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第103章第3話【問題用務員と異変】

 結局、元に戻らないまま退散である。



「くそー、アタシの身体で徹夜したらぶち転がしてやるからな。ベッドに」


「ベッドにか」


「そりゃ当然だろ、アタシの身体だもん」



 グローリアは「チッ」と思い切り舌打ちをしながら言う。


 この姿のまま校舎内を彷徨えば、確実に勘違いする連中がいる。そうなったら面倒である。学院長としての責務や仕事を押し付けられるのはごめんだ。

 だが、転移魔法で移動するのは何か違う気がする。今はそういう気分ではないのだ。魔法にも使いたい気分と使いたくない気分がある。問題児筆頭とはそういうものである。


 少しだけ考えて、それから思いついた。そうだ、今はグローリアである。



「えいや」


「何してんのぉ、学院長。いや違う、これユーリだったっけぇ」


「紛らわしい!!」


「間違えちゃうワ♪」


「ユフィーリアが学院長……ユフィーリアが学院長……ユフィーリアが学院長……」



 グローリアがパチンと指を鳴らすと、問題児4人はあからさまに混乱した。ショウは必死に『ユフィーリアとグローリアが入れ替わった』という事実を理解しようとしていた。涙ぐましい努力である。


 魔法を発動させたグローリアは、何事もなかったかのように廊下を歩き出す。適当な場所で角を曲がると、見覚えのある用務員室の扉が見えた。空間構築魔法で学院長室と用務員室の廊下を繋げれば便利なことに気がついた。

 空間構築魔法は素晴らしい魔法だ。さすが空間把握能力に長けた学院長である。ヴァラール魔法学院の中心に位置する学院長室から遠く離れた用務員室まで道を繋げるのが、こんなにも簡単に出来てしまうとは最高と言わざるを得ない。


 鼻歌混じりで扉を開けようとしたが、ガチャンと鍵がかかっていることを思い出した。



「そういや誰もいなくなったら施錠魔法が勝手にかかるようにしてるのをすっかり忘れてた」


「ボケたぁ?」


「殴るぞ、エド」


「今の学院長……じゃなかった、ユーリに殴られても痛くも痒くもないもんねぇ」


「元の姿に戻ったら覚えておけ」



 軽口を叩いてくるエドワードを睨みつけ、グローリアは扉の鍵を魔法で解除するべく右手を軽く振った。


 何も起きなかった。

 何でだ。



「あれ?」


「開かないねぇ」


「開かないね!!」


「あらマ♪」


「学院長、じゃなかった。ユフィーリア、大丈夫か?」



 魔法で扉の鍵を解除したはずなのに開かない用務員室の扉に、グローリアは首を傾げた。どうして開かないのか。



「あ、そういや防犯目的で用務員の連中じゃないと開けられないようにしてたわ。魔力の波を見分ける魔法も仕込んでた」


「それが原因じゃんねぇ」


「アタシの身体じゃねえからすっかり忘れてたんだよ」



 責めるような口振りのエドワードの脇腹を小突き、グローリアは代わりに「アイゼ、悪いけど開けてくれ」と依頼する。アイゼルネは用務員として勤務しているので、難なく用務員室の扉を開けることが出来た。

 防犯の観点から、施錠魔法だけでは不安ということもあって特定の人物が魔法を解除しなければ開かない仕様にしたことをすっかり失念していた訳である。今はグローリアの身体だから解錠魔法を使用しても開かないのは当然のことだ。自分の身体ではないことが不便極まりない。


 ようやく用務員室に帰ってくることが出来たグローリアは、隅に置かれた長椅子ソファにどっかりと身を横たえる。



「あー、疲れた。全身も痛いし」


「何したの!?」


「元に戻る為に頭突きとかやったしなぁ」



 ハルアが全力で「よすよすよすよすよす」と撫でてくるのを頭で受け止めてあげながら、グローリアはため息を吐いた。


 全身が痛いし、頭突きを繰り返した頭も痛い。それでも戻らないのだから仕方がないのだ。時間が解決してくれるかもしれない。

 こんなことになるのだったら学院長に問題行動など仕掛けなければよかった。どうせだったら常に植物園でサボっている八雲夕凪辺りを標的にしておけばよかったかもしれない。今日は運がない日である。


 そんな時、エドワードから「学、じゃない。ユーリぃ」と呼ばれる。相変わらず学院長と呼ばれそうになる。



「今日の夕飯はどうするのぉ? ユーリの当番じゃんねぇ」


「あれ、そうだったっけ。悪い、忘れてた」



 グローリアは横たわっていた長椅子から身を起こす。夕飯当番はエドワードと交代制であり、用務員室には未だに食育を施しているリリアンティアがやってくるのだ。夕飯は非常に重要である。

 今日の献立はどうするかと頭を悩ませる。そういえば、昨日は何を食べただろうか。昨日の献立と被ることはさすがに料理上手の問題児からすれば許されることではない。


 ――おかしい、昨日の献立が思い出せない。



「なあ、エド」


「何よぉ」


「昨日って何食ったっけ?」


「ええ?」



 エドワードは訝しんだ表情を見せ、



「昨日はハンバーグを作ったじゃんねぇ。覚えてないのぉ?」


「頭をぶつけた拍子に記憶がすっかり抜け落ちてんのかな。ハンバーグな、ハンバーグ」



 グローリアは「じゃあハンバーグ以外で……」と献立を考えるが、おかしなことに全く献立が思いつかない。いつもだったら即座に思いつくはずなのに、どうしてか料理の内容が微塵も頭に入ってこない。

 それどころか空腹感もないのだ。「夕飯は食べなくていいか、腹減らねえし」なんて頭の片隅では考える始末である。それではダメなのだ、こちとら腹ペコ問題児を抱えているのだから。


 頭を抱えて本日の献立をうんうんと悩むグローリアに異変を感じ取ったのか、未成年組のショウとハルアが不安そうな眼差しを向けてきた。



「どうしたんだ、学院長――じゃなかった、ユフィーリア?」


「思いつかないの!?」


「どうしようまずい何も思いつかない!!」



 グローリアは必死の形相で叫ぶと、



「それどころか『今日は何も食わなくていいかな』なんて考えてるぞ!? どうなってんだアタシの脳味噌、しっかりしろォ!!」


「夕飯抜きなんてそんなことある!?」


「本当に学院長みたいなことを言わないでくれ、ユフィーリア!?」


「まずいよ本当に!! ちょ、待て待て待て。考える考える考える。料理本を片っ端から読んで考えるから待て!!」



 この状況を打開するべく、グローリアは用務員室の本棚に詰め込まれた料理本を片っ端から引き摺り出す。昨日の献立はハンバーグだから今日は別のものをと考える。


 一方で、問題児4人は用務員室の隅に集まってひそひそと話し合っていた。「あれは……」「ちょっとおかしいよねぇ……」「だよね……」「もしかして……」なんて会話が聞こえてきたが、グローリアの意識にまでは届かない。

 料理本の頁を捲るも、内容が驚くほど頭に入ってこない。いつもだったらこんなことはないのに。やはり学院長の身体は家事をするのには不便極まりない。


 すると、



「ユフィーリア」


「何だ、ショウ坊。悪いけどちょっとあとに」


「元に戻る方法を思いついたぞ」


「え?」



 グローリアは顔を上げる。目の前には朗らかな笑みを浮かべたショウが立っていた。何故かその笑顔に恐怖心を感じた。



「どんな方法?」


「まずは学院長を呼び出さないと」


「グローリアを呼び出すのか……」



 ユフィーリアを呼び出すならば怒られることは必至である。本日二度目の説教はご遠慮願いたいが、ショウに「元に戻るには仕方ないことだ」と念押しされてしまった。最愛の嫁にここまで言われれば折れてしまう。



「分かった。じゃあどうすっか」


「今ならば便利な魔法で問題行動を起こせるではないか」


「いや便利な魔法はたくさんあるけど……」



 困惑気味にグローリアが言えば、ショウは満面の笑みでこう答えた。



「空間構築魔法があるだろう? あれで学院をめちゃくちゃな迷路状態にすれば、さすがに学院長も用務員室に来てくれるはずだ」

《登場人物》


【グローリア】よく夕飯は抜く。仕事に没頭しすぎが原因。

【エドワード】昨日の夕飯当番。肉料理が得意なのでハンバーグを作りました。

【ハルア】いつもだったらあっという間に献立を思いつくはずなのにね!!

【アイゼルネ】上司の姿が学院長になってしまったので、ちょっと混乱。

【ショウ】ひたすら暗示をかけている。

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