第106章第1話【問題用務員と海底探索】
タイトル:水底に沈んでSAN値チェックです〜問題用務員、海底神殿『ルルイエ』財宝強奪事件〜
正面玄関の掲示板に『海底探索しませんか』の張り紙があった。
「署名のところにグローリアの名前が書いてある」
「じゃあ学院長が企画したのかねぇ」
「海底探索!!」
「どんな意図があって張ったのかしラ♪」
「面倒な予感しかしないのは何故だろうか」
今日も今日とて働く気のない用務員こと問題児どもは、その掲示板に張られた『海底探索しませんか』と呼びかけているチラシに注目していた。
注目している理由は、掲示板の隅に掲げられた署名である。署名は張り紙を張り出した人物の名前が書き込まれるので、ここにしっかりと『グローリア・イーストエンド』の署名がある時点で学院長が何らかの意図を持って張り紙をしたと考えられる。絶対に面倒な予感しかしない。
問題児筆頭、ユフィーリア・エイクトベルは渋い顔をしながら雪の結晶が刻まれた煙管を咥える。
「またどうして今の時期に海底探索なんだろうな。寒いだろ」
「確かに海へ飛び込む時期ではないな」
ユフィーリアの言葉に同意を示した女装メイド少年、アズマ・ショウは「海に飛び込めば凍死すること間違いなし」と判断する。
「海底探索は本当に危険だからねぇ、未成年組が何かやらかしてもあれだしぃ」
「何でオレらが何かやらかす前提で話すの!!」
「風評被害です、エドさん。訂正してください」
先輩のエドワード・ヴォルスラムからとんでもねー評価を下された未成年組は、ポカポカ叩いて評価の是正を要求していた。確かに未成年組は未知なる世界で何かをやらかしかねないので、その評価はある意味で正しいのかもしれない。
「ユーリ♪ 乗り込むのかしラ♪」
「今の時期は冷感体質の対策が面倒臭えから正直行きたくない」
南瓜頭の美人お茶汲み係ことアイゼルネに問われ、ユフィーリアは正直な気持ちを打ち明けた。
冷感体質を背負っているユフィーリアとしては、寒い場所に行くと身体が動かなくなるのだ。これも冷感体質から得られる弊害である。寒い場所に行くには防寒対策も織り込まなければならないのだが、水場用の防寒対策だと装備が重くなりがちになり逆に行動が制限されてしまうことになりかねない。
そんな訳で、もうそろそろ春先という頃合いだがまだ寒さが続くので、海底探索などに乗り出せば確実に面倒臭いことになる。余計なことに首を突っ込まない方が吉である。
とっとと張り紙から離れようとしたその時、背後から「あ、ユフィーリア」と弾んだ声が聞こえてきた。
「やあやあ、その張り紙に興味を持ってくれたの? 嬉しいなぁ」
「ぎゃあ!! 厄災!!」
「それは君たちでしょ」
背後からやたらニコニコ笑顔のグローリアに声をかけられ、ユフィーリアは思わず悲鳴を上げた。未成年組はエドワードの背後に隠れるし、アイゼルネはユフィーリアを盾にしてくるという徹底した避けっぷりだった。
ご機嫌な笑顔のグローリアを前にすると碌な目に遭わないというのは、問題児も大いに学んでいる。副学院長より凶悪ではないにしても、警戒すべき事象ではある。
ユフィーリアはグローリアから距離を取りながら、
「何だよ、グローリア。言われなくても『海底探索』とやらには首を突っ込んでやらねえからよ、説教するんじゃねえぞ」
「え、何で? 参加しないの? せっかく君が興味を惹きそうな書き方をしたのに」
「意図があってのことかよ!!」
時期が時期だったら間違いなく飛びついていた内容だったが、あれはわざと仕組まれたことだったのかと頭を抱える。問題児も単純なものとして扱われているのは、何かちょっぴり腹が立つ。
「いいじゃん、参加しなよ。大歓迎だよ?」
「いやいい、やらん。お前が笑顔でアタシらを引き摺り込もうとしてるのは何か意図を感じるからやだ」
「そう言わずに話だけでも」
「悪質な勧誘か、ショウ坊けしかけるぞ」
しつこいセールスマンよろしく食い下がってくるグローリアに、ユフィーリアは最終舌戦兵器のショウを投入することで脅した。ショウもショウでやる気に満ち溢れている様子で、両腕を振り上げて「しゃー!!」なんて威嚇をしていた。
聡明な嫁の舌戦には、さしもの学院長とて敵わない。幾度となく言い負かされているところを見たことがある。現状ではショウが有利な状況なので間違いなく舌戦の勝利は約束されたものだ。
ところが、
「ショウ君」
「何ですか、お望みならやってやりますよ」
「ユフィーリアの昔の写真をあげるから、ちょっとだけ黙っててもらってもいい?」
「はい!!!!」
「あ、ショウ坊!?」
グローリアに1枚の写真を渡されたことにより、ショウはあっさり買収された。昔の写真とは一体いつの時代の写真だろうか、写真を眺めるショウは満足げに懐にしまっていたが。
最終舌戦兵器が使用不可となってしまい、これではもう話を聞く以外に手段が残されていない。グローリアは「これでよし」と言わんばかりの態度を見せていた。どう足掻いても話を聞かせる気満々の様子である。
ユフィーリアはため息を吐くと、
「で、何だよ話って」
「実はね、今回の海底探索の場所は新たに発見された海底神殿に潜る予定なんだよね」
「へえ」
ちょっとだけ興味を持ったユフィーリアは、話を聞くことにする。
通常の海底探索は、海底神殿『ニライカナイ』と名付けられた大規模な神殿を探索するのだ。もうめぼしいお宝も掘り出されたし、研究し尽くされた場所に飽きもせず潜るのかと思ったが、どうやら違う場所に潜るらしい。
新たに発見されたともなれば、レティシア王国の研究施設なんかが海底探索の中心になってきそうだ。おそらく今回の海底探索もそうだろう。ユフィーリアたち問題児にはそこに混ざれと言っているのか。
「じゃあレティシア王国の研究チームが出てくるんじゃねえの?」
「そこはうちの生徒を派遣させて『凄いですね』って言わせてくるから、君たちには別のことを頼みたいんだよね」
「何だよ、別のことって」
「そりゃもちろん」
グローリアは満面の笑みで、
「レティシア王国の研究チームより先に、お宝を掘り出して持ってきてほしい」
「おい、いいのかそれ。危ない予感しかしねえぞ」
「こういうのは早い者勝ちだよ、ユフィーリア。君たちは『僕に言われてやった』と言えばいいだけさ」
そう言って、グローリアは細長い紙をユフィーリアに突きつけてきた。そこには数字がずらりと並んでいるだけで、どこからどう見ても小切手であった。
「お宝を発見できたら報酬100万ルイゼね」
「やります」
即答だった。
問題児だって金の力には弱いのだ。
いそいそと小切手を懐にしまうユフィーリアの横で、グローリアはさらに小切手を取り出した。
「はい、エドワード君とハルア君にも」
「やりまぁす」
「お小遣い!!」
「ちょっと待ってください」
グローリアがエドワードとハルアに小切手を渡したところで、ショウから待ったの声がかかった。
「何で俺とアイゼさんには渡してくれないんですか」
「それは君たちが海底探索に参加できないからだよ」
「まさかの戦力外通告!!」
アイゼルネとショウにはまさかの戦力外通告が突きつけられてしまった。理不尽な現実に、ショウが天井を振り仰いでしまう。
それにしてもおかしなことである。ユフィーリアとエドワード、ハルアの3人は海底探索に参加させられ、アイゼルネとショウには戦力外通告が突きつけられる理由に納得が出来ない。
彼らとて優秀な用務員である。アイゼルネの幻惑魔法はユフィーリア以上の腕前を有し、ショウは異世界の知識を豊富に蓄えている。海底探索にも役に立つ場面があるかもしれない。
グローリアは困惑気味に、
「まあ、今回は仕方ないよ。何せ見つかった海底神殿では、魔力汚染が確認されたからね。魔力汚染にも耐えなきゃいけないんだよ」
「…………つまり、あれですか」
聡明なショウは、どうして自分が行けない理由を察知したらしい。
「シンカー試験を踏破していないので、不可能ということでしょうか」
「そういうことだね」
「がっでむ」
天井を振り仰いで叫ぶショウに、今回ばかりは同情せざるを得なかった。
《登場人物》
【ユフィーリア】冬季のシンカー試験も突破しました。あと4回で免除。
【エドワード】冬季のシンカー試験も突破しました。頑張った。
【ハルア】冬季のシンカー試験も突破。2回目です!
【アイゼルネ】冬季のシンカー試験もダメでした。6階層で脱落。
【ショウ】冬季のシンカー試験は2階でダメでした。
【グローリア】シンカー試験を免除されている。ぶっちゃけ受けなくても精神異常に強い。