第106章第4話【問題用務員と探索開始】
「意外とそんな深い場所になくてよかったな」
「だねぇ。イガル海溝の底にあった『マグナラ海底神殿』の方がやべえ位置にあったもんねぇ」
「真っ暗の中、深海生物と戦いながら潜るのは苦労したね!!」
今回の海底神殿『ルルイエ』が比較的浅い場所にあったので、ユフィーリアたち問題児は安堵の息を漏らした。この海底神殿よりも深い位置にある海底神殿にも探索に出かけたことがあるので、この程度ならば探索も苦ではない。
邂逅の間を縫い止めるように存在する石塔を潜り抜け、暗闇の中に沈む海底にようやく足をつけるユフィーリア、エドワード、ハルアの3人。ここまで案内してくれた鮫から縄を外して解放してやると、巨大な身体をくねらせながら鮫はどこかに逃げていった。
帰りの足はどうしようか。またハルアが背負っている透明な三又の槍『トライデント』で釣りをしなければならなくなるだろうが、探索が終わったあとならいくらでも時間を使ってもよさそうだ。
ユフィーリアは光源魔法を発動させて、雪の結晶が刻まれた煙管の先端に小さな光の球を出現させる。煌々と光の球が周囲を照らしてくれるので、海底神殿の周辺をよく観察することが出来た。
「凄え、あの石塔に何か色んな模様が書いてある」
「本当だぁ」
頭上に張り巡らされた石塔を光源魔法で照らすと、何やら模様が隙間なく刻まれていた。塔そのものの模様かと思ったが、どうやら違う。
「古代言語じゃねえか」
「何て書いてあるか読めるぅ?」
「日記みたいになってる」
ユフィーリアは目を凝らして、石塔に刻まれた古代言語を読み解こうとする。古代言語はかなり昔の魔導書を読む際に必須となる知識なので習得しているが、こんな場所で発揮することになるとは想定外だ。
だが、古代言語を読もうとした瞬間、ハルアがドカッとユフィーリアとエドワードに体当たりしてきた。体当たりしてきた衝撃でよろめくも、倒れ込むほどではなかったのが幸いだった。
何かと思って振り返ると、ハルアがユフィーリアとエドワードの背中に張り付いたまま叫んだ。
「嫌な予感がする!!」
「え、どこにぃ?」
「分かんない!!」
ハルアの第六感が働いたようだが、どこに『嫌な予感』がするのか分からないらしい。
どこに警戒をすれば分からない状況が最も怖い。どこから何が出てくるか分からないのだ。周囲を見渡しても怪しいものは何も見当たらない。
ただ、ハルアがユフィーリアとエドワードの背中に顔をくっつけてまで怯えてくるのだから、彼が感じ取った第六感は本物だろう。警戒するに越したことはないが、さてどこを警戒したものか。
互いの顔を見合わせたユフィーリアとエドワードは、
「エド、とりあえず全方位に警戒しとけ。ちょっとだけ石塔の文字を読んでから神殿に行く」
「はいよぉ」
「早く読んで!!」
「分かってるっての。急かすなよ」
ハルアに急かされ、ユフィーリアは光源魔法で頭上の石塔を照らした。幾何学模様に視線を走らせると、それらはどうやら日記のようだった。
内容は非常に淡々としているのだが、どこか狂気的にも思えてくるものである。ユフィーリアの読み解き方が悪いのかと思ったが、何度読んでも同じ内容が出てくるので間違いではないのだろう。
曰く、
『たこ』
『蛸だ』
『蛸が来る』
『蛸が来る』
『来る来る来る来る』
これ、途中で頭がおかしくなっていないだろうか。
「これ書いた奴は正気か?」
「何て書いてあったのぉ?」
「『蛸が来る』だとよ。何のことだかさっぱりだ」
ユフィーリアは首を傾げた。石塔の内容は『蛸が来る』とだけ延々と続いており、書いた人物の頭の中身を疑いたくなる。
もしかしたら魔力汚染にやられて、こんな意味不明なことしか書けなかったのかもしれない。この先に進む際は注意しなければならないようだ。
進行方向に明かりを向けたユフィーリアは、
「とりあえず財宝を探さなきゃな」
「そうだねぇ」
「引き摺ってって!!」
「何だこの甘えた野郎」
「背中から離れないんですけどぉ」
背中から離れないハルアはとりあえず放置しておくとして、ユフィーリアとエドワードは暗闇の中にひっそりと建つ海底神殿に向かうのだった。
☆
神殿内部はいくつもの石柱が天井を支えており、何やら幾何学模様が壁一面に刻み込まれている。
明かりを向けてその幾何学模様を確認すると、やはり古代言語だった。海溝を縫い止めるように突き出た石柱の群れにも書かれていた内容と同じもので、蛸がどうのと延々と書き殴られている。
しかし、神殿の通路を奥に進むにつれて記述の内容が変わってくる。
――――『閉じ込めた。成功した』
「閉じ込めた、だとさ」
「何を?」
「さあな。そこまで書いてねえけど、今までの記述を見ると蛸を閉じ込めたんじゃねえの?」
ユフィーリアはエドワードの質問に適当に応じる。
今までは古代言語で『蛸が来る』と何度も何度も書き込まれていたが、急にそこの部分だけ正気を取り戻したかのように『閉じ込めた』などと言っているのだ。ここまで来て蛸以外が閉じ込められていたら、何の為の記述だったのかと声を大にして言いたい。
ふと、蛸と聞いてユフィーリアは直近の会話内容を思い出した。最愛の嫁にして聡明な新人用務員のショウが「ルルイエには気をつけてくれ」と何度も念を押していた。
曰く、「ルルイエには蛸と人間が合体したような怪物がいる」とか。
「……この先にさ」
「うん」
「蛸と人間が合体したような怪物がいると思うか?」
「まさかぁ」
エドワードは軽い調子で笑い飛ばすも、背中に張り付いたハルアの反応が信憑性を増してくる。
ユフィーリアとて、そんなトンデモ怪物が存在するなんて信じたくない。だがハルアの第六感が危険を告げている以上、そんな悪夢みたいな怪物の出現も視野に入れなければならないのだ。
それはエドワードも同じ気持ちのようであった。笑い飛ばしたはいいものの、彼の表情はどこか真剣みを帯びている。暗闇の中に続く神殿の最奥に警戒を抱いているようだ。
「進まなければならないよな」
「お宝もまだ見つけられてないもんねぇ」
「あばばばばばばばばばば」
「おいハル、もしかして魔力汚染で馬鹿になったか?」
「叩くよぉ」
「あいだぁ!!」
エドワードの背中に張り付いてガタガタと小刻みに震えるハルアの脳天に、先輩からの喝を入れるような拳が叩き落とされた。
あまりの痛みに、ハルアはエドワードの背中から剥がれ落ちる。背中から神殿の床に落下すると、頭を押さえてゴロゴロと転げ回った。うん、痛そうである。
ひとしきり転げ回ってから、ハルアは全身のバネを利用して素早く立ち上がる。
「何すんの!!」
「馬鹿になりかけてたから正気に戻してあげたんだよぉ」
「馬鹿になってないもん!! 元々お馬鹿なのがもっとお馬鹿になっちゃうでしょ!!」
「自分が馬鹿であることを認めようとしないのよぉ」
エドワードは「それでぇ?」と首を傾げ、
「ハルちゃんの嫌な予感はまだ続いてる感じぃ?」
「続いてるね!!」
ハルアは神殿の最奥を指差す。その先はユフィーリアの光源魔法でもまだ明かりが到達していない箇所だ。
「あっちから!!」
「やっぱりか」
「財宝もあるかもしれないよねぇ」
今のところ、海底神殿『ルルイエ』にはめぼしい財宝がない。これではグローリアに「何もなかったよテヘペロ☆」なんてふざけた報告をするしかなくなってしまう。
一般的な研究者どもと違い、ユフィーリアたち問題児は自他共に認めるほど優秀である。魔法の腕前、魔力量、体力、身体能力、精神的な強さも他の追随を許さない。この先にとんでもねーブツが待ち構えているとしても、頑張れば対処できなくはないだろう。
ユフィーリアはハルアを小突き、
「ハル、トライデントを準備しておけ。アタシが先行する」
「俺ちゃん行こうかぁ?」
「お前は殿だ、エド。背後から一般の研究者が来ないか見張っておけ」
「怖くなったらヴァジュラも呼んでいい!?」
「馬鹿野郎、仲良く感電死するだろうが。我慢しろ」
恐怖心よりも湧き出る好奇心に突き動かされ、ユフィーリアたち問題児古参勢3人組はさらに海底神殿の奥を目指すのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】魔導書を読むのに古代言語が必修だったので習得した。優秀なもんで。
【エドワード】古代言語なんて必要ないでしょってことで習得はしていない。読まなくても困らない。
【ハルア】古代言語どころか現代語もちょっと危うい。最近はショウという辞書がいるので大丈夫だけども。