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第105章第2話【問題用務員と誘拐】

 さて、リタはどこで授業だろうか。



「今日の時間は魔導書解読学の選択授業だったはず……」



 第七席【世界終焉セカイシュウエン】の格好のまま、ユフィーリアは授業で静かなヴァラール魔法学院の廊下を彷徨う。


 確か、あの少女は魔導書解読学の授業を選んでいたはずだ。「必要な知識だと知りました。苦手ですが選択授業を少しだけ増やそうと思います」と殊勝な考えで授業を変更していたような記憶がある。ヴァラール魔法学院は時間割をいつでも自由に選べるので、すぐに変更している可能性も考えられる。

 行ってみる価値はある。もしいなかったら探査魔法で探せばいいだけだ。


 魔導書図書館を訪れたユフィーリアは、



「あ、いたいた」



 魔導書図書館を覗き込むと、見覚えのある赤毛の少女が頭を抱えていた。


 彼女が向かっているのは1冊の魔導書だが、その魔導書に翻弄されている様子である。魔導書にかけられた解除用の魔法が上手く出来ないようだ。

 あるいは魔導書の解読の最中に必ずどこかで出てくる紙魚に悪戦苦闘しているのだろうか。あの少女は紙魚が苦手と言っていたが、今回も紙魚にいいように弄ばれているようである。


 すると、



「リタ・アロットさん、解けましたか?」


「あ、ぁ、いえ……」



 魔導書の解読に悪戦苦闘するリタの様子を見かねてか、老齢の女教師がニコニコした笑顔で話しかけていた。話しかけられたリタはしどろもどろで返す。

 同じく魔導書解読学を担当する毒殺料理人のルージュよりも優しく丁寧に教えてくれる教員のようだが、それが逆にプレッシャーを与えているようだ。リタの顔色も悪い。生徒1人1人を気遣うことが出来る教員の存在は素晴らしい限りである。


 そんな訳で、今が誘拐の好機と見た。



「お邪魔しますでじゃじゃじゃじゃん」


「きゃあ!?」


「だ、第七席!? つまり問題児!?!!」



 老齢の女教師は目を剥き、魔導書と向き合っていたリタは甲高い悲鳴を上げた。


 ユフィーリアはヒョイとリタの手から魔導書を取り上げると、魔導書にかけられた魔法を解除しないで閉じた。魔導書にかけられた魔法を解除せずに閉ざすと最初からやり直しになるのだが、今はそんなことどうでもいいだろう。

 唖然とこちらを見上げてくるリタを軽々と抱き上げたユフィーリアは、同じく唖然としたままこちらを見据えてくる女教師に「じゃ」と手を挙げて魔導書図書館を飛び出した。目標は果たせたので長居は禁物である。


 背後から絶叫が叩きつけられたのは、その直後だった。



「生徒を解放しなさい、この問題児!!」


「うるせえな、こっちは愉快なイベントの真っ只中なんだから邪魔するんじゃねえよ」



 ユフィーリアは指を弾いて女教師の足元を凍らせる。これで彼女の行動を多少は制限できる。ユフィーリアの魔法を解くことなど、一般的な教職員には不可能だ。

 リタを抱えたまま、ユフィーリアは軽やかに廊下を駆け抜けた。抱きかかえたリタの口から甲高い悲鳴が漏れるも、乗り物みたいなノリで切り抜けてもらう他はない。心的外傷を負っていないことを祈るばかりである。


 リタはかろうじて第七席【世界終焉】の格好をしたユフィーリアへと振り返ると、



「あ、あの、ユフィーリアさん、ユフィーリアさんですよね!?」


「そうだぞ」



 走りながら、ユフィーリアは器用に片手だけで真っ黒な外套の頭巾を取り払う。


 頭巾を取り払ったことで視界が開けた。風に靡く銀色の髪を視界の端で捉えた。やはり第七席【世界終焉】の格好は視界が狭まるのであまり好ましくない。

 リタは「やっぱり……!!」と呟いた。表情はどこか複雑そうである。苦手とする魔導書解読学の授業から無理やり誘拐されたのは彼女にとって歓迎されているのだろうが、どこに連れて行かれるのか分からない状況に不安を覚えている様子であった。彼女の気持ちは分からないでもない。



「あ、あの、どこに連れて行かれるのでしょうか、あの」


「うーん?」



 ユフィーリアはニヤリと笑うと、



「いいところ」


「い、いいところ?」


「悪いようにはしねえよ」



 顔を引き攣らせるリタに笑顔で言うが、彼女からの信用は得られなかった。悲しい。



 ☆



 さて、リタを用務員室に連行である。



「ただいまー」


「お帰りなさイ♪」



 リタを抱えて用務員室に帰還を果たしたユフィーリアを、アイゼルネが出迎える。


 アイゼルネに出迎えられたリタは目を白黒させて「ど、どうも……」と挨拶をしていた。真面目な少女である。

 どうやらちゃんと準備はしてあるようで、アイゼルネは「ちゃんと準備は終わっているワ♪」なんて報告してきた。ついでに問題児の男子組は帰ってきていないらしい。ちょうどいい。


 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を用務員室の扉に突きつけ、



「〈閉じろ〉〈魔法阻害〉」



 外側から解錠魔法を拒否する魔法と、施錠魔法を同時にかける。問題児の男子組は強力な神造兵器を所持しているので強行突破を仕掛けてきそうだから、ついでに防衛魔法も練り込んでおいた。

 退路を断たれたことで、リタの表情が不安に染まる。自分は無事に帰ることが出来るのだろうかと思っているのだろうが、問題児は別に幼気な少女を捕まえて食べる趣味も虐める趣味もない。


 ユフィーリアは朗らかな笑顔で、



「リタ嬢、今日が何の日か知ってるか?」


「え? はい、バレンタインですよね。私には縁もない日ですが……」


「そう、バレンタインだ」



 リタもバレンタインの存在は知っているようであった。よかった、脳味噌の大半が魔法動物に侵食されていなくて。



「実はショウ坊にも聞いたんだけど、異世界にもバレンタインがあってな」


「なるほど、異世界のバレンタインですか」


「異世界では女の方から意中の相手にチョコレートを渡して想いを伝えるって日なんだよ」


「そうなんですか」



 リタはすっとぼけたようなことを言うので、ユフィーリアはわざわざ肩を組んで彼女に囁く。



「リタ嬢は渡さなくてもいいのか?」


「え? だ、誰にです?」


「もちろん、ハルにだよ。何の為に野郎どもを厄介払いした上で、お前を用務員室にお連れしたと思ってんだ?」


「ほにゃあ!?」



 リタの口から甲高い悲鳴が漏れた。顔も茹で蛸のように赤く染まる。


 彼女がハルアに対して淡い恋心を抱いていると知ったのは、魔導書解読学の追試を受けた時である。その時に「私は病気かもしれない」とすっとぼけたことを言っていたので、それは恋という不治の病であることを教えてやったのだ。

 若い少女の恋心は大変愉快なものである。そしてその相手が自分の身内ともなれば協力してやらない訳にはいかない。いつか家族になる日も近いかもしれない訳である。


 ユフィーリアは「な?」とリタの顔を覗き込み、



「だからリタ嬢、美味しいチョコレートを作ってハルに渡そうぜ?」


「むむむむ、無理です無理です無理ですーッ!!」



 リタは首が千切れんばかりに横へ振り、



「そんなッ、無理です無理です無理ですよ!! 私、あの、チョコレートのお菓子とか作ったことないですし、美味しく出来る自信もないですし、あの、ハルアさんのお口に合うかもあうあうあう」


「あいつがリタ嬢の作ったお菓子を『まずい』だなんて言うはずねえだろ。それにアタシとアイゼがついてるんだから、生半可なものなんて作らせねえよ」


「でもそのあのあうあうあう」


「リタ嬢」



 ユフィーリアはリタの肩を掴み、



「ハルは誰に対してもあんなノリだし、普段のトンデモ行動に目を瞑れば間違いなく優良物件の王子様だ。あいつの良さに気づいた女の子がいたらそりゃあモテてモテて大変なことになるだろうよ」


「…………あぅ」


「他に目移りしてもいいのか?」



 ユフィーリアがリタに問いかけると、彼女は寂しそうな小さい声で呟く。



「ゃ、やです……」


「だろ? じゃあ気合いを入れてお菓子を作ろうか?」


「は、はい……!!」



 持ち前の度胸で精神を立て直したリタは、思い出したように「あわあの」と泣きそうな表情で言う。



「あの、お菓子作りはあまり経験がないので、その出来れば簡単なものが……」


「任せろ。リタ嬢のお菓子作りの腕前を鑑みて、ちょうどいいものを選んでおいたから」



 ユフィーリアは不安そうなリタに親指を立てると、



「これから作るのは『キューブチョコ』だ」


「きゅーぶちょこ……」



 聞いたことがないと言わんばかりに、リタは首を傾げた。

《登場人物》


【ユフィーリア】誘拐するのに第七席の格好は適してるな。正体が隠れるから。

【アイゼルネ】チョコレートの準備をしてた。リタの恋を応援するのが楽しくて仕方がない。


【リタ】魔導書解読学の授業から逃げる口実が出来て嬉しいが、誘拐されるのはちょっと怖かった。

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