられたことで、ユフィーリアたち3人の問題児はようやく安全地帯に帰ってこられたことを悟る。今まで起きていた出来事が悪夢のようにも思えてきた。
新たに発見された海底神殿から持ち帰ったものは、半透明の謎めいた球体と謎めいた生活空間に存在した書物である。ついでにハルアがヴァジュラで仕留めた暫定クラーケンの足を数本も持ち帰っていた。もう持ち帰れるものは何でも持ち帰ってきていた。
きちんと仕事を遂行したのはいいが、それ以上に精神的疲労が大きかった。特にあの謎めいたクラーケンを相手にしたのが問題児にとってかなりの負担となっていた。
ユフィーリアは濡れた大量の書物と半透明の球体、そしてクラーケンの蛸足をグローリアに渡すと、
「悪い、グローリア。話を聞いてる精神的な余裕がないからこのまま帰る」
「疲れた」
「ごめんね」
「え、あ、うん。お疲れ様」
グローリアからの労いの言葉もそこそこに、ユフィーリアたち3人はふらふらと覚束ない足取りで用務員室に帰っていくのだった。
背後から「え、あの3人が疲れた……?」「珍しいこともあるものだ」「どんな目に遭ったのかしラ♪」なんて会話が聞こえてきたが、応じる元気さえもなかった。脳内にこびりついたクラーケンのせいである。
☆
海底探索から翌日のことである。
「ユフィーリア、ちょっといい?」
「何だよ、グローリア。お前が触手責めに遭うエロ本はまだ完成してねえぞ、ハルとショウ坊が作ってる最中だ」
「今すぐその作業を中断してほしいな。何でそんな馬鹿なものを書こうと思ったんだ、あの未成年組!!」
用務員室を訪れたグローリアに、ユフィーリアは魔導書を読みながら応じた。
ちなみに学院長触手責めの本に関しては、昨日用務員室に戻ってからショウがハルアから聞いた話を元にして作成している最中である。「蛸足と言ったらぬらぬら」なんて意味の分からないことを言っていたが、面白いので放っておくことにした。
内容としては小説で、本文はショウが執筆し、挿絵はハルアが担当することになったらしい。未成年なのに官能小説を執筆するとかいかがなものだろうか。好奇心旺盛な未成年組のやることは恐ろしい。
「それで、何だよ急に」
「僕の触手責めの本を作ることを止めてほしいな」
「それに関しては未成年組に言え。アタシは何も関与していない」
「じゃあショウ君とハルア君はどこに行ったの?」
「エドと一緒にランニングしてる。体力をつけるんだと」
しかも出て行った時間帯が、グローリアが用務員室を訪問する数分前のことなのでしばらくは帰ってこないだろう。最近、エドワードのランニングに体力育成目的で未成年組もついて行っているのでランニングが賑やかなことになりそうだ。
「ていうか用事がないならアイゼのマッサージでも受けていけよ。アタシの代わりに生贄になれ」
「ふざけないで。半日動けなくなるでしょ」
グローリアは咳払いをすると、途端に真剣な表情で問いかけてきた。
「ユフィーリア、あの海底神殿では何を見たの?」
「昨日も言ったろ、クラーケンだよ。ただ様子はおかしかったけど」
ユフィーリアたち問題児3人が目撃したのは、大量の卵を地下空間に産みつけた巨大な蛸だった。あれほど巨大な蛸はクラーケン以外にいないと考えたから『クラーケン』だと判断したが、冷静になって考えると判断が早かったような気がする。
とはいえ、あの巨大な蛸をクラーケン以外だと判断できるほどユフィーリアは知識を有していない。本当に世間一般が知るような情報しか頭の中にないのだ。
ユフィーリアは首を傾げると、
「何だってんだよ、いきなり」
「昨日、君たちが持ち帰ってきた半透明の球体なんだけどね。得体の知れない生き物の卵だったんだよ」
「得体の知れない?」
「うん。頭は蛸で、首から下が人間の赤ちゃんみたいなね。見た目が物凄く気持ち悪いの」
グローリアの説明を受けて、ユフィーリアは思考回路を停止させる。
そう言えば、海底神殿に行く際にショウから「気をつけてほしい」の忠告と一緒に聞いた言葉がある。それは異世界にも同じ名前の海底都市が存在し、その都市に住まう怪物の特徴だった。
確か、彼は『蛸と人間が一体化したような怪物』とか言っていなかっただろうか。まさかそんなものなど存在しないと胸中で笑い飛ばしたものだが――。
グローリアは「ねえ、ユフィーリア」と言い、
「君は一体、海底神殿で何を見たの……?」
「…………何、だろうな」
かろうじてユフィーリアが答えられたのは、それだけだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】え、あの卵って一体何だったの怖い怖い怖い。つーかあの卵を解剖できるグローリアが怖い。
【グローリア】あの得体の知れない卵を解剖した。SAN値チェックは成功している様子。