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第104章第2話【異世界少年とお料理教室】

 お風呂から引き上げられたところで事情説明である。



「何でお料理しようと思ったのぉ?」


「うぶぶぶぶぶぶ」



 エドワードに頬をぷにぷにと掴まれて、ショウの口は強制的に窄められる。そのおかげで言い訳さえも許されない状況にされた。



「台所に入っちゃダメじゃんねぇ」


「だってバレンタインだから……お菓子を作りたくて……」


「お菓子ぃ?」



 エドワードは首を傾げる。やはりこの世界には『バレンタインは男性から女性に花を贈る』という海外方式の文化が根付いているのだろう。


 そんな訳で、ショウはハルアにした時と同じように説明をした。異世界でのバレンタインというものは女性が意中の相手にチョコレートのお菓子を渡して好意を伝える日であることと、それに伴ってショウも最愛の旦那様であるユフィーリアに内緒でお菓子を渡そうとしたことを包み隠さず説明した。

 バレンタインの説明を聞いていくにつれて、エドワードの表情が徐々に曇っていく。特に『チョコレート』と聞いた辺りから嫌そうな表情になった。何でも食べることが出来るエドワードの唯一嫌いな食べ物が出てきたので嫌なのだろう。


 全部の説明を聞いてから、エドワードはゆっくりと口を開く。



「それってさぁ」


「はい」


「クッキーとかじゃダメぇ? 俺ちゃんチョコレート好きじゃないからさぁ」


「クッキーは他人に渡す時はダメです。『友達でいましょう』って意味になっちゃいます」



 ついでに渡すお菓子にも意味があることを伝えると、エドワードは「なるほどねぇ」と納得したように頷いた。



「そんでぇ、ショウちゃんはカップケーキを作ろうとして爆発しちゃった訳だぁ」


「うう……父さんだけにしか発現していない呪いだったのに……」



 ショウはしょんぼりと肩を落とす。


 料理のどこかの工程で必ず一度は爆発するのは、父親であるキクガの特権だった。「料理は苦手な訳だが」と公言して憚らず、また渋々料理に挑戦すれば何かしらが爆発するのはキクガだけだと信じていた。

 やはりそこは親子なのだろう。着実にショウにもその片鱗が出てきてしまっていた。これでは台所に立つことさえ永遠に叶わない。――まあ、ユフィーリアが料理上手なので叶わなくてもいいのだが。


 落ち込むショウの頭を撫でたエドワードは、



「まあ、安心しなよぉ。俺ちゃんがちゃんと監督しとくからぁ」


「お菓子作りを手伝ってくれるんですか?」


「可愛い後輩が頑張ろうとしてるんだからぁ、俺ちゃんも協力してあげなきゃじゃんねぇ」



 エドワードの頼もしすぎる発言に、ショウは表情をパァと輝かせる。

 この先輩のお菓子作りの腕前は信用できる。何せユフィーリアに次ぐ、いいや一部分はユフィーリアを凌ぐ料理の腕前を持っているのだ。お菓子作りの指南役として仰ぐのは最適である。


 ショウはエドワードの大きな手のひらにしがみつくと、



「よろしくお願いします、師匠!!」


「うーん、この素直さよぉ。後輩らしいねぇ」



 エドワードはハルアを見やると、



「ハルちゃんは作らないのぉ?」


「オレは食べる専門だよ!!」


「作りなさいよぉ、せっかくなんだしぃ」


「何で!? 誰にあげるの!?」



 キョトンとした表情を見せるハルアに、エドワードが「何言ってんのぉ」と呆れたように言う。



「リタちゃんがいるじゃんねぇ。お友達なんだからちゃんとあげなさいよぉ」


「リタに?」



 エドワードの言葉にハルアは悩む素振りを見せた。


 ショウは密かにエドワードへ尊敬の眼差しを送っていた。何と気の利いたことの出来る先輩なのだろう。

 未成年組の友人である1学年のリタ・アロットは、ハルアに好意を寄せている少女だ。ハルアにも恋心の自覚を持ってもらおうと今回の作戦を提案したのだろう。ついでに彼らが結ばれればショウとしても楽しいことこの上ない。


 先輩の隠れた意図をしっかり読んだショウは、



「そうだぞ、ハルさん。異世界にはお友達にも渡すお菓子として『友チョコ』と呼ばれる文化があるから、それに倣ったらいいと思う」


「そっか!! じゃあ渡そうかな!!」



 説得成功である。単純な先輩でよかった。



「んでぇ、ショウちゃんはカップケーキがいいのぉ?」


「『貴女は特別な人』という意味合いがあるので、カップケーキがいいかなと思います。あとマフィンとか」


「だからケークパウダーの袋があったんだねぇ」



 台所に開けられたまま放置されたケークパウダーの袋を見やり、エドワードが納得したように頷く。



「それならカップケーキに散らすトッピングとか決めたのぉ?」


「それはまだ……」


「じゃあ今の時期にピッタリな苺とかぁ、それこそチョコレートを使うべきじゃんねぇ。美味しく作ろうねぇ」



 エドワードはショウとハルアの背中を叩いて起立を促す。



「お片付けは悪いけど炎腕ちゃんたちに任せるとしてぇ、まずは生地作りからだねぇ」


「了解です」


「あいあい!!」



 飛び散ったカップケーキの残骸は炎腕たちに掃除してもらい、ショウとハルアはまず生地作りに移行する。


 ケークパウダー、卵、牛乳、それから少量の食用油を垂らす。それを泡立て器で丁寧にかき混ぜているところで、エドワードから「ダマにならないように気をつけなねぇ」と助言が飛んできた。

 粉っぽくならないように気をつけて混ぜていき、やがてボウルには黄色い生地が完成する。先程と同じく完璧な出来栄えだった。


 すると、エドワードがどこからかヘラを持ってくる。



「これで生地をカップの7分目まで入れてぇ、入れ終わったら落として空気を抜くんだよぉ」


「あ、さっきはやらなかったな」


「空気が入っちゃうと美味しくないからねぇ」



 エドワードの助言通り、ショウは慎重な手つきでヘラを使用して生地を紙製のカップに流し入れていく。7分目まで入れたところでカップが並べられた鉄板を持ち上げ、高めの位置から落とした。

 台所の台座の上に鉄板がぶつかり、カァン!! パァン!! という金属音を奏でる。鉄板に並べられた紙製のカップに注がれた生地は衝撃でならされていき、表面が平らになっていく。


 3回ぐらい落としたところで「はい、その辺でいいよぉ」とエドワードから止められる。



「はい、じゃあ次は焼いていこうねぇ」


「分かりました」



 ショウは首肯で返すと、



炎腕えんわん、いいか?」


「待ったぁ」


「え?」



 先程と同じように炎腕に頼もうとしたが、エドワードに止められてしまった。炎腕も不思議そうに手首を振っている。



「炎腕ちゃんに任せちゃうと火加減が出来なくて爆発するんでしょぉ。俺ちゃんがいるんだからオーブンを使うよぉ」


「ありがとうございます」



 どうやらエドワードがすでにオーブンの準備をしていてくれたらしい。薪がパキパキと焚かれており、熱されたオーブンの中に紙製のカップを並べた鉄板をそっと置く。鉄製の扉を閉ざせば、あとは焼くだけである。

 全部の流れは滞りなかった。どこにもおかしいところはなかった。これで美味しいカップケーキを焼ければ、最愛の旦那様にも喜んでもらえる。


 ワクワクとした気持ちでカップケーキが焼けるのを待っていたのだが、





 ――ぼがーん!!!!





 オーブンから爆発音が聞こえてきた。



「ええ!?」


「爆発だーッ!!」


「何で?」



 エドワードが慌てた様子でオーブンに飛びつき、中身を取り出す。

 何故かぷすぷすと黒煙を吹き出す真っ黒焦げなカップケーキが完成した。どうしてだろうか、今度はちゃんとエドワードの指示通りにやったのに。


 ショウは肩を落とすと、



「やはり呪いが……」


「大丈夫だってぇ、ショウちゃん。美味しいカップケーキは作れるからぁ」



 エドワードは真っ黒焦げになってしまったカップケーキを頬張り、



「よし、ここじゃ危ないから場所を移動しようかぁ。材料もあるしぃ」


「?」



 不思議そうに赤い目を瞬かせるショウに、エドワードがグッと親指を立ててきた。

《登場人物》


【ショウ】何で爆発するんだ!

【エドワード】問題児の料理番。肉料理に関していえば魔女さえ凌駕する。

【ハルア】基本的に食べる専門。調理器具を武器として使うため。

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