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第106章第6話【問題用務員とクラーケン】

 狭くて小さな石段は、意外にも長すぎた。



「まだ先が続いてる」


「ユーリ、スパイダーウォークで下りちゃダメ!?」


「ハルちゃん、後ろから引っ叩かれたくなかったら口を慎みなぁ」



 阿呆なことを口走るハルアに、エドワードが拳を掲げて脅しかける。


 変わり映えのしない景色に、問題児の暴走機関車野郎も飽き飽きしている様子だった。確かに『飽きている』という意見には賛同できるが、スパイダーウォークで階段を下りるのはさすがに無理があるのではなかろうか。

 石段には明かりが灯されておらず、どこまで続くか分からない。下りても下りても石段が続いているのだ。かつて冥府から脱出する際に長い長い階段を使用したが、あの時と同じような気分になる。


 先頭を進むユフィーリアは、



「ッたく、どうなってんだ。これ何に繋がってんだよ」


「本当だよぉ」


「もしかして何か広いところだったりしてね!!」


「神殿だから儀式場って意味もあるか。まあ考えられそうだな」



 そんな内容の会話を交わしてから、およそ10分が経過した。


 どれほど階段を下りただろうか。光源魔法で照らしていた石段が、ついに途切れて床が露出した。ようやくこの長い長い階段地獄にも終わりが見えてきた様子である。

 そこからさらに階段が伸びていないことを確認して、ユフィーリアは光源魔法で周囲を照らす。周囲を照らしきれないほど降り立った地は広大であり、少し先さえもまともに光を照らすことが出来ない。闇に光源魔法から発する光が吸収されているのかと錯覚するほどだ。


 ハルアの第六感による危険度に対して最大限の警戒を抱きつつ、ユフィーリアはジリジリと床の上を牛歩の如く進む。



「いだッ」



 少し進んだところで、脛に何かがぶつかった。あまりの痛みに思わず声を上げる。



「何だよ一体」


「ユーリぃ、大丈夫ぅ?」


「平気だ、平気。そこまで深刻な痛みでもねえ」



 背後からエドワードが心配するような声を投げかけてくる。ちゃんと振り返って同行者を光源魔法で照らし、しっかりついてきていることを確認してから脛をぶつけた何かを見やった。

 それは、一抱えほどもある半透明な球体である。どうやら床と接着しているようで、床から触手のようなものが何本も伸びて半透明の球体に突き刺さっていた。半透明の球体そのものは割と硬く、軽く叩いただけではびくともしない。


 半透明の球体にペタペタと触れるユフィーリアは、



「何だこれ」


「何それぇ」


「何それ!?」



 ユフィーリアが疑問を抱くと同時に、背後からエドワードとハルアも同じようなことを言い出す。彼らも知らないとは、まあ、想定内だ。



「財宝かな」


「財宝にしては見た目が気持ち悪くない?」



 エドワードは軽く半透明の球体を叩くと、



「まるで卵みたいだよぉ」


「何の卵だよ。こんなデケエのに」



 半透明の球体はユフィーリアの胸元までの高さがあるのだ。女性の平均的な身長と言えるユフィーリアの胸元までの高さの卵と言ったら、規格外に巨大な卵ではなかろうか。

 鯨だってこんな巨大な卵は産みつけない。巨大な海洋生物などそうそういないだろう。


 半透明の球体の側に膝をついたユフィーリアは、



「この触手、何かの栄養でも送り込んでるのかね」


「やっぱり卵じゃないのぉ?」


「何の卵か言ってみろ」



 半透明の球体に突き刺さった触手は、どくどくと脈打っていた。見た目はもう完全に『栄養を卵へ送り込む為の管』みたいである。気持ち悪いことこの上ない。

 エドワードの何かの生物の卵という予想はあながち間違いではないのかもしれないが、ならばこの巨大な卵を植え付ける生物は一体何なのかという話になってしまう。巨大な海洋生物を思いつく限り頭の中に描くも、その全てが巨大な卵を産むような生物ではないとユフィーリアは推測する。


 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を銀製の鋏に切り替えて、



「とりあえず、この卵は持ち帰るか。グローリアが研究に使うだろ」


「誰が持っていくのぉ?」


「お前の剛腕は何の為にあるんだよ。本気で木偶の坊になるつもりか?」


「うぃっす」



 球体の運搬は強制的にエドワードに任せるとして、ユフィーリアは半透明の球体の表面と床を繋ぐ管を鋏で切断する。

 管はグニグニとした素材で作られており、切断すると断面から黒い墨のような液体を撒き散らしてくたりとその場に落ちた。その工程を続けていくと、半透明の球体がゴロリとユフィーリアの足元に転がってくる。


 ユフィーリアは球体を足先で突くと、



「ほら持て」


「はいよぉ」


「人使いが荒いとか思うんじゃねえぞ」


「そんなこと思ってないよぉ」



 エドワードは半透明の球体を、難なくヒョイと担いだ。重さがそれほどではないのだろうかと錯覚するが、類稀な剛腕と無尽蔵の体力を持つ彼ならば半透明の球体の運搬も容易いだろう。



「ハル、今まで以上に静かだけど大丈夫か? 腹痛か?」


「ユーリ」



 半透明の球体を確保するまで静かだったハルアに振り返ると、彼は暗闇に向けて真っ直ぐに指先を向けた。


 つられるようにして視線を暗闇に投げると、ポツリポツリと暗闇に明かりが灯り始める。1つ、2つと徐々に個数を増やしていき、最終的にまるで星空かと言わんばかりに無数の明かりが目の前に広がった。

 その光を発しているのが、エドワードに運ばせている半透明の球体である。白色の明かりを発するそれは、床どころか壁一面にもびっしりと張り付いており、幻想的な空気をぶち壊すほど気持ち悪さで溢れていた。集合体恐怖症の人間がいたら悲鳴を上げそうである。


 一面に広がる半透明の球体の群れを見渡したユフィーリアは、そっと顔を顰めた。



「気持ち悪いな、何だこれ」


「めちゃめちゃあるじゃんねぇ。1個ぐらい持って行ってもバレなさそうだよぉ」


「だな」



 エドワードの言葉に、ユフィーリアは同意するように頷いた。これだけ数えきれないほど半透明の球体が存在するなら、1つぐらい持ち出したところでバレやしない。


 ふと、ユフィーリアはすぐ近くにある別の半透明の球体に視線をやった。

 球体から光を発することで、内側が透けて見えた。数え切れないほどの細い線のようなものが表面を縦横無尽に駆け巡っており、その線に取り囲まれるようにして何かの生物が蠢いていた。

 液状生物かと思ったが、どうも違う。うねうねと触手のようなものが確認できた。球体に守られている小さな生命体は、触手を蠢かせて自分の存在を強調していた。


 やっぱり卵である。しかも、蛸みたいな生物の。



「うわ気持ち悪い!!」


「つまり俺ちゃんが抱えているこれにも同じようなものが入ってるってことぉ?」


「おい馬鹿、離すんじゃねえぞ!! グローリアに押し付けるまで離すんじゃねえぞ!?」



 エドワードが抱えていた半透明の球体をぶん投げそうになっていたので、慌てて止めた。「財宝を見つけてきたら100万ルイゼ」という破格の報酬で動いている訳である、とりあえず何かしら持って帰らなければまずい。

 無数に産みつけられた卵の群れ――そして卵の殻の向こうで蠢く蛸に似た生物たちから視線を外し、ユフィーリアはエドワードの背中を押す。一刻も早くこの場から立ち去りたかった。


 だが、棒立ちの状態のハルアが不意に動く。



「ユーリ」


「馬鹿ハル、ここから逃げるぞ。あんな気持ち悪いの見てられるか!!」


「上」



 指先が、広大な空間の天井部分に向けられた。


 ユフィーリアとエドワードの視線が、天井部分に向けられる。煌々と輝く卵の群れの光に照らされて、その巨大生物が浮き彫りとなっていた。

 ヌメヌメとした表面と、巨木を想起させる多数の触腕。表面には無数の吸盤が存在し、それが壁に張り付いて体勢を維持しているようだった。ずるりと壁を這うようにして触腕が降りてきて、ついにユフィーリアたち問題児の前にその姿を現す。


 クラーケンだった。

 世界でも目撃症例が少ない、巨大な蛸の魔法動物である。



「クラーケンだぁ!?」


「デケエ!!」


「逃げるぞ、ハル!! エドについて走れ!!」



 巨大な蛸に背を向けた問題児は、脱兎の如くその場から逃げ出した。

《登場人物》


【ユフィーリア】クラーケン、美味いよな。焼いて食うと美味いんだよ。

【エドワード】イカのクラーケンの方が好き。炙って食べると酒が進む。

【ハルア】蛸のクラーケンが好き。焼いてマヨネーズかけて食べる!

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