第103章第4話【問題用務員と迷宮化】
ツイと指を動かす。
「どう?」
「用務員室前が正面玄関と直結したぁ」
「凄え!!」
「空間構築魔法って便利ネ♪」
「わあ、凄い」
グローリアが指を動かすたびに、ヴァラール魔法学院の廊下が作り変わっていく。
いつもは目当ての教室が並んでいるはずなのに曲がり角を進んだら魔導書図書館の入り口が出てきたり、別の廊下を進んだら延々と道が続いていたりと学院内が迷路と化した。生徒たちは大混乱である。
遠くの方から聞こえてくる生徒たちの悲鳴に、グローリアは問題行動の成功を感じ取っていた。迷宮と化した校舎内にさぞ迷惑をしていることだろう。
用務員室の扉から様子を窺うショウとハルアは、キラキラと瞳を輝かせてグローリアへと振り返った。
「落とし穴とか作ったらどうかな!?」
「天井からお水がドバッと出てくる仕掛けとかも必要かもしれないぞ」
「お前ら、積極的に改造を提案してくるなぁ。やるけど」
グローリアが指先を指揮者のように振るうと、その動きに合わせて校舎内が作り変わっていく。
それまで道順がしっちゃかめっちゃかになるだけだったのに、床に落とし穴が突然開いたり、天井から滝の如き大量の水が降り注いできたりと仕掛けも盛りだくさんとなった。さらに生徒たちは混乱し、逃げ惑い、悲鳴を上げる。
これらの問題行動は学院長のユフィーリアを誘き出す為にやっているのだが、これはもしかして自分だけが怒られる結末にならないだろうか。学院長室をフリフリな様相に改造した時も、この4人は綺麗に敬礼をするや否や脱兎の如く逃げ出した訳である。
空間構築魔法を使用する手を止めたグローリアは、
「なあ、ショウ坊」
「何だ?」
「まさかとは思うけど、逃げねえよな?」
「逃げないが」
ショウはキョトンとした表情で応じる。
「学院長、じゃなかった。ユフィーリアは元の姿に戻りたいのだろう? それなら俺の協力は必要不可欠だと思うが」
「じゃあエドとハルとアイゼは見捨てる理由があるってことか」
「大丈夫だ、ユフィーリア。安心してくれ」
未だに信用しないグローリアに、ショウが胸をドンと叩きながら自信満々に言う。
「この時の為に炎腕がみんなの足にしがみついているぞ」
「うわ本当だ」
入り口付近に張り付くハルアの両足は、大量の炎腕が絡みついていた。脱走防止の為にここまでやる必要はあるのかと問いたくなるほどの多さである。
見れば、エドワードとアイゼルネの両足にも同じく炎腕が大量に絡みついていた。下手をすればホラーである。エドワードとアイゼルネも諦めたような表情をしており、逃げ出そうという素振りを見せない。
それなら安心かと判断した、その時である。
「ユフィーリア、君って魔女はあああああああああ!!!!」
怒号が背後から聞こえてきた。
嫌な予感を覚えたグローリアは、慌てて座っていた主任用務員用の執務椅子から転がり落ちる。その直後にパンと何かが破砕する音が鼓膜に突き刺さった。
窓から差し込む陽光を受けて煌めく、硝子の破片。雨のように室内に降り注ぐ破片と共に飛び込んできたのは、艶めいた柄が特徴的な箒に飛び乗った銀髪碧眼の魔女――ユフィーリアである。鬼のような形相で飛び込んできやがったのだ、用務員室の窓から。
その類稀な身体能力を駆使したダイナミックな『お邪魔します』に、グローリアは堪らず叫んでいた。
「何やってんだお前えええええええ!?!!」
「空間構築魔法を悪用して校舎内を作り替えないんだよ!! 何してるのさ、性懲りもなく!!」
人形のような美貌に怒りの感情を乗せて喚くユフィーリアに、グローリアは負けじと言い返した。
「アタシの身体だからって何やってもいいとは限らねえんだからな!?」
「いいでしょ、どうせこの世には回復魔法も治癒魔法もあるんだし!!」
「アタシの身体を解剖しようってんなら上等だ、お前のエロ本を作ってやるからな覚悟しておけ!! 題名は『僕の全部を見て……』とかにしてやる!!」
「それならショウ君の抜け毛を使って君との赤ん坊を作ってやるからな!!」
「馬鹿野郎!?!!」
底辺同士の言い争いが起きる中、ショウが夕焼け空によく似た赤い瞳を煌めかせて「来ましたね!!」と言う。
「ここで会ったが100年目、学院長お覚悟!!」
「わッ!?」
背後からショウが抱きついてきたことに、ユフィーリアが甲高い悲鳴を上げる。青い瞳を見開き、背中から腰に手を巻きつけてくるショウの顔を見つめている。
「ちょ、ショウ君何するの!?」
「元に戻す為に必要な手段です、我慢してください!!」
ショウはユフィーリアを抱えようとするのだが、あまりにも非力で持ち上がらなかった。最愛の嫁の努力はまだまだ身を結ばない様子である。
何とも言えない空気が流れ、ユフィーリアが申し訳なさそうな表情で「何か、ごめん……」と謝った。浮遊魔法でも使ってショウに配慮しようとするのだが、その前にショウは諦めてパッと離れた。
力なく笑ったショウは、
「ユフィーリアの身体がご立派すぎるがゆえに……」
「アタシのせいにするんじゃねえ、ショウ坊」
グローリアは悔しそうにするショウを一喝すると、
「ほら、元に戻すんだろ」
「え、元に戻せるの?」
ユフィーリアは青い瞳を瞬かせた。元に戻る方法がこんなにも早く見つかるとは想定外らしい。
ショウは咳払いをすると「お聞きしましょう」と宣言する。その姿はまるでいつぞやの魔法列車の事件を解決した名探偵のようであった。
異様な空気感を悟り、用務員室が静まり返る。遠くの方で生徒が悲鳴を上げる声だけが聞こえてきた。
「ユフィーリア、じゃない。学院長、昨日は何を食べましたか?」
「昨日? 確かエドワード君の当番でハンバーグ……あれ?」
ユフィーリアはそこまで言って、不思議そうに首を傾げた。
「あれ、何で普通にご飯食べてるんだろう。僕ならご飯を抜くか、携帯食料で済ませちゃうのにな」
「ユフィーリアの身体で不健康を起こす前に解決できてよかったです」
グローリア自身の乱れた食生活は有名だった。徹夜で魔法の研究や仕事は当たり前、食生活はぐちゃぐちゃに乱れている訳である。よく問題児もグローリアが倒れるのではないかと心配して無理やり食事を取らせるのだ。
それが、ユフィーリアはスラスラと昨日の夕飯の献立を言えたのだ。夕飯を抜くのは当たり前の学院長が、昨日の夕飯を食べたかのように語ったのはおかしい。
ショウはスッと両手を掲げて、
「これが元に戻る方法です」
そう言って、自分の手を思い切り叩いた。
――――パァン!!!!
柏手の音が用務員室に響き渡り、ユフィーリアとグローリアの鼓膜に痛いほど突き刺さった。鼓膜を震わせ、脳味噌を揺さぶるほどの轟音と言えた。
「うるせッ」
「ぎゃあ!?」
ユフィーリアは耳を塞いで顔を顰め、グローリアは柏手の音の大きさに驚いていた。
その直後に、2人揃って「あれ?」と言う。
元の姿に戻っていた。グローリアはユフィーリアに、ユフィーリアはグローリアの姿に戻っていた。頭を打ち付けることもなく、階段から落ちることもない。痛い思いをしたのはせいぜい鼓膜程度のものなので、被害と呼べるものはない。
こんなあっさり戻ったことに驚愕するユフィーリアとグローリアに、ショウは理由を説明し始める。
「おそらくですが、階段から落ちた拍子に暗示にかかってしまったのでしょう。脳味噌というのは未知の領域ですからね、きっと『入れ替わってしまった』と錯覚していたと思いますよ」
「え、入れ替わった訳じゃないってのか……?」
「学院長の身体にユフィーリアの精神が宿っていたとしたら、きっと今日の献立も楽々に思いついたことだろう。でも出来なかった。学院長がユフィーリアを演じていたのだから当然だと思う」
ショウは廊下を指差すと、
「学院長、呼び出す為とはいえ校舎内を混乱に陥れてしまって大変申し訳ございません。反省文でも何でも受けますので、校舎内を戻しておいてください」
「え、あ、うん……うん?」
ショウに言われ、グローリアは言われるがまま空間構築魔法を発動させて学院内を元に戻した。
こうして入れ替わり事件はあっさりと終わってしまった。
嵐のような事件だった、とユフィーリアは今日の出来事を心に刻んでおくのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】グローリアになる暗示がかかっていただけだった。
【グローリア】ユフィーリアになる暗示がかかっていただけだった。
【エドワード】これ逃げたらショウちゃんに殺されるんだろうなぁ。
【ハルア】諦めの境地!!
【アイゼルネ】ユフィーリアだけだったら見捨てられたかもしれないが、ショウが絡んでくると命の危機がある。
【ショウ】入れ替わりじゃなくて暗示かなって気づいた問題児随一の名探偵。