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第106章第2話【問題用務員と釣り】

 ザザ、と波の音が耳朶に触れた。



「海底探索用の魔法兵器エクスマキナはどこだ?」


「こっちにあるぞ」


「これ運んでくれぇ」


「どこに運べばいいんだ?」



 オードレール港という場所がある。

 レティシア王国からさほど離れた位置にあるこの港から、今回の新しく発見した海底神殿へ探索に向かうらしい。海底探索をする魔法使いや魔女たちが慌ただしく準備を進めていた。


 そんな様子を港に乱立する倉庫の影から覗き見していたユフィーリア、エドワード、ハルアの3人は、



「お、魔導式潜水艦じゃねえか。あれ最新式だろ?」


「副学院長が設計と開発をやったって聞いたよぉ」


「億単位のお金をもらえてウハウハだって言ってた!!」


「何だよそれ、今度奢ってもらおう」



 港に浮かぶ黒々とした鯨のような船は、最新鋭の魔導式潜水艦だった。おそらくあれに乗って通常の研究者は海底神殿に向かうのだろうが、ユフィーリアたち3人は目的が違うので同乗することはない。

 目的は海底神殿に眠る財宝である。それを他の研究者たちよりも早く見つけて奪い取らなければならない。前報酬としてもう100万ルイゼをいただいてしまっているのだ、働かなければ『金返せ』ということになりかねない。


 彼らのように潜水艦は持っていないが、残念ながらこちらにはとんでもねー代物があるのだ。



「ハル、トライデントはあるな?」


「あるよ!!」



 そう言って、ハルアが真っ黒なツナギのポケットから取り出したものは、水を固めたかの如く冷たく冴え冴えとした透明な槍だった。穂先は三叉に分かれており、武器として成立しているのが不思議なぐらいである。

 この三叉の槍は『トライデント』と呼ばれる神造兵器レジェンダリィだ。海神の為に作られたというこの槍は、海の中に於いて絶対的な権限を有する。分かりやすく言えば海の中全体の状況を意のままに操ることを可能とするのだ。


 それは海洋生物を従えたり、大津波を引き起こしたり、果ては海を2つに割ったりなど様々な活躍を見せる。今回の海底探索にはもってこいの神造兵器だ。



「それどうするのぉ?」


「鮫辺りを誘引して、海底神殿まで手っ取り早く引っ張っていってもらう。海の中のことは海洋生物に聞いた方が早いからな」



 ユフィーリアはハルアを小突くと、



「よし、早速釣りだ。ハル、鮫か海亀辺りで頼むぞ」


「あいあい!!」



 元気よく返事をしたハルアは、周囲の研究員に知られないようにコソコソと移動する。足音を立てることなく暗殺者のように移動したハルアは、港に係留している小船に降り立った。

 誰もいないことを入念に確認してから、透明な三叉の槍を海面に突っ込む。それからぐるぐる回したり上下に揺らしたりしながら、海洋生物を呼び寄せた。


 その結果、釣れたのがこれである。



あじ一丁!!」


「ばーか!!」


「誰が酒のつまみを呼び寄せろって言ったよ!!」


「あれぇ!?」



 ハルアが神造兵器フィッシングで釣り上げた獲物は、ピチピチと小船の上を元気に跳ねるイキのいい鯵だった。これに縄を括り付けて海底神殿まで連れていってもらうというのは無理がある。



「生物を意のままに操るんじゃなかったのかよ」


「近くにいないなら無理だよ!!」


「クソ、幸先悪いな」



 意のままに操れるには操れるが、該当する海洋生物が近くにいないとお話にならないとは想定外である。これは根気よく釣りをする必要がありそうだ。


 頭を抱えたユフィーリアだが、ふといい考えが頭をよぎった。

 トライデントで鯵を釣れたのだから、この鯵にもっと速く泳ぐことが出来る大型の魚を連れてきてもらおう。海底神殿だから浅瀬を泳ぐ魚ではなく、もっと深い位置を泳ぐ魚がいてくれた方がいい。移動中に乗り換えることも可能だろう。


 ユフィーリアは小船の上で跳ね回る鯵を鷲掴みにすると、



「おい、お前より速く泳げる魚を連れてこい。大型の魚だ」


「ユーリ何してんのぉ」


「頼むぞ」



 エドワードの変なものでも見るかのような視線を無視して、ユフィーリアは鯵を海に戻してやった。鯵はスイスイと泳いで海の底に消えていった。



「よし、この方式で大型の魚を釣り上げてやる」


「また小型の魚だったらどうするのぉ」


「同じことの繰り返しだよ。釣りは運も左右してくるしな」



 ユフィーリアは海へ顎をしゃくると、



「ハル、やれ」


「あい!!」



 ハルアは再びトライデントを海面に突き刺した。

 あの鯵は果たして仕事をしてくれるだろうか。ちゃんと大型の魚を呼んできてくれるとありがたいが、まあ魚にそこまでの脳味噌は期待しないようにする方がよさそうだ。


 そして、これが結果である。



「トビウオ一丁!!」


「何でだよぉ!!」


「大きさ変わらねえじゃねえか!!」



 トビウオが元気に小船の上で跳ねていた。あの鯵の野郎、ふざけやがって。



「羽の部分だけ大きくなったってのは違うだろ!?」


「ユーリぃ、これ時間かかるんじゃないのぉ?」


「最悪、潜水艦を乗っ取る」


「それをやった方が早いと思うけどねぇ」



 エドワードの手によって釣り上げられたトビウオは海に返還され、さて次の獲物とトライデントを海に突き刺したその時である。



「こんにちは、今日はよろしくお願いいたします!!」


「ヴァラール魔法学院から来ました。本日はどうぞよろしくお願いします」


「おお、あんたたちが学生派遣か。ヴァラール魔法学院は優秀な生徒が勢揃いって聞くからな、期待してるぞ」



 聞き覚えのある単語が聞こえてきた。


 ユフィーリアとエドワードが影から様子を伺うと、どうやら学生の派遣が港に到着したらしい。数名の生徒が研究員らしい魔法使いの男に挨拶をしていた。

 その影から様子を伺っているのが分かったのだろう、数名の生徒のうちの1人がそっと集団から外れてこちらに向かってくる。問題児が何かをしていると警戒してのことだとユフィーリアたちも身構えるが、生徒の表情はどこか柔らかかった。悪い印象ではないと見ていいのだろうか。


 集団から外れてきた生徒は声を潜めて、



「我々は学院長から学生派遣を仰せつかってきました。用務員の皆さんが海底神殿の財宝を研究員より早く発見するように言われているのも知っています」


「グローリアの手先か。名前は」


「4学年のルーシー・エイヴルと言います」



 ルーシーと名乗った生徒は、丁寧に巻かれた羊皮紙をユフィーリアに差し出してきた。



「こちらが今回発見された新しい海底神殿となります。ご確認ください」


「ここまでするなんて、何か理由があるのか?」


「我々も学院長の研究に参加させてもらっていますので。海底神殿の財宝は我々の研究にもぜひ必要なのです」


「なるほど。お前らにも関係してたってことか」



 問題児と知りながらここまで献身的に協力してくれるのは、グローリアが求めてきた海底神殿の財宝が目当てだったのだ。ならば陽動として大いに使うことが出来る。

 エドワードとハルアにも視線をやれば、彼らは2人揃って親指をグッと持ち上げた。「協力すればいいんじゃない」「大賛成!!」と彼らの瞳は物語っていた。


 ユフィーリアは羊皮紙を懐にしまうと、



「助かった。ついでに研究員の陽動も頼むぞ」


「承知しております。ところで」



 ルーシーは首を傾げると、



「何をしておいでで?」


「釣り」


「呑気に?」


「神造兵器で鮫か海亀を釣ろうかと思ったんだけど、今のところ鯵とトビウオしか釣れなくてな」


「この辺りでは大型の魚は釣れませんよ。港が入り組んでますから」



 容赦なく現実を突きつけてきたルーシーに、ユフィーリアは膝から崩れ落ちそうになる。この生徒、若造だと思って甘く見ていたが海に詳しい。



「港の端の方に行けば鮫などが寄ってきていると報告を受けたことがあります。そちらの方に移動しては」


「助かる」


「いえ。ご武運を祈ります」



 ルーシーはそう言い残して、再び研究員の集団に戻っていった。


 協力者の存在は心強い。どうかちゃんとした陽動として働くことを祈っている。

 さて得られた情報ならば、この港の隅の方に行けば大型の魚を釣り上げることが出来るらしい。研究員もいつ動き出すか分からないので、とっとと移動した方がよさそうだ。


 すると、



「ユーリ、釣れたよ!!」


「何が?」


「ダツ!!」


「返してこい」



 トライデントによって釣り上げられた細長い魚を海に戻し、ユフィーリアはエドワードとハルアを連れて港の隅に移動をするのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】釣りより素潜りが好き。

【エドワード】忍耐あるので釣りは得意。

【ハルア】忍耐はないので釣りは苦手。

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