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第103章第2話【問題用務員、騙す】

 頭突きをしても戻らなかった。



「痛え……」


「それは僕の台詞だよ……」



 互いに額を押さえて呻くグローリアとユフィーリア。2人の額にはちょっと大きめのたんこぶまで出来ていた。


 あれから痛みを堪えながら何度か頭突きを繰り返したものだが、一向に元の身体に戻る気配がない。さすがに痛みに強い身体を持っているユフィーリアでも根を上げたほどだ。

 もうあとは階段から一緒に転げ落ちるしか方法はなさそうだが、頭をゴツゴツと互いにぶつけすぎてもはや我慢が限界である。別の方法を考える他はない。


 グローリアは拳を掲げて、



「互いにクロスカウンターで殴り合う?」


「頭突きよりも暴力的になってない?」



 ユフィーリアはジト目でグローリアを睨みつけると、



「僕の身体なんだから大事にしてよ」


「回復魔法と治癒魔法って便利な魔法だよな」


「何をする気!?」



 ユフィーリアは目を剥いた。


 世の中には回復魔法も治癒魔法も存在するので、多少の怪我や病気は一瞬で治ってしまうのが常だ。ヴァラール魔法学院にも優秀な保健医のリリアンティアがいるので何事もなかったかのように治るだろう。

 そんなもので、階段から落ちて骨折とかしても問題はない。痛みに耐えればいいだけだ。死ぬのではないのだから大丈夫。


 グローリアが無理やりにでも階段から突き落とすかと悪どいことを考えていた、その時である。



「ユーリぃ、まだお説教されてるのぉ?」


「何でここに階段が!?」


「あら、2人ともどうしたノ♪」


「ユフィーリアと乳繰り合ってるんじゃないですよ、学院長。燃やされたいですか」



 逃げたはずの問題児4人が、何事もなかったかのように戻ってきた。一応は上司を心配した様子である。


 ユフィーリアが事情を説明しようと口を開くが、グローリアがユフィーリアの口を手で塞いで黙らせた。青い瞳がこちらに投げかけられて「何するの?」と訴えてくる。

 彼らは上司を裏切った馬鹿タレだ。そろそろお灸を据えてもいい頃合いである。この状況を利用して痛い目を見てもらおうではないか。


 グローリアは柳眉を寄せるユフィーリアの脇腹を小突き、



「お前、アタシの振りをしてあいつらをぶん殴ってこい」


「そんなことすればやり返されるでしょ」


「何言ってんだ。今のお前はユフィーリア・エイクトベルだぞ。殴ったところで目を白黒させるぐらいだろ」



 悪い笑みを見せたグローリアは、



「お前も問題児に説教をしたかったんじゃねえのか? アタシはここにいるが、あいつらはアタシを犠牲にして逃げやがったからな。のこのこ戻ってきた今が絶好の機会って訳よ」


「なるほど、そういう考えもあるか」



 ユフィーリアも納得したように頷いた。


 軽めの作戦会議を終えたと同時に、問題児4人が何の疑問も持つことなくユフィーリアに「大丈夫ぅ?」「何かあったの!?」などと事情を聞く。彼らが気づいている風には見えない。

 自然な様子でスッと立ち上がったユフィーリアは、まず手始めに付き合いの長いエドワードへ回し蹴りを叩き込んだ。その回し蹴りはあまりにも強烈だったようで、見上げるほどの巨体を呆気なく吹き飛ばす。壁に背中から叩きつけられたエドワードの痛みに喘ぐ呻き声が耳朶に触れた。


 いきなりエドワードへ回し蹴りを叩き込んだユフィーリアに、残った問題児3名は目を白黒させる。



「ユーリ!?」


「回し蹴りはやりすぎじゃないかしラ♪」


「エドさん潰れちゃったぞ、ユフィーリア!?」



 異論を叫ぶハルア、アイゼルネ、ショウの3人にユフィーリアは「いい度胸だね」と言う。



「学院長室をメルヘンチックに改装した罪は重いよ!! ちゃんと反省しなさい!!」


「その口調は学院長!?」


「何でユフィーリアの姿になってるんですか!?」


「事情はあとで説明するけど、今はお説教と逃げた罰が先だよ!!」



 逃げようと身を翻したハルア、アイゼルネ、ショウの3人だったが、突如としてビタリと動きを止めた。

 彼らの表情は焦っている。明らかに逃げたくても逃げられないと言わんばかりの状況だった。もちろん、そんな状況を作り出したのはグローリアである。種明かしをして問題児が逃げる前に先手を打ったのだ。


 題名のない真っ白な魔導書を広げて時間停止魔法を行使したグローリアは、朗らかに微笑んで問題児たちに呼びかける。



「お前ら、上司を見捨てるなんてアタシはとても悲しいよ。たっぷり蹴飛ばしてもらえ」


「何で学院長がユーリの口調で!?」


「も、もしかしてこれ、入れ替わりでは」


「頑張れ」



 時間停止魔法を解除した直後、ユフィーリアが得意とする氷の魔法によって作られた氷塊が彼らの頭上に降り注いだ。



 ☆



 そんな訳で、問題児5人揃ってメルヘンチックな学院長室に集合である。



「全く、どうしてこんなことをするかな」


「生徒たちから人気を獲得しようと思って」


「喧しいよ!! 余計なお世話だよ!!」



 怒声を上げるユフィーリアに、グローリアがへらへらとした調子で「悪かったって」と謝る。一方で、同じように正座をさせられている問題児4人に関して言えば、どこか混乱している様子だった。



「ほら、とっとと元の学院長室に戻して」


「何でだよ。お前やれよ」


「君の方が空間構築魔法が上手いでしょ、僕の身体なんだから」


「それもそうか」



 納得したように頷いたグローリアは、軽く右手を振る。


 すると、メルヘンチックに改装された学院長室が、時間が巻き戻るように元の内装に変わっていく。重厚な印象を与える豪華な調度品、魔導書がたくさん詰め込まれた本棚、照明器具も絢爛豪華な見た目に合ったものに変わる。

 空間構築魔法がこうも思い通りになるとは楽しいものである。ユフィーリアだったら完成予想図を出してから空間構築魔法が始まるので、手間がかかるっちゃかかるのだ。



「あの」



 そこで、今まで黙っていたショウがおずおずと挙手した。



「本当に入れ替わっているんですか? ユフィーリアと学院長が?」


「入れ替わってるよ」


「おう、入れ替わってる」



 グローリアとユフィーリアはほぼ同時に頷いた。



「何度も頭突きしたんだけど元に戻らなくてな」


「ユフィーリアの身体に学院長の精神が入ったらまずいな」



 ショウはひっそりと顔を顰めて、頭頂部を手のひらでさすった。そこは先程、ユフィーリアが発動した氷の魔法を食らった箇所である。


 ユフィーリアの身体能力は卓抜している。一般的な魔女と比べると、群を抜いて身体能力が高いし筋力もある。仲間の問題児を相手にしていた時は多少の手加減を心がけていたが、中身が違う人物の精神が宿ってしまったら手加減などしない訳である。

 手加減をしなかったからエドワードは壁に衝突して伸びたし、ハルアもアイゼルネもショウも痛い目に遭った。元に戻らない限りは問題児に平穏が訪れることはない。


 ユフィーリアは「ふーん」と言い、



「じゃあしばらくは元に戻らなくてもいいかもね。君たちの抑止力になりそうだし」


「分かった、じゃあお前の写真集を発売しておくな。どこまで発刊できるかな」


「止めてよ、何する気なの!?」



 しれっとそんなことを言うグローリアに、ユフィーリアが掴みかかった。右に左に容赦なく揺さぶられてもグローリアは「あははははは」とへらへらと笑っている。



「もう、これで終わりにしてあげるから大人しくしてて」


「あれ、お前その格好で仕事するの? 混乱されるから止めてほしいんだけど」


「僕は君みたいに暇じゃないんだよ。というか、君にもちゃんと仕事をしてほしいんだけど?」


「嫌です」


「仕事をしろ」


「嫌です」



 ユフィーリアが拳を掲げたので、グローリアは慌てて学院長室を飛び出した。手加減なしで殴られたら洒落にならないのだ。

《登場人物》


【グローリア】中身ユフィーリア。考えることはいつだって悪い問題児。

【ユフィーリア】中身グローリア。なるほど、問題児の考えも一理あると納得。


【エドワード】蹴られた腹が痛い。

【ハルア】今の状態で戦ったらユーリに勝てるかな!?

【アイゼルネ】すっかり騙されちゃった。

【ショウ】最愛の旦那様に学院長の精神が宿ってしまった、なんてことだ。

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