表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

840/907

第102章第7話【問題用務員と親族】

 転移魔法で冥府総督府に移動すると、ショウたち4人が1着でゴールしていた。



「あ、ユフィーリア。お帰りなさい」


「お説教はもう終わったの!?」


「意外と早かったねぇ」


「お疲れ様♪」


「お前ら、何でここにいるんだ。1着ゴールにしても早すぎんだろ」



 冥府総督府の建物内にてウロウロと歩き回っていた問題児4人に出迎えられ、ユフィーリアは困惑した。

 彼らのスタートを見送ったのもだいぶ前のことだが、マラソン大会を開催できるぐらいの距離はあったはずだ。この問題児たち、かなり優秀なのかもしれない。生徒がまだ1人もゴールしていないのに、1着ゴールできるのは素晴らしい成績だ。


 グローリアは怪しむような視線をやると、



「本当に走ってきたの? ショウ君の冥砲ルナ・フェルノで飛んできたんじゃないの?」


「失礼な。スポーツマンシップの精神に基づき、そんな狡いことなんてしませんよ」



 ショウは頬を膨らませて不満を訴える。確かに、生徒たちが1人もゴールしていないのにショウたち4人がゴールしているのは不正を疑われるかもしれないが、ユフィーリアは彼らが不正を出来るほど性根が曲がっている訳ではないことを知っている。



「ふむ、第3刑場の罪人たちが冥府総督府に押し寄せてきていると通報を受けた訳だが」


「あー……それなんすけど……」



 キクガが近くの獄卒を捕まえて、冥府総督府に押し寄せてきたという脱獄犯どもの所在について尋ねていた。


 そう、ユフィーリアたちがわざわざ冥府マラソンのコースを飛ばして転移魔法を使用してきたのは、冥府総督府に第3刑場からの脱獄犯が押し寄せていると通報を受けたからだ。多少の戦闘は覚悟していたのだが、あまりにも静かすぎる。

 見たところ、冥府総督府で働く獄卒たちは、慌ただしく動き回っている姿は確認できない。脱獄犯が大勢押し寄せてきたのならば、武器を片手に冥府総督府を飛び出してもいい頃合いなのに。


 キクガに捕まった獄卒はちらりとショウたち4人を一瞥すると、



「オルトさんとアッシュさんが倒して、今は第3刑場まで脱獄犯を移送してる頃っす」


「なあ、何でこいつらを見たんだ?」


「何でもないです」



 獄卒は「それじゃ」とそそくさと立ち去った。何かを隠しているような素振りである。



「ふむ。では脱獄は解決したということで、冥府マラソンのゴールの設置を急がねばならない訳だが」


「ああ、うん。そうだね」


「触れたらダメな奴か、これ?」



 ユフィーリアがなおも気になって追及した、その時である。



「キークーガーあああああああああああああ!!」



 冥府総督府全体を揺るがす怒号。


 振り返った先には、正面玄関から物凄い速度で駆け寄ってくる作業着姿の若い男がいた。端正な顔立ちを今や鬼のような形相に歪められ、動くたびに荒れ狂う長い真っ黒な三つ編みが別の生き物のように見えた。

 若い男は寸前で床を蹴って跳躍すると、そのままキクガの顔面めがけて華麗な飛び蹴りを叩き込んだ。見事な身体能力である。吹き飛ばされるキクガと綺麗な着地を果たした三つ編みの男に注目が集まる。


 顔面を蹴飛ばされたキクガはふらふらになりながらも何とか起き上がり、



「な、何事」


「何事ではねえわ、戯けが!!」



 三つ編みの男は冥府の2番手を相手に一喝すると、



「お前、冥府の関門が開いておらんかったぞ!! おかげで生徒たちは最初の関門で足止めだ!! 魔法も使えんから連絡手段もなく困っていたところを、脱獄犯の移送関係でたまたま通りかかったオレが助けてやったから感謝しろ!!」


「何と」



 キクガは驚愕の表情を見せた。まさか冥府マラソンのコースに設定された道にある関門の扉が開いていないとは、場所を貸した冥府側からしても想定外だったのだろう。



「すまないオルト、手間を」


「全くだ!!」



 三つ編みの男は申し訳なさそうに謝罪するキクガに詰め寄ると、



「随分とお疲れのご様子だなぁ、冥王第一補佐官殿。おお、見える見えるぞオレには全てお見通しだ。疲労に睡眠不足、あとは空腹か? お前はまた食事をそっちのけで仕事に没頭したな、この生活能力のない阿呆めが。また食育の刑に処すぞ」


「いたッ、いたッ」



 どすどすとキクガの眉間を人差し指で突きまくる三つ編みの男。まあまあな痛みがあるようで、キクガは痛みを訴えて呻いていた。


 すると、冥府総督府に白と黒の縞模様の囚人服を着た獄卒が駆け込んできた。息を切らせてやってきたその獄卒は、弾む息を整えることもなく「課長!!」と叫ぶ。

 課長と呼ばれて同時に反応したのが、キクガと三つ編みの男の2人だった。そういえば、キクガの正式な役職名は『冥王裁判課課長』だったか。


 三つ編みの男が胡乱げに、



「どっちの課長だ。すまんが、ここには課長は2人いるぞ」


「あ、すみません!!」



 獄卒は慌てて謝罪すると、



「エイクトベル課長、第3刑場から脱走した罪人たちが冥府の関門を逆走しようと企んでいます!! 押さえ込むのにも限界が!!」


「情けんな、お前たち。それでも普段から罪人をボコボコにしている獄卒か。アッシュに言って躾直してもらわんとな」



 三つ編みの男がやれやれと言わんばかりに肩を竦める。


 それどころではない状況だった。彼の名前が『エイクトベル』と呼ばれていたのだ。

 ユフィーリアと同じ苗字である。ユフィーリアは自分以外に『エイクトベル』の姓名を名乗る人物を見たことがない。


 それは、他の問題児も同じだったようだ。



「おじさん、エイクトベルって名前なの!?」


「ん? 何かおかしなことが?」



 キョトンと首を傾げる三つ編みの男に、ショウが続いた。



「ユフィーリアと同じ苗字の人は初めてです」


「ユフィーリアだと?」



 三つ編みの男はグッと柳眉を寄せ、



「その名は我が家の7番目の子供にして末っ子長男坊に送った名前だが、同じ名前の何某が存在すると?」


「ほら、これがユーリだよ!!」



 ハルアに背中を押されて、ユフィーリアは「ぎゃッ」と三つ編みの男の前に突き出された。


 三つ編みの男は青みがかった黒色の瞳を丸くして、それからユフィーリアのことを興味深げに観察してくる。「ほうほう」とか「お前がか」なんて言葉も聞こえてきた。

 妙な視線に居心地が悪くなり、雪の結晶が刻まれた煙管を握りしめるも何とか魔法の行使だけは堪えた。これが親族疑惑が出ていない赤の他人だったら、迷わず尻に氷柱を叩き込んでいたところである。



「なるほど、そうか。つまりお前は――」



 三つ編みの男はパチンと指を弾くと、



「オレの孫ということだな!! あーの放蕩息子め、こんな可愛い孫娘を残して死んでしまうとは情けんなぁ!!」



 わははははは、と高らかな笑い声を響かせて三つ編みの男はユフィーリアの頭を容赦なく乱してくる。わしゃわしゃと犬や猫にやられるような乱暴な手つきだった。

 ユフィーリアは堪らず「ちょ、止めろ!!」と男の手を振り払った。自慢の銀髪がボサボサである。こちとら犬猫の毛皮として髪の毛を手入れしている訳ではないのだ。


 男はなおも嬉しそうに、



「何だ、お前のような孫娘の存在がいると分かっていればオレとて爆死せずに済んだものを。全く、何も言わんとは悲しいな」


「爆死!?」


「息子のユフィーリアは亡国に殺されてな。まあ、まさか孫娘に自分と同じ名前をつけるとは、よっぽどオレが悩みに悩んで名付けた名前を気に入ったようだな。実際のところ『名前移し』という文化があるから、それに倣ったのだろうが」



 とんでもねー死因を笑いながら語った男は、



「まあ、孫娘が元気に生きているのであればオレとしては何も言うことはない。早くに冥府に来るなとだけ伝えておこう」



 そんないい言葉で締めようとしたのだが、今まで待機していた獄卒が「エイクトベル課長!!」と悲鳴じみた声を上げた。



「早くしてください、課長の魔法の腕前が頼りなんです!!」


「ええい、いいところを邪魔しおって。あとで魔法兵器の実験台にしてやるからな!!」



 男は獄卒に呼ばれるまま、苛立った様子でどすどすと冥府総督府を飛び出そうとする。


 その背中に、ユフィーリアは反射的に「待て」と呼び止めていた。

 不思議そうに振り返る三つ編みの男。魔法使いの一族だからか、見た目は非常に若々しい。この男が本当に祖父なのかと疑いたくなるが、口調はともかく面倒見のいい性格は似ているのだろうか。



「クソジジイ、名前は」


「お口が悪いな、この孫娘」



 三つ編みの男は苦笑すると、



「オレはオルトレイ・エイクトベルだ。『クソジジイ』ではなく『オルトじーじ』と呼ぶように!!」


「誰が呼ぶかジジイ」



 ユフィーリアが吐き捨てると、オルトレイと名乗った祖父もどきは「わははははは!!」と笑いながら冥府総督府を飛び出すのだった。



「オルトレイ? もしかして『鉄火と号砲の魔法使い』オルトレイ・エイクトベル? レティシア王国最強と呼び声の高い永虹盟血えいこうめいけつ騎士団の団長を務めていた、あの!? ちょっとサインもらってきていい!?」


「おいあの魔法馬鹿を誰か止めろ!!」



 何やら興奮した状態のグローリアが冥府総督府を飛び出そうとしたので、ユフィーリアは羽交い締めで止めることを余儀なくされた。

《登場人物》


【ユフィーリア】親族の記憶が抜け落ちた魔女。両親の顔も覚えていないが、このたび祖父と再会。実感ねえなぁ。

【エドワード】あれはユフィーリアの親族か。ちょっと納得。

【ハルア】ユフィーリアのご家族って声がでっかいんだなぁ。

【アイゼルネ】ご挨拶しそびれちゃったワ♪

【ショウ】義理の父親ならぬ義理の祖父とまさか会えるなんて。ちゃんと挨拶をすればよかった。


【オルトレイ】呵責開発課の課長。魔法の腕前もさることながら、運動神経も抜群。家事上手で何でもそつなくこなす完璧超人だが、態度と家事上手な部分のせいで女性に敬遠される。

【キクガ】冥王裁判課の課長。家事が壊滅的なのでよくオルトレイに面倒を見てもらっている。昔、あまりにも細すぎた影響で食育を施されたことがある。

【グローリア】オルトレイの存在は伝記とかで知っていたが、まさか本人がいるとは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング登録中です。よろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ