第104章第3話【異世界少年と調理室占拠】
そんな訳で、やってきたのは調理室である。
「ここは設備も食材も充実してるからねぇ」
「なるほど!!」
「さすがエドさん、ユフィーリア譲りの問題児根性」
「褒めてる?」
これ以上はさすがに用務員室の台所が汚れる心配をしたのだろう、エドワードが未成年組を連れてきた先は調理室だ。
調理室は生活魔法『調理魔法』などを学ぶ為の教室である。今は誰かが授業をしているようで、扉越しに少女たちの姦しい声が響き渡ってくる。今から潜り込むのは危険度が高すぎる。
どうするのかと思えば、エドワードがハルアに手を突き出した。
「ハルちゃん、ユーリが作った魔法薬の失敗作を出してぇ」
「あい」
ハルアは真っ黒なツナギに数え切れないほど縫い付けられたポケットを漁り、何か茶色い瓶を引っ張り出した。
中身は錠剤である。見た目は風邪薬か胃薬のようであったが、果たして何の効果を持つ魔法薬なのか。エドワードが言うには『ユフィーリアが作った魔法薬の失敗作』らしいが。
エドワードは自分の手のひらの上に錠剤を何個か転がすと、それをバキバキと握り潰して粉状にした。
「それで燻しますぅ」
「素手ですか?」
「俺ちゃんの手のひら、あんま熱とか感じにくいからぁ」
粉状にした錠剤に、エドワードは煙草を吸う際に使うと言うライターで火を灯した。粉々になった錠剤に火がつけられ、白い煙がもくもくと立ち上る。
その燃える粉末を、調理室の扉を少しだけ開けて煙を送り込んだ。パタパタと空いている手のひらを団扇の代わりにする徹底ぶりである。手のひらで燃える粉末を受け続けられるエドワードの頑丈さに、ショウは密かに感動した。
やがて、賑やかだった調理室が別の意味での騒がしさを見せ始める。
「ぎゃー、何これ!!」
「ちょっと待っていやああああ!!」
「にゃー!!」
「こけーッ」
「わんわんわん!!」
人間たちの悲鳴から動物特有の鳴き声に変わる。
そっと扉を開いて調理室を確認すると、何と生徒や教員の姿がもれなく犬や猫や鶏などの姿に変わっていた。完全に姿はランダムな動物の姿になっており、わんわんにゃーにゃーこけこっこーと喧しい声が教室中に響き渡る。
その様子を確認したショウは、この状況を作り出した先輩たちに視線をやった。
「何の魔法薬の失敗作なんですか?」
「動物に変身する魔法薬だよぉ。完全にランダムな動物に変身するから失敗作なのぉ」
エドワードは「本当は指定した動物に変身できる魔法薬を調合したつもりだったみたいだけどねぇ」と付け加える。なるほど、だから失敗作なのか。
ガラリと調理室の扉を開けると、教室内にいた動物たちが一斉に振り返った。動物特有の眼球が真っ直ぐにショウたち問題児男子組を射抜く。
問題児の仕業だと判断したのだろう。わんわんにゃーにゃーこけこっこーと途端にうるさくなる。察しの連中で困る。
エドワードは「うるさいよぉ」と言い、
「ショウちゃん、ハルちゃん。今のうちだよぉ。ここなら材料も揃ってるしやりたい放題できるよぉ」
「あの、この犬猫鶏たちはどうすれば?」
「うるさいようなら熱湯で煮るから大丈夫ぅ。犬と猫は首輪つけてしばらくお散歩させれば大人しくなるよぉ、元は人間だしぃ」
扱いがやはりユフィーリアそっくりであった。銀髪碧眼の問題児筆頭と長い時間を過ごしてきた、問題児の英才教育がいかんなく発揮されていた。
ショウとハルアは調理室の調理台を占拠した。調理室の隅にある食料保管庫を襲撃すると、数々の果物やデコレーション用のチョコレートや砂糖などが揃えられている。これなら豪華なカップケーキが作れそうである。
肝心のケークパウダーは戸棚にしまわれていた。業務用のケークパウダーの袋が並んでいるので、いくら失敗してもよさそうである。台所も居住区画のものを使うと躊躇いはあるが、ヴァラール魔法学院の設備だったら遠慮なく汚せる。
ショウが戸棚からケークパウダーを取り出すと、
「ぎゃわんぎゃわん!!」
「わあ、うるさい」
ショウの足元でやたら汚い声で鳴き叫ぶ小さな犬が、チョロチョロと駆け回っていた。おそらく教員が動物に変身させられた姿だろう。威嚇の顔つきをしている。
うーうーと唸る小さな犬を抱きかかえると、ショウはヒョイと調理室の外に追い出した。そしてピシャンと調理室の扉を閉める。扉の向こうできゃんきゃんと喧しく騒ぎ立てる小さな犬は無視することにした。
ショウは調理室をぐるりと見渡すと、
「騒げば殺します。猫は皮を剥いで楽器に、鶏は今日の晩ご飯に、犬は首から下を地面に埋めて餓死させて化け物にしてやります。命が惜しければ黙っていてください」
「きゅーん……」
「くるるるる……」
それぞれの鳴き声を漏らして、動物に変身させられた生徒たちは黙った。それほどショウの声が真剣みを帯びていたのだ。
ショウは戸棚からケークパウダーと食用油を、食料保管庫から卵と牛乳をそれぞれ取り出す。まずはケークパウダーで生地作りだ。
三度目の正直と意気込んで気合を入れるが、ショウの手から「はい没収ねぇ」とエドワードがケークパウダーの袋を強奪していった。どうして取り上げられなければならないのか。
「ショウちゃんは爆発させるじゃんねぇ。カップケーキは俺ちゃんが焼くからぁ、ショウちゃんは豪華なデコレーションをお願いねぇ」
「みぃー……」
「そんな寂しそうな顔をしないのぉ」
カップケーキを二度にわたって爆発させた経験を踏まえられて、カップケーキだけはエドワードが作ることになってしまった。悲しい気持ちである。今だけは呪いが恨めしい。
しかし、3回も爆発させる訳にはいかないのだ。そろそろ本気で成功させないと学院長にバレてしまう。ここは先輩に任せるのが吉だろう。
ショウは「分かりました」と引き下がり、
「じゃあ果物でも切ってます」
「オレも!!」
「ハルさんは今すぐ包丁を置いてくれ」
「何でぇ!?」
包丁を逆手で握るハルアにど直球で包丁を置くように指示したショウは、食料保管庫にある数多くの果物を拝借するのだった。
☆
15分ほどでカップケーキが完成である。
「焼けたよぉ」
「わーい」
「わーい!!」
こんがり狐色に焼けたカップケーキを前に、ショウとハルアは飛びつかない勢いで喜びを露わにした。普通に美味しそうである。
さて、次はこのカップケーキをデコレーションしていく必要がある。幸いにもこの調理室にはそのようなデコレーションの材料がたくさんあったので、遠慮なく拝借することにした。
エドワードがカップケーキを焼いている間、ショウとハルアでデコレーション用の材料を準備済みである。クリームを泡立て、果物を切り、何か銀色の粒とか小さな星型のチョコレートとか色々と見つけておいたのだ。
エドワードはショウとハルアで準備した材料を見やり、
「火を使わなければ爆発はしないんだねぇ」
「心外ですが、今は黙って受け入れます。事実なので」
ショウは絞り袋に泡立てたばかりのクリームを詰めると、
「とりゃ」
「お、上手だねぇ」
器用にクリームをカップケーキの上に搾り出し、果物を散らしていく。現在の旬の果物として苺を選んだ。真っ赤で瑞々しい苺が、カップケーキを彩っていく。
仕上げに銀色の粒をおまけとして散らせば、デコレーションは完成だ。華やかなカップケーキが出来上がり、ショウは満足げに鼻を鳴らす。
同じくデコレーションに挑戦していたハルアのカップケーキを覗き込むと、
「ハルさん、アイシングの技術が本格的すぎないか」
「そうかな!?」
ハルアは何種類もアイシング用のペンを使用して、カップケーキにドラゴンの絵を描いていた。小さなドラゴンが翼を広げたような見た目のカップケーキはハルアにしか描けない代物である。
さすが問題児随一の器用さを誇る先輩である。こんな小さなカップケーキでさえ、彼はキャンバスの代わりに使ってしまうようだ。
エドワードは「急ぎなぁ」と急かし、
「終わったら撤収するよぉ。学院長にバレないうちに」
「誰にバレないって?」
嫌な声が聞こえてきた。
いつのまにやら調理室の扉が開け放たれており、ひょこりと黒髪紫眼の魔法使いが顔を覗かせる。にっこりと浮かべられた笑みが恐ろしい。
ショウたち問題児男子組の動きが止まる。今はまだ創設者会議の最中だと思ったが、もう終わったのだろうか。
学院長のグローリア・イーストエンドは、
「正座」
「はい」
「うっす」
「あい」
正座を命じられ、ショウたち問題児男子組は素直にその場で正座をするのだった。
《登場人物》
【ショウ】三度目の爆発を避けるために、今回はカップケーキを飾り付けするだけに留めた。包丁は使える。
【ハルア】包丁? ナイフじゃないの?
【エドワード】後輩がこれ以上カップケーキを爆発させて悲しい顔をさせない為に、自分がカップケーキを焼く役目を負った。