第104章第4話【問題用務員とバレンタイン】
時間は少し遡る。
「明日はバレンタインかぁ」
「花はいらねえからな」
「あげる訳ないでしょ」
創設者会議も終わり、会議室からゾロゾロと出てきた七魔法王たちの話題は、明日に控えたバレンタインについてだった。
バレンタインといえば、浮かれた男子が意中の女子に花束を渡して振られる日である。結ばれて恋人同士になる連中もいるが、大半が花束を片手に床で四つん這いになって落ち込んでいる男子であった。可哀想な奴らだ。
かくいうユフィーリアも、例年通りに行けば何をとち狂ったのか花束を握りしめて決めポーズつきで渡してくる馬鹿どもが多いので、いつもより多めに尻へ氷柱を叩き込むことになりそうである。アイゼルネも明日がバレンタインだと気づくや否や、ぶっとい針で素振りをし始めた。
グローリアは呆れたような口調で、
「大体、僕が君にあげたらショウ君からの報復が怖いよ」
「何してくるか分からねえもんな」
ユフィーリアも苦笑する。
最愛の嫁であり異世界出身のショウのことである、きっと異世界知識を駆使して何かしらをしてくるに違いない。主にユフィーリアへ花束を渡した不届者の処理と、自分が最愛の旦那様に渡す最高のプレゼントの両方で。
ならば今年は旦那様として、嫁に花束でも用意すべきだろうか。彼なら花束よりも甘いものの方が好みそうである。いっそ綺麗に飾りつけたホールケーキでも焼いてやるべきか。
すると、
「わんわんわんわんわんわんわんわん!!」
「あ?」
「え、何?」
七魔法王全員の耳に突き刺さったのは、小型犬の鳴き声である。そしてスカイが「ばーくしょい!!」と盛大にくしゃみをし始めたので、動物が近づいてきているのが嫌でも分かった。
見れば、廊下の奥から小さな犬がチャカチャカと足を一生懸命に動かして駆け寄ってくるではないか。グローリアの姿を認めるなり「わんわんわんわんわん!!」と喧しく騒ぎ立てて、彼の足元をぐるぐると駆け回る。
グローリアは小さな犬を見下ろすと、
「あれ、チェン先生じゃないか。そんなに騒いでどうしたの?」
「え? チェンって生活魔法の?」
ユフィーリアは首を傾げる。
生活魔法で調理部門を担当しているチェン・フェンウェイは、歴とした人間の女性だったような記憶がある。決して犬に変身して調理魔法を教えるような阿呆ではなかった。
わんわんと未だに騒がしいので、ユフィーリアはグローリアの足元を駆け回る小さな犬に注視した。動物言語学を駆使して彼女の言葉を翻訳する。
「わんわんわんわん!!」(問題児が調理室を占拠しました!!)
翻訳しなきゃよかったな、と今思った。
「ユフィーリア?」
「知らねえ、アタシは何も知らねえ!!」
グローリアに疑いの眼差しを向けられ、ユフィーリアは首を横に振って否定した。
「大体、アタシにはアリバイがあるだろうが!! 今まで創設者会議に参加してたってのに、どうやって調理室の占拠が出来るんだよ!?」
「遠隔で問題児の男子組に指示を出したんじゃないの?」
「やる訳ねえだろ!! アタシが何も言わなくてもあいつらなら自主的にやりかねねえわ!!」
何でもかんでも疑うのは甚だ遺憾だが、普段から疑われるような真似をしているのが悪いのである。問題児の悲しき運命であった。
ただ、今回の調理室占拠事件に関しては無関係である。ユフィーリアだってちゃんと「大人しくしてろよ」と言い含めてから出かけてきたのだ。調理室占拠など幾度となく引き起こしているので問題児にかかれば簡単だが、今回ばかりは占拠する理由がない。
それも、わざわざ生徒や教職員を動物に変えるなんて真似は面倒である。もしユフィーリアが占拠するのだったら魔法で強制的に転移させてから鍵をかけ、ゆっくりと設備を利用してやる所存だ。魔法が使えるのだから動物に変身させること以外にも方法はある。
「とにかくユフィーリアは一緒に来て。他は解散でいいや」
「お任せします」
「部下の不始末は上司の責任!!」
「上司を見捨てる部下だから知らん」
「いいから来るんだよ!!」
「ぎゃー襟首を掴むな離せえええ!!」
グローリアに首根っこを掴まれ、ユフィーリアは問答無用で調理室に連行された。
☆
そんな訳で、調理室である。
「何でこんなことをしたの」
「カップケーキを焼こうとすると爆発するから、調理室から問題ないかと思ってぇ」
「父さんの呪いが……」
「美味しいカップケーキが出来たよ!!」
「反省の色が見えないね!?」
案の定、問題児男子組が自主的に調理室を占拠したようで、グローリアがお説教をしていた。
ちなみに占拠した方法は、ユフィーリアが以前に調合に失敗した魔法薬『ランダムに動物に変身してしまうお薬』を燻して使用したらしい。本当に馬鹿なことをする連中である。
ユフィーリアは正座をしたまま反省の色を見せないエドワード、ハルア、ショウに視線をやり、
「何でこんなことしたんだ?」
「明日がバレンタインで、ショウちゃんがユーリにお菓子を作りたかったんだってぇ」
「エドさん、何で言っちゃうんですかぁ!!」
エドワードに目的をバラされたショウが、泣きそうな表情で屈強な先輩用務員をポカポカと叩いていた。可愛い兄弟喧嘩である。
「バレンタインといえば花束じゃないのかしラ♪ 毎年、とち狂った男の子たちからおねーさんやユーリ宛に花束が届くから困っちゃうのよネ♪」
「は? 聞いてませんが?」
「おいアイゼ、余計なことを言うな。大変なことになるだろうが」
アイゼルネの失言に、ショウの夕焼け空の如き赤色の瞳が洞窟のような闇を帯び始める。これは確実に「最愛の旦那様に花束を渡してきた阿呆をどう処理してくれよう」という思考回路に陥っていた。
幸いにもバレンタインは明日なので、ユフィーリアやアイゼルネの元にはとち狂った男子からの花束は届いていない。明日も来なければ血を見ないで済む。
ユフィーリアは無理やり話題を変えると、
「何でバレンタインにお菓子なんだよ」
「異世界のバレンタインは女子から好きな男子にチョコレートを渡す文化なんだ。どうせなら意味のあるお菓子にしてユフィーリアに渡したかったのだが……」
ショウは表情を暗くして、
「……父さんの呪いのせいなのか、カップケーキを焼こうと思ったら爆発して」
「ショウちゃんが生地を作ったものを焼いたら爆発するんだよぉ」
「不思議だね!!」
「まさか特級呪物を生成してる訳じゃねえよな?」
丹精込めて生地を作ったものを焼いたら爆発したなど、もはや特級呪物の類ではなかろうか。ちょっと危険な代物だが、嫁からの愛情が込められていると思えば身体にも悪影響はないだろうか。
ショウが「これがそのカップケーキだ」と言い、ユフィーリアに綺麗にデコレーションされたカップケーキを差し出した。狐色に焼かれたカップケーキは非常に美味しそうで、デコレーションの出来栄えも完璧である。
見たところ、呪いを帯びた部分は見当たらない。絶死の魔眼でも感知できないので、おそらく爆発してしまったのはたまたまなのかもしれなかった。
ユフィーリアはカップケーキを受け取ると、
「美味そうじゃん。よく出来たな、ショウ坊」
「ユフィーリア……!!」
表情を明るくさせるショウに、グローリアが「いい雰囲気にさせないからね」と厳しく言う。
「調理室を占拠したのは悪いことなんだから、ちゃんと反省して!!」
「ぷん」
「ぷーん」
「ぷん!!」
「可愛く頬を膨らませても無駄なんだよ!!!!」
頬を膨らませて反省する素振りを見せないエドワード、ハルア、ショウにグローリアの怒号が叩きつけられる。説教は長引きそうだった。
ユフィーリアはカップケーキに齧り付きながら、異世界のバレンタイン文化について考えていた。
異世界では逆で、女性から男性にチョコレートなどのお菓子を渡して想いを伝えるらしいのだ。なるほど、この異世界文化は使えるかもしれない。
ユフィーリアの脳裏に思い描いたのは、とある少女の顔だった。
「いいこと考えた」
「悪魔みたいヨ♪」
アイゼルネに余計なことを言われたが、ユフィーリアは気にせず最愛の嫁から贈られたカップケーキを完食するのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】毎年バレンタインに届く花束に辟易する。今年はとんでもねーことになりそう。
【アイゼルネ】今年はお尻にお注射だわ、楽しみ♪
【グローリア】とち狂った男子生徒から花束を渡されたことがある。
【エドワード】とち狂った男子生徒から花束を渡されたことがある。何でだよ。
【ハルア】用務員のみんなには毎年中庭で積んだお花を渡してる。今年は何かいいお花あるかな。
【ショウ】カップケーキを作ろうとしたら呪詛を込めすぎて爆発してたらしい。