第105章第5話【異世界少年とチョコの意味】
「♪」
ハルアがうきうきで立方体型のチョコレートを口に運んでいる。
そのチョコレートを送ってくれたのは、友人のリタ・アロットだ。彼女の気持ちを察しているショウは、彼女の行動を『勇気のある行動だ』と評価している。バレンタインという日に本命へ愛情を込めたチョコレートを渡せたのが何よりの証拠である。
ただ、渡された当の本人はあまり気づいていないのか、チョコレートを心の底から美味しそうに口に運ぶばかりである。美味しさのあまり左右に揺れている。彼女の気持ちには気づいているのかいないのか。
すると、
「あらぁ、ハルちゃん。リタちゃんからもらったのってぇ、キューブチョコなのぉ?」
「何か意味があるんですか?」
ハルアが抱える箱を上から覗き込み、エドワードが言う。
キューブチョコというのは初めて聞いたが、おそらくハルアが嬉しそうに口へ運ぶチョコレートの名称だろう。確かに立方体のような見た目をしたそれは名前に相応しい形をしていた。
バレンタインの日に送るお菓子に意味があるように、このキューブチョコにも意味があるのだろうか。ハルアの食べているチョコレートにはどこかドライフルーツがふんだんに使われているが。
「キューブチョコはねぇ、種類によって意味が違うんだよぉ」
「たとえばどんな?」
「苺は『貴方が好きです』だったかねぇ」
エドワードが「チョコレート嫌いだからあまり詳しくないけどさぁ」と前置きしながら説明してくれる。
オレンジには『貴方の笑顔が好き』、バナナは『優しい貴方へ』、葡萄は『その瞳で見つめて』などなど聞いているこっちが恥ずかしくなるような文言が意味として込められている様子だった。ハルアの抱える箱の中身はドライ苺が中心として使われているので、もはや告白も同然と言ってもいい。
それを知ってか知らずか、ハルアはもそもそとキューブチョコを食べている。愛情たっぷりのキューブチョコである。たまに中身が入っているものがあるのか、クワッと目を見開くと「クリーム入ってる!!」なんて嬉しそうにしていた。
ショウはそんな先輩の顔をじっと見据え、
「ハルさん」
「何!?」
「ハルさんは、今日が何の日か知っているか?」
「うん!!」
ハルアはキョトンとした表情で、
「ばれんた、でしょ!! ショウちゃんが教えてくれたんだよ!!」
「バレンタインはどんな日か知ってるか?」
「女の子が男の子にチョコを渡す日!!」
「そうだな。どういう意味で渡すかというのは知っているか?」
「え?」
ハルアはどうやら『女の子から男の子にチョコを渡す日』という部分しか頭の中に残っておらず、そこに隠された意味は忘却の彼方に追いやられてしまったらしい。食べかけのキューブチョコに視線を落とし、それからショウに視線を戻して困惑気味に首を傾げる。
これではリタが勇気を出した意味がなくなってしまう。鈍感な男でも今日という日にチョコレートを渡されるという意味は何となく理解できるはずだ。
ショウは小さくため息を吐くと、
「ハルさん、今日は女の子が好きな男の子にチョコ菓子を渡して想いを伝える日だ」
「うん」
「ハルさんはリタさんからチョコをもらったな」
「そうだね」
「じゃあ、この意味は理解できるな?」
噛んで含めるようにして説明すると、ハルアの表情が固まった。
琥珀色の瞳を手元のキューブチョコに落とし、それからショウの顔を見て、エドワードの顔を見て、視線を周囲に彷徨わせる。少しばかり考えるような素振りを見せ、腕を組んで思案する。
そして、ようやく彼の中で答えが出たようだった。まるで茹で蛸の如く顔を赤く染めると、
「…………ぅえ…………」
いつもの元気なハルアらしくない、弱々しい声を漏らした。視線だけで助けを求めてくるも、それはショウが協力することではないので心を鬼にして断った。
「そのチョコレートの答えは、ハルさんがちゃんと考えてあげなきゃダメだぞ。俺やエドさんに頼ったらダメだ」
「いぢわるしないで〜、オレどうすればいいの〜!?」
「ダメです。ちゃんと考えなさい」
涙目で狼狽えるハルアを、ショウは厳しく突き放すしかなかった。
これはハルアがちゃんと考えて答えを出すべき事案だ。
きっと彼なら、真剣に少女の気持ちと向き合って答えを出せると信じている。
《登場人物》
【ショウ】バレンタインの意味を教えた張本人。このまま知られないのはリタさんが可哀想。
【ハルア】友人の少女の気持ちに、今ようやく気づいた。
【エドワード】若い子っていいねぇ、青春だねぇ。