第9話【異世界少年とよくある鋏】
赤子の状態から元の姿に戻ったら全裸でした、恥ずかしい。
「うう……ゆ、ユフィーリアに見られた……見られてしまった……」
「大丈夫だよショウちゃん、オレもよくユーリに全裸を見られてたから」
「ハルさん、慰めになっていない……」
ショウは半泣きの状態で衣装箪笥から下着を取り出す。
最近、お小遣いを貯めて購入している女性用下着だ。学院長のグローリアと違って意図的に穿いている。理由は言わずもがな、最愛の恋人であるユフィーリアを誘惑する為だ。
パンチラ程度ならまだ耐性はあるが、さすがに全裸を見せるまでは恥ずかしいのだ。この貧相な身体を恋人の眼前に晒すのは勇気が出ない。
「それより全裸をよく見られてたとは……?」
「ショウちゃん、何故だろう。オレね、ショウちゃんに見つめられて寒気がしたのは初めてだよ」
モソモソと見慣れた黒いつなぎに袖を通すハルアは、
「昔はお風呂上がりに寝巻きを着るって知らなかったから、よく全裸で部屋中を移動して怒られたよ!! 全裸って非常識なんだってね!!」
「それはそうだろう」
「ショウちゃんは知ってたんだね!! 物知り!!」
物知り以前に常識的なアレの問題だと思う。
聞けば聞くほど、この頼れる先輩の過去が気になる。お風呂上がりに寝巻きを着るという常識がないということは、それまで裸族で寝ていたということなのだろうか。
あまり裸族で寝るような人物が周囲にいないので、ショウの常識がおかしいのだろうか。異世界だからこそ裸族は当然の常識なのか。
雪の結晶が刺繍された黒いワンピースを羽織り、プチプチと釦を留めながらショウは早々に着替えを終えたハルアに問いかける。
「ハルさんは、ユフィーリアの鋏を見たことあるか?」
「鋏!?」
「銀色の鋏だ。螺子の部分が雪の結晶になった、とても綺麗な鋏」
曇りも錆も見当たらない銀製の鋏は、切れ味がよく悪い縁さえも断ち切れるとユフィーリアが言っていた代物だ。実際に、ショウは元の世界と繋がっていた悪縁を断ち切ろうかと提案してもらったことがある。
ユフィーリアが鋏を取り出すということは、他の誰かにも同じようなことをやっていると見ていいだろう。ハルアにも悪い縁を断ち切ってもらった過去があるかもしれない。
ハルアは「あー」と頷き、
「何度か見たことあるよ!! 何でも切れちゃうんだよね!!」
「ああ、確かそう言っていたような……」
「オレが見たのは学院長と本気の殴り合いをしてたあとに、あの銀色の鋏で何かを切ってたよ!! そしたら学院長が魔法を使えなくなったんだよね!! ユーリは『魔法の才能を一時的に切って無能にしてやった』ってあとで言ってたけど!!」
「何をしたんだ、学院長は」
ユフィーリアと学院長のグローリアが本気で殴り合うという場面が非常に珍しいと言えようか。
いいや、どうだろう。グローリアに理不尽な罪をなすりつけられた時に、せめてもの抵抗で暴力という手段に打って出たのだろうか。付き合いはハルアと比べて浅いかもしれないが、何故か手に取るように分かってしまう。
薄青の糸で雪の結晶が刺繍されたエプロンドレスを装着するショウは、
「ユフィーリア以外で、あの鋏を持っている人物を見たことはあるか?」
「何で!?」
「いや、あの……」
エプロンドレスの紐を結ぶショウは、昨夜の出来事を思い出す。
朧げながら残っている記憶は、誰かに連れ攫われた時のことだ。とても苦しくて、怖くて、それ以上に抱いた感情は計り知れないほどの怒りだった。自分自身を連れ攫った誰かを処す為に、冥砲ルナ・フェルノを出現させたことまではぼんやりと覚えている。
そしてショウを助けたのが、
「第七席が……」
「第七席!?」
「ほら、七魔法王の」
「絵本のアレ!?」
ハルアは絵本の内容にあった人物として認識している様子だ。
第七席【世界終焉】――世界に対して役割を持つ偉大な7人の魔女・魔法使いである『七魔法王』の末席をいただく存在。
性別も、声も、容姿も謎に包まれた無貌の死神と称されている第七席【世界終焉】は、世界に終わりを与える役目を負っている。今ある世界を断ち切って終焉に導き、新たな世界を誕生させる引き金を引くのだ。
他の七魔法王も第七席【世界終焉】には敵わず、偉大なる魔女・魔法使いが敵わないとなれば一般の魔女・魔法使いも勝てる訳がない。実質、第七席【世界終焉】は史上最強の存在だと恐れられていた。
「その第七席が、ユフィーリアの鋏を持っていたんだ」
「借りたんじゃね!?」
「そうなのだろうか……」
あまりにも自然に取り出したものだから、第七席【世界終焉】の持ち物かもしれないと考えていた。
なるほど、ハルアの考えも一理ある。ユフィーリアからあの鋏を拝借したのであれば、納得できる。
そうなると、ユフィーリアと第七席【世界終焉】は近しい人物なのだろうか?
「ハルさん、大変だ。ユフィーリアと第七席【世界終焉】は知り合いかもしれない」
「本当に!?」
「ユフィーリアの鋏を借りるということは、物の貸し借りをするぐらい仲がいい人物だと推理するのが妥当だと思う」
ポン、と手を叩いたハルアは「そっか!!」と納得したように頷き、
「じゃあ聞いてみようよ!! ユーリと第七席ってのが知り合いなら、どんな人物なのか聞けるんじゃね!?」
「ちょ、まッ、ハルさん待って引っ張らないでくれ……!!」
腕を掴んだハルアが勢いよく衣装部屋を飛び出し、ショウはされるがままに引っ張られるのだった。かろうじて着替えを終わらせていたので大丈夫だったが、着替えが終わっていなかったらどうするつもりだったのだろうか。
☆
居住区画では、ユフィーリアが水風船を大量生産していた。
雪の結晶が刻まれた煙管を巧みに操って水を掬い、見慣れた避妊具に詰め込んで水風船を作り出していた。馬鹿が作る水風船である。
問題児的に最近の流行となっているのか、水風船を作り出すのが多い気がする。今日は解除薬を詰め込んでいるので、また顔面に水風船を叩きつけて犠牲者たちを元の姿に戻そうという魂胆なのだろう。
ショウの腕を引っ張ったハルアは、
「ユーリ!!」
「どうした、ハル。今日のショウ坊のパンツの色を報告しにきたか?」
「今日はピンクだったよ!!」
「マジで?」
水風船を作る作業を中断して振り返るユフィーリアは、
「え、どんな感じ? どんな感じ?」
「めっちゃ可愛かった!!」
「ハルさん、余計な報告はしなくていいから」
ショウは恥ずかしくなって、ハルアの口を手で塞いでやる。
何故ここで下着の色をバラされなければならないのだろう。見たければいつでも見せてやると言うのに。
そんなことはさておき、
「ユフィーリア、聞きたいのだが」
「え? 今日のアタシの下着の色?」
「それは気になるけど違う」
「今日も黒だよ、黒しか持ってねえもん」
「どうしよう、黒しか持っていないという常識など学びたくなかった」
ショウは「違う違う」と首を振り、
「ユフィーリアは、第七席と知り合いなのか?」
「第七席?」
「七魔法王の第七席【世界終焉】だ」
その名前を出せば、彼女はほんの少しだけ嫌な表情を見せた。
ユフィーリアは第七席【世界終焉】が苦手だと言っていた。今ある世界を終わらせる存在である第七席【世界終焉】は、ユフィーリアが愛すべきこの世界を気まぐれで終わらせてしまうかもしれないと恐れているのだ。
だが、その嫌な表情も一瞬で消えた。ユフィーリアはいつもの朗らかな笑みを見せて、
「どうしてそんなことを聞くんだ?」
「ユフィーリアが持っていた鋏を、第七席【世界終焉】が同じものを持っていたからだ」
「あー……」
ユフィーリアは「なるほどなァ」と頷き、
「よくあるだろ、他人が持っているものを格好いいと思うの」
「ああ、よくあるな」
「第七席【世界終焉】が持ってる鋏が格好良くてな、それを真似したんだよ。似たようなものはよくあるって言ったろ」
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えたユフィーリアは、
「それよりもショウ坊、今日は髪を下ろしたままにすんのか? 髪型が決まってねえならアタシがやるけど」
「え、でも」
「まあまあ、いいからいいから。解除薬入り水風船なんて片手間に出来ることだし、アタシにとって重要なのはショウ坊の髪型の方だ」
さあ行くぞ、とユフィーリアに肩を押されて長椅子に座らされるショウ。
本当に第七席【世界終焉】の持つ鋏を真似しただけなのだろうか。世の中には似たような鋏はあれど、縁まで切れる鋏は非常に珍しいものではないだろうか?
あの雰囲気から判断してユフィーリアと第七席【世界終焉】は知り合いではないと思うが、嫌いな相手の持ち物を真似するだろうか。ショウだったら絶対にやらないが。
(ユフィーリア……貴女は……)
癖のないショウの髪に優しい手つきで触れるユフィーリアへ、胸中で質問を投げかける。
(何かを隠しているのか……?)
その問いかけに対する答えは、残念ながらなかった。
《登場人物》
【ショウ】今日も今日とて最愛の恋人の為に女装をする少年。ユフィーリアの持つ銀製の鋏が気になるご様子。
【ハルア】頼りになる用務員の先輩。悩む前にまず他人に聞くという度胸がある。
【ユフィーリア】問題児筆頭にしてショウの大切な恋人。自分のことはあまり多くを語らないので隠しがち。
【世界終焉】七魔法王が第七席。世界を終わらせる無貌の死神と恐れられる最強の存在。ユフィーリアと鋏を貸し借りする間柄……?