第105章第4話【問題用務員と少女の勇気】
紆余曲折を経て、チョコレートが完成である。
「出来たぁ……」
「リタ嬢、お疲れさん」
台所にへたり込むリタの肩を叩いて労うユフィーリアは、目の前に置かれた完成したばかりのキューブチョコを見やる。
完成したキューブチョコはドライフルーツをふんだんに使われたものが多く、中には焦茶色のチョコレートの表面を白いチョコレートの線が走るというなかなか高度なものまで幅広く揃っていた。もちろん、それぞれに意味を持たせるように作ってある。
ドライオレンジやドライ苺、林檎に葡萄にバナナまで多岐に渡るドライフルーツを使用してあり、チョコレートに混ざって甘やかな香りが鼻孔をくすぐる。見た目も色彩豊かで見ているだけで楽しくなりそうだ。
ユフィーリアは小さめの化粧箱をリタに手渡し、
「ほれリタ嬢、キューブチョコを詰めなけりゃ渡せねえだろ」
「も、もう作っただけでお腹いっぱいですが……」
「何言ってんだ、これから本番だろ」
リタを立たせてやり、キューブチョコの梱包作業を手伝ってやる。震える手で化粧箱にキューブチョコを並べていくリタの表情は、どこか不安そうだった。
「受け取ってもらえるでしょうか……」
「当然だろ。ハルなら受け取ってくれるって」
ハルアという男は他人からもらえるものを無碍にはしない男である。きちんともらった上で「自分も何かお礼がしたい!!」と言えるような男なのだ。友人であるリタからもらえるのだったら尚更、突き返すような真似はしないはずだ。
ただ、目の前でリタに向かって箱を突き返すなり「一緒に食べよう!!」となる可能性はある。そうなったらリタが憤死するので、その前に何とか彼女を逃がしてやるべきだ。
そんなことを悶々と考えながら化粧箱にリボンを結び終えた、その時である。
「ただいま!!」
「ただいまぁ」
「ただいま、ユフィーリア」
ちょうど問題児男子組がご帰還を果たした。
「はにッ、はにゃあッ!?!!」
「リタ嬢、落ち着け。深呼吸」
問題児男子組のご帰還に変な声を出してしまうリタに深呼吸させ、ユフィーリアもまた自分の化粧箱に作ったばかりのキューブチョコを詰めていく。「意外と早く帰ってきたな」なんて感想をちょっと抱いたりもしたが、用務員室の扉を施錠していたことをすっかり忘れていた。
キューブチョコの完成と同時に用務員室の扉にかけた魔法を解除したので、おそらく問題児男子組は律儀に扉の魔法が解けるまで待っていてくれたのだろう。気遣いの出来る野郎どもである。
ユフィーリアはリタの顔をしっかりと見据え、
「リタ嬢、ちゃんと渡せるな?」
「はひゅ、はひゅッ」
「渡せよ、ちゃんと。度胸を見せろ」
「ふひゅ」
かろうじてリタが頷いたところを確認し、ユフィーリアは「よし」と頷く。
「よう、お前ら。お帰――――り?」
「あらマ♪」
「わあ……」
問題児男子組を出迎える為に居住区画から用務員室に顔を出したユフィーリアは、用務員室に広がる惨状を目の当たりにして顔を引き攣らせた。
大量の花束がそこにあった。大半が愛を伝えるのに適した情熱の真っ赤な薔薇で構成されており、どれほど熱い愛情であるか容易に察することが出来る。
そして、大量の薔薇の花束を前に項垂れているのがエドワードである。両膝をつき、四つん這いの状態でガックリと落ち込んでいる様子だった。そんな彼を元気づけるようにショウとハルアの未成年組がポンと優しく背中を撫でていた。
「これ、どうしたんだ?」
「全部エドさん宛だ」
困惑気味にユフィーリアが尋ねると、ショウがエドワードの背中を撫でながら応じた。
「女の子に渡せないからせめて、という訳ではなくて正真正銘の本気でエドさんが好きだから花束を渡してきた生徒が多くて」
「お前、男にモテるなって思ったら本当にそうなったんだな」
「何でだよぉ!!!!」
エドワードは悔しそうにダンと拳を床に叩きつけ、
「同性にモテても嬉しくなぁい!!」
「元気出せよ、あとで肉巻きおにぎり作ってやるから」
「わあい♪」
「持ち直した」
野郎どもから大量の花束を渡されて意気消沈だったのが一転し、肉巻きおにぎりで精神を持ち直したエドワードにユフィーリアは苦笑する。現金な相棒である。
さて、こんなことをしている場合ではない。
ハルアとショウの視線がユフィーリアの背後に控えるリタに向けられており、「どうしてリタが!?」「どうしたんですか?」などと問いかけていた。とっとと話題を変えた方がよさそうだ。
ユフィーリアは咳払いをすると、
「ただいまよりィ!! チョコレート授与式を行います!!」
「わあ」
「わあ!!」
ショウとハルアは素早く立ち上がるなり、ユフィーリアの前に並んだ。甘いものが好きなお子様は御しやすくていい。
ユフィーリアは「はい、大事に食えよ」と言い、ショウとハルアにキューブチョコを詰めた化粧箱を手渡した。
当然ながら中身は違う。キューブチョコの種類によって意味が異なってくるので、ショウに渡したものはドライフルーツなどを中心とした華やかなものを、ハルアにはナッツを中心にした食べ応えのあるものを用意した。もちろん会心の出来栄えである。どこに出しても恥ずかしくない逸品だ。
次いでアイゼルネが、
「おねーさんからもヨ♪」
「中身をお聞きしてもよろしいですか?」
「紅茶のキューブチョコ♪」
「わあ、珍しいですね」
紅茶のキューブチョコは、全体的に『お世話になってます』という意味が込められた義理チョコである。アイゼルネの立場から考えたらそれぐらいが妥当だろう。
ショウとハルアは「チョコだチョコだ」「おやつだおやつだ」と小躍りしながら喜んでいた。チョコレートをもらえたことが嬉しい様子である。ただし本番はこれからだ。
ユフィーリアはリタの脇腹を小突くと、
「ほら、リタ嬢。渡すものあるだろ」
「うひゃ、ひゃ、は、はいぃ……!!」
ユフィーリアの言葉に対し、リタは緊張気味に応じた。もう全体的にガチガチである。手と足が同じに出てしまうほど緊張していた。
問題児筆頭がやろうとしていることを理解したのか、ショウとエドワードが示し合わせたようにスススと音もなく用務員室の隅っこに移動する。ちょうど昼寝から起きてハルアに飛びつこうとしていた用務員室のアイドルことツキノウサギのぷいぷいを回収し、2人揃って行く末を見届けることを選んだ。
ハルアは琥珀色の瞳を瞬かせ、
「リタ、どうしたの? ユーリに虐められ」
「は、はりゅあ、しゃん!!!!」
「は、はい」
勢いよく噛みながらも名前を呼ばれ、ハルアも困惑気味に答えた。
リタは後ろ手に握りしめた化粧箱を差し出そうとするが、やはり「あ、あにょ!!」と上擦った声で何かを言おうとしている。顔も真っ赤で今にも倒れてしまいそうだ。
問題児が固唾を飲んで見守る中、1人の少女はついに動いた。背中に隠した化粧箱を取り出す。綺麗にリボンまで巻いて、誰にどんな意味で渡すのか明白なそれを握りしめ――。
――――何故か、大きく振りかぶった。
「これッ、受け取ってくださああああああああい!!!!」
「ひでぶッ」
リタはハルアの顔面に、握りしめた化粧箱を叩きつけた。
顔面で箱を受け止めることになったハルアは固まり、リタは悲鳴を上げながら用務員室を飛び出す。とんでもねー方法によるチョコレートの渡し方に問題児一同は呆気に取られた。
何とも言えない空気が、用務員室に漂う。まさかのリタがハルアの顔面にチョコレートを叩きつけて逃げていくなんて、誰が思うだろうか。
しかし、ハルアはそんなことを気にしない度量の大きな男だった。彼は顔面にめり込んだ化粧箱を引き剥がすと、
「これもチョコかな!?」
「あー、うん。そうじゃね?」
「やったぜ!!」
ハルアは満面の笑みで後輩のショウに振り返り、
「オレ、ショウちゃんよりも1個多いね!! 勝ち!!」
「よかったな、ハルさん」
「うん!!!!」
少女が勇気を出して渡してきたチョコレートの意味など露知らず、ハルアは後輩よりも1個多めにチョコレートをもらえたことに対して盛大に喜ぶのだった。
ちなみにリタを誘拐したことに関しては、あとで学院長のグローリアからこってりと絞られることを問題児はまだ知らない。
《登場人物》
【ユフィーリア】まさか投げて渡すなんて思わないじゃないか。
【エドワード】花束はまさかの本命。どうして?
【ハルア】後輩よりもチョコを1個多めにもらえてご満悦。
【アイゼルネ】ああやって投げて渡したらチョコレートは無事かしら。
【ショウ】リタの勇気は賞賛すべきところだが、投げて渡すのはどうなの?
【リタ】勇気が振り切った結果、ハルアの顔面にチョコレートをシュートした少女。