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第104章第5話【問題用務員とマカロン】

 その日の夜、ユフィーリアは遅くまで晩酌を楽しみながら料理本を大量に積み上げていた。



「さて、どれがいいかな」



 料理本の内容はお菓子作りのものばかりだ。特にチョコレートを使用したお菓子が記載されている料理本が多い。

 明日に控えたバレンタインは、ショウが言うには「異世界では乙女の決戦だからな」らしい。なるほど、甘いチョコレートの力を借りて好意を伝えるという文化も面白い。


 パラパラと料理本の頁を捲るユフィーリアは、



「やっぱり代表的なものでキューブチョコかな。色々な種類が食べられるし」



 琥珀色の火酒ウィスキーを硝子製の酒盃に注ぎ入れながら、ユフィーリアは料理本のページを魔法で捲る。

 頁に表示されているお菓子の内容は、小粒の立方体が特徴的な『キューブチョコ』と呼ばれるものだった。ジャムやクリームなどをチョコレートの内部に隠したり、ドライフルーツを表面に散らしたりなど様々な種類を用意するのがキューブチョコのやり方である。一説によれば味によって密かに意味があったりとかするらしい。


 問題児の暴走機関車野郎は幸いなことに、お粥以外だったら比較的何でも食べることが出来る偉い子である。お粥と言っても、彼が言うには「灰色のドロドロしたご飯をろうとで無理やり食べさせられた」らしいのだが、おそらくそれはお粥ではないだろう。



「まだ起きてるのぉ?」


「お、エド。何だ、晩酌に付き合ってくれんの?」


「そんな訳ないじゃんねぇ。喉乾いたからお水を飲みにきたのぉ」



 不意に寝室の扉が開き、寝ぼけ眼のエドワードが顔を覗かせる。最近では晩酌にも付き合いが――たまにしか付き合ってくれないのだが、夜中に起きてくるとは珍しいことである。

 寝起き特有のフラフラとした足取りで台所に近寄り、食料保管庫で冷やしてある水の瓶を取り出す。キンキンに冷えた飲み水をコップに注いだエドワードは、それを一気に飲み干した。


 どうせ水を飲んだらとっとと寝るだろうと考え、ユフィーリアは料理本の頁に視線を落とす。すると、



「はい」


「?」



 唐突に、エドワードが何かを差し出してきた。


 顔を上げると、目の前に小さな箱が突き出された。いや、エドワードの手のひらが無駄に大きいがゆえの錯覚かもしれないが、とにかく小さな箱だった。クッキー1枚すら入らないような小さな箱に、可愛らしくリボンまで結ばれている。

 いきなりプレゼント箱を渡される理由に見当がつかなかった。もしかして見せびらかされているのだろうか。最近、上司の扱いが酷い気がする。



「何それ」


「マカロン」



 エドワードはぶっきらぼうに言う。



「明日、ていうかもう今日だけどぉ。バレンタインだしぃ」


「ショウ坊とハルにやれよ。喜ぶだろ」


「ショウちゃんとハルちゃんには別に作ったよぉ」


「じゃあアイゼ」


「アイゼにも作ったぁ」


「ふーん」



 ならばこれはユフィーリアに、ということなのだろう。


 エドワードの手のひらに乗せられた箱を受け取り、リボンを解く。中身は艶やかなマカロンが1粒だけ収められていた。ひび割れも見当たらず、焦茶色のそれは甘やかな香りを漂わせてくる。

 彼にしては随分と繊細なお菓子を作ったものである。いつもだったら馬鹿みたいに巨大なクッキーやカップケーキ、マフィンなどの焼き菓子が多いのだが、こんな繊細なお菓子も作れるとは成長を感じられた。


 ユフィーリアはマカロンの収まった小さな箱の蓋を閉めると、



「ありがとう、あとで食うわ」



 そう言って脇に避けた小さな箱を、エドワードは何も言わずに回収する。

 何がしたいのかと思えば、彼は小さな箱を開けてマカロンを指で摘んだ。焦茶色のマカロンを、ユフィーリアの鼻先に突きつけてくる。


 エドワードの銀灰色の双眸が、真っ直ぐにユフィーリアを見据えていた。



「はい、あーん」


「いやだから、あとで食うから」


「ダメ、今」


「何なんだよ……」



 エドワードの意図が読めず、ユフィーリアは言われるがままに口を開ける。その口の中に、エドワードがマカロンを押し込んできた。

 目一杯に口を開いたはずだが、エドワード手製のマカロンは1口で頬張るには大きかった。口から何とかこぼれそうになるマカロンの欠片を摘み、半分だけをまずは咀嚼する。


 中身に詰め込まれていたのは、苦味のあるチョコレートクリームだった。ユフィーリアの苦手とする甘さは極力抑えられており、舌触りのいいクリームとさっくりとしたマカロン生地の相性が抜群である。



「ん、美味。マカロン生地にココアが練り込まれてるのか、程よい甘さがちょうどいいな」


「うん」


「あとクリームも滑らかでいいな。変に硬くもねえし、甘さもしつこくなくていい。葡萄酒に合いそうだな」


「そっかぁ」



 ユフィーリアがマカロンを食べ終わるまでじっと眺めていたエドワードは、マカロンを完食する姿を見届けるなり用事は済んだと言わんばかりに背を向けた。



「じゃあ、俺ちゃん寝るねぇ」


「おう、マカロンありがとうな」


「ん」



 寝室に消えていくエドワードの背中を見送り、ユフィーリアは火酒をちびりと舐めた。



「何だったんだ、あいつ」



 腹の中に収まったばかりのマカロンが持つ意味を知らないユフィーリアは、再び料理本の頁に視線を落とすのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】バレンタインに向けてとある少女を応援する為に作戦を練っているところ。恋のキューピッドは楽しいなぁ。

【エドワード】獣人が異性に手ずから食事やお菓子を与える意味を、おそらくこの魔女は知らないだろう。

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