第103章第1話【問題用務員と入れ替わり】
タイトル:アタシが君で、僕がお前!?〜問題用務員、入れ替わり事件〜
学院長室を可愛くフリフリに模様替えである。
「前は用務員室でやっちゃったからな。今回は学院長室でやってやろう」
「壁の飾り付け終わったよぉ」
「カーテン可愛いね!!」
「おリボンもつけちゃいましょうネ♪」
「どんどん可愛い仕様にされていく」
問題児5名は協力して学院長室を改装していた。空間構築魔法も駆使して壁紙を白とピンクに変更し、天井から吊り下がった照明器具も女の子が好みそうなメルヘンチックな仕様にしている。カーテンや窓の形もおとぎ話のお姫様が好きそうなものに変更しておいた。
さらに調度品も可愛いものが勢揃いである。レースが縫い付けられた立派な長椅子、白を基調とした机、本棚には小さめの熊の人形なんて飾って可愛らしく彩る。隅に置かれた戸棚に関しては見た目の色を変更しただけに留め、中身は手を加えていない。十分メルヘンだからだ。
銀髪碧眼の魔女、ユフィーリア・エイクトベルは変わり果てた学院長室を眺めて満足げに頷く。
「よし、これで完璧」
「何が完璧なの?」
「ほら見てみろよ、学院長室がこんなに乙女チックになっちまって。こりゃ女子生徒たちからの評判も鰻登り――」
ユフィーリアははたと気がついた。
今、誰と会話をしたのだろうか。
冷や汗が背中を伝い落ちると同時に、ポンとユフィーリアの肩に手が乗せられた。見覚えのある手である。問題児の仲間たちの手ではない。
「ユフィーリア?」
「よ、よう、グローリア。お早いお帰りで……」
背後に佇んでいたのは学院長のグローリア・イーストエンドだった。その中性的な顔立ちにはとびきりの笑顔を浮かべており、その笑顔が妙に恐ろしい。
ユフィーリアは問題児の仲間たちに視線だけで助けを求めるが、すでに肩を掴まれて囚われているユフィーリアを助けるつもりは毛頭ないらしい。彼らは全員キリッとした表情で敬礼した途端、弾かれたように一斉に学院長室を飛び出した。
最近、こうやって裏切られることが多くなったのは気のせいだろうか。泣きたくなってくる。
諦めたように笑ったユフィーリアは、
「誰がこんなところで捕まるかってんだ!!」
「あだぁッ」
背後に立つグローリアの足の甲を思い切り踏みつけ、肩を掴んでいた腕を振り払う。拘束は最も簡単に解け、ユフィーリアは学院長室を飛び出そうとした。
しかし、部屋を出ようとするとビタリと足が止まってしまった。まるで時間を止められたかのような感覚である。時間を操る魔法を使ってまで引き止めようという魂胆か。
ユフィーリアは舌打ちをすると、
「浅いんだよ!! 〈魔力看破〉!!」
「時間停止魔法を魔力看破!? このッ、魔法の天才様は厄介だなぁ!!」
「ふははははは、何度も使われてりゃ学ぶわボケェ!!」
グローリアの十八番である時間停止魔法を魔力看破で破り、ユフィーリアはついに学院長室を飛び出すことに成功した。
高い身体能力を駆使して廊下を突っ走るユフィーリア。転移魔法で逃げる余裕はなかった。一刻も早く逃げなければお説教の上に減給となる未来が確定されてしまうからである。
だが、逃げることは叶わなかった。唐突に進行方向へグローリアが現れると「ユフィーリア!!」と怒声を上げる。転移魔法で移動してきたのかと思いきや彼の背後には学院長室の扉があるので、ユフィーリアはいつのまにか学院長室まで戻されていた訳になる。
思わず足を止めてしまったユフィーリアは、
「何で!?」
「残念だったね、空間構築魔法で君の進路を強制的に戻してあげたよ!!」
「クソ、これだから時空操作の魔法を得意とする変態は厄介なんだよ!!」
「誰が変態だ!?」
空間構築魔法があれば、学院内を迷宮化して迷わせることも可能である。そしてグローリアの腕前なら逃げる相手の道を空間構築魔法でいじり、強制的に自分の元へ導くことも簡単なのだ。空間構築魔法が得意な魔法使いは厄介であると学んだ。
もういっそ窓から逃げるかと身を翻すと、腰の辺りに衝撃を受けてよろめいた。グローリアがユフィーリアめがけて体当たりをしてきたようだ。あまりにも唐突な体当たりに思わず前につんのめってしまう。
ここで廊下に2人まとめて倒れ込めばよかっただろうが、何故か廊下が存在せずに階段になっていた。「どうしてここに階段が?」と疑問が頭をよぎる。
「あ」
腰に抱きついたままのグローリアが声を上げた。
「間違えて階段を作っちゃった……」
「馬鹿野郎!?!!」
グローリアが間違えて空間構築魔法で階段を作ってしまったことが原因らしい。ユフィーリアの口から渾身の「馬鹿野郎」が飛び出た。
階段上に投げ出されたことで思考回路が停止し、思うように魔法が発動しない。加えてユフィーリアの腰にはグローリアが抱きついているのである。彼の存在も考慮するとさらに混乱した。
段差を2人まとめて転がり落ちていく。全身を強かにぶつけ、段差に頭をぶつけ、ついでに多少揉み合って団子状になりながら階段を滑り落ちていった。踊り場の壁に正面衝突を果たして、ようやく止まる。
踊り場で伸びるユフィーリアとグローリアだったが、やがてどちらともなく動き出す。
「いっでえ……クソ、空間構築魔法をトチるとか馬鹿丸出しじゃねえか……」
そう言いながら、グローリアは頭をさすりながら起き上がる。幸いにもたんこぶは出来ていないようだった。頭が頑丈だったからか。
ズキズキと痛みを訴える頭を押さえるグローリアだったが、目の前でモゾモゾと動き回るユフィーリアの姿を見て目を見開く。それから慌てたように自分自身の身体をぺたぺたとまさぐり、髪の色を確認し、頬を引っ張った。ちゃんと痛かった。
ようやく起き上がることが出来たユフィーリアは、
「痛い……全身が痛いよ……」
「お、おい、グローリアかお前」
「何さ、ユフィーリア。僕の名前を忘れるなんて、階段から落ちた衝撃で記憶喪失にでもなった?」
ユフィーリアは乱れた銀髪を手櫛で整えると、はたとグローリアへ振り返った。グローリアの顔を見るなり彼女の人形めいた美貌が引き攣り、色鮮やかな青色の瞳が見開かれる。
グローリアも震える指先でユフィーリアを示した。何度見てもユフィーリアである。銀髪碧眼で黒装束の魔女で、ヴァラール魔法学院を創立当初から騒がせる問題児筆頭。
つまり、こういうことだった。
「僕たち」
「入れ替わってる!?!!」
グローリアとユフィーリアはほぼ同時に叫んでいた。階段から落ちた衝撃で2人は入れ替わっていたのだ。
「おいふざけんなよグローリア、お前のせいだろ責任取れ!!」
「責任って言っても何をすればいいのさ!!」
グローリアに胸倉を掴まれたユフィーリアは、金切り声で叫んだ。
「大体、君が逃げなければこんなことにはならなかったんだよ!!」
「逃げるだろ!! だって説教と減給が待ってるんだぞ!?」
「その状態でも説教と減給処分をくれてやってもいいんだよ!!」
「いらねえわ!!」
ぎゃーぎゃーと口論が続くが、グローリアもユフィーリアもここで互いにこの事件の責任をなすりつけ合うのも無駄だと理解していた。どれほど相手を責めたとしても、入れ替わってしまった事実は変わらないのだ。
階段から落下した衝撃で入れ替わったのだから、もう一度階段から落ちれば元に戻るのではないだろうか。痛みは倍増するが、やってみる価値はある。
グローリアはユフィーリアの手を引くと、
「立て、グローリア。もう1回階段から落ちれば戻るだろ」
「嫌だよ痛いでしょ!!」
「じゃあ頭を差し出せ、頭突きしてやる」
「それもちょっとどうかと、ていうかそんなことをして本当に戻るという保証がいだあああッ!!!!」
グローリアの容赦ない頭突きを食らい、ユフィーリアは甲高い悲鳴を上げるのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】最近は内装を改造するのが趣味。特に学院長室を改装している。
【グローリア】模様替えは簡単な学院長。空間構築魔法を使えば簡単よ。
【問題児4人】あばよ!!!!