第7話【問題用務員と死者蘇生魔法】
第1儀式場に戻ると、死者蘇生魔法の準備をしていた教職員連中がてんやわんやの大騒ぎに見舞われていた。
「…………えー?」
疲れて眠ってしまったショウを抱えるユフィーリアは、目の前に広がる光景に首を傾げた。
慌ただしさという単語を体現したかのような景色である。
死者蘇生魔法の準備に関わっていた教職員連中は、広い儀式場に並べられた棺を片っ端から開けている。棺の下に刻まれた魔法陣の再確認も行い、それから「違う!!」と叫んで頭を抱えていた。
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図である。とても嫌な光景だ、出来れば関わりたくない。
「お帰りぃ、ユーリ」
「おう」
儀式場の隅に避難していた野生的なイケメン――エドワードに出迎えられ、ユフィーリアは軽い調子で応じる。
土の床に胡座を掻く彼の膝には、アイゼルネが健やかな寝息を立てながら占拠している。眠るアイゼルネに抱えられるハルアもまた「くぴー、くぴー」などと可愛くいびきを掻いていた。
彼の近くに乳母車はない。アイゼルネが魔法で出した乳母車なので、魔法を行使する当本人が寝てしまった以上、形を保てなくなったのだろう。残念ながら彼らはエドワードの膝を占拠する他はない。
「この状況は説明できるか?」
「あー……まあ、自信はないけどぉ」
バタバタと慌ただしい第1儀式場の風景をぼんやり眺めるエドワードは、
「何かねぇ、冥府側からダメ出しを受けたみたいだよぉ」
「ダメ出し? 親父さんが死者蘇生魔法の許可を出さなかったって?」
「申請書に記載された死因が違っていたんだってぇ。あと魔法陣に組み込んだ魔法式も違っていたんだってさぁ。おかげで全部やり直す羽目になったみたいだよぉ」
やり直す羽目に、と聞いてユフィーリアは嫌な予感がした。
この第1儀式場に連行されたのも、死者蘇生魔法の準備を手伝う為だ。逃げようとすれば魔法トリモチで捕まえられ、逃げられないので渋々と申請書を作成した次第である。
作成した申請書が全部間違っていたとすれば、絶対にやり直しを命じられる。現に死者蘇生魔法の使用許可を出す冥府が「申請書に誤りがある」と提示しているのだ、責任は作った本人に取らされる。
それだけは絶対に御免だ。ユフィーリアは面白いと思ったことしかやらないし、面倒なことは出来る限り避けたい主義なのである。
「エド、用務員室に帰るぞ」
「はいよぉ」
「はい帰らない帰らない」
さっさと第1儀式場から離脱を試みた問題児たちの肩を掴み、学院長のグローリア・イーストエンドが爽やかな笑顔で言う。
「お帰り、ユフィーリア。君の帰りを今か今かと待っていたよ」
「ただいまグローリア、アタシは幼い我が子を寝かせてくるから仕事頑張れよ」
ユフィーリアも爽やかな笑顔で応じてやるのだが、グローリアにはそんな冗談さえも通じなかった。この切羽詰まった状況で冗談など言えるはずもない。
爽やかな笑顔を保ったまま、グローリアはユフィーリアの頬を容赦なく引っ張ってきた。
手つきに遠慮がない。本当に頬を千切り取らん勢いで引っ張ってくる。「イダダダダダ」と痛みを訴えるも、相手は知ったことではないとばかりに頬を抓ってきた。
「何の為に君を用務員室から引っ張ってきたと思ってるのさ。この魔法学院で死者蘇生魔法の知識を持ち合わせる魔女や魔法使いなんて限られてくるんだから、少しは手伝ってよ!!」
「馬鹿野郎、声が大きい!! ウチの子が起きるだろうが!!」
「ショウ君はアズマさん家の子でしょ、エイクトベルさん家の子供として扱わないでよね!!」
「うるせえ用務員として預かってんだからウチの子だ!!」
ユフィーリアとグローリアで激しい言い争いをした影響で、眠っていたはずのショウが「んんぅー……」とぐずり始めてしまう。
眠たげな赤い瞳が瞼の向こう側からお目見えし、小さな手でユフィーリアの頬をぺちぺちと叩く。まるで「うるさいから静かにしてて」と言わんばかりの行動だ、可愛すぎて鼻血が出る。
ショウのあまりの可愛さに第1儀式場の高い天井を見上げるユフィーリアは、
「ふぅー……」
「ショウちゃん預かってようかぁ?」
「頼むわ。速攻で終わらせる」
ぐずるショウをエドワードに預け、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を握り直す。
死者蘇生魔法は様々な制約がある。『棺を用意して丁重に弔った死者だけしか適用されない』とか『死体の損耗率は3割未満とし、綺麗な状態でなければならない』とか様々だ。
それから重要なことだが、腐るまでに制限時間がある。死体の腐敗は損耗率に含まれているので、腐敗が進むと死者蘇生魔法が適用されなくなってしまう。グローリアたち教職員が急いでいる理由はこれに限る。
制限時間内に死者蘇生魔法を適用させて生き返らせなければ、冥府に送られた彼らの魂は永遠に死後の世界で囚われたままだ。行き場を失って獄卒の仲間入りを果たすか、本当の死者として受け入れられて冥王ザァトの裁判を受けるのかは冥府の判断次第だ。
「グローリア、申請書は?」
「これだよ」
棺の下に設置した魔法陣を組み直すグローリアは、ユフィーリアに一瞥もくれることなく冥府側からダメ出しを食らったという申請書を突き返す。
きちんと冥府側が提示する形式で申請書を作成したのだが、死因の部分でダメ出しを食らうのは初めてだ。これでも死因の判断は得意だったのに、少し自信がなくなってしまう。
しょんぼりしながらユフィーリアは申請書を確認し、
「ん? おい、グローリア」
「何かな、ユフィーリア。僕は忙しいんだけど」
「いや、学院内に吸血鬼でも出たのかって思って」
「はあ?」
魔法陣から顔を上げたグローリアは、怪訝な表情を浮かべてユフィーリアへ振り返る。
「何その不審者が出たような言い方は」
「だって死因のところに『吸血鬼による失血死』ってあるぞ」
自動手記魔法で作成された申請書の死因欄には、確かに『吸血鬼による失血死』とあった。吸血鬼は人間に対して友好関係を築く知性の高い魔物であり、人間を失血死させるということは禁じられている身体から直接の吸血を行ったということを示す。
身体から直接の吸血は人間を吸血鬼化させてしまう恐れがあり、それを防ぐ為に禁じられている。人間に友好関係を築く吸血鬼は目録で管理されて定期的に上質な血液を提供されるが、中には掟を破って直接的な吸血をしてしまう吸血鬼もいる。そう言った連中は目録から外されて、専門の討伐業者に駆除されるのが運命だ。
こんな死因を書いたということは学院内に目録から外された吸血鬼がいるということだが、それは大いにまずい。生徒に危機が及んでしまう。
「でも間違いなんでしょ。冥府からダメ出しを食らったんだから」
「そうだよなァ」
「まあでも、気持ちは分からないでもないけど」
グローリアは魔法陣を組み直す作業に戻りながら、
「魔法陣も同じような死因を魔法式として組み込んでいたからね、その部分で間違いだって指摘されたんだよ」
「お前が魔法式を組み間違えるなんて珍しいな。明日は槍でも降るのか?」
「もし降ったら面白いよね」
「やってやろうか」
「君がやると冗談として済まなくなるから絶対に止めて」
ユフィーリアは自動手記魔法で申請書の死因欄を書き直しながら、蓋が開いたままになっている棺を確認する。
赤い布が敷かれた棺の中に横たわる子供の死体は、喉が大きく裂かれている状態だった。すでに血は乾き切っているのか、赤黒く変色して顔は真っ白である。被害は喉元だけなので損耗率が3割未満に留まっているが、もし腕やら足やらが折れていたら死者蘇生魔法は適用されない。
喉の傷は刃物で傷つけられたものと見ていいだろう。子供だから学院内に出現した不審者に対応できなかったか。
「学院内に切り裂きジャックでも出たか?」
「その名前を関する殺人鬼は過去に2845人確認されているよ」
「人数まで確認しているお前が怖ェ」
何気ない冗談で言ったのにグローリアから割と本気の返答があり、ユフィーリアは若干ドン引き気味に応じるのだった。
☆
申請書も再作成が完了し、冥府側からの許可も正式に下りた。
「はい先生方、死者蘇生魔法の呪文は覚えているかな? 儀式を始めるよ」
「アタシは帰っていい?」
「ふざけんな☆」
「クソが☆」
すっかり眠ってしまった子供たちを連れて儀式場から退散しようと思ったのだが、グローリアに耳を引っ張られて強制的に居残りを命じられてしまうユフィーリア。最近、耳を引っ張られることが多くなった気がする。
別にあとは呪文を唱えるだけなのだから、ユフィーリアがわざわざいなくても大丈夫だろう。どうして最終段階まで関わらせようとするのか。申請書の再作成という仕事はきっちりやったのに。
不機嫌そうに唇を尖らせるユフィーリアは、
「帰りたい」
「絶対にダメ」
「何でだよ」
「30人分も死者蘇生魔法を使うんだよ、呪文を唱えられる先生方の人数は確認済みかな?」
嫌味のように言うグローリアを睨みつけ、ユフィーリアは死者蘇生魔法に臨む教職員連中を確認した。
人数は10人、そのうち2人が学院長と副学院長の学院経営者組である。ユフィーリアを入れれば11人だ。
なるほど、1人につき2人分の死者を担当したところで足りないか。
「グローリアがあとは頑張ればいいだろ、はい解決」
「却下。はいさっさとやる」
「嫌だ」
「減給」
「やります」
即答だった。
問題児でも、2度目の減給は勘弁してもらいたいところである。
ユフィーリアは渋々と雪の結晶が刻まれた煙管を握りしめ、
「〈地より還れ〉〈土より還れ〉〈冥府より導かれて〉〈己に還れ〉」
ユフィーリアが唱え始めた呪文に合わせて、グローリアを含めた他の教職員も死者蘇生魔法の呪文を唱える。11人分の詠唱が重なって、奇妙な合唱を広い第1儀式場に響き渡らせる。
すると、棺の下に設置された魔法陣に青い光が駆け巡る。組み込まれた魔法式をなぞり、青々と輝く魔法陣が並べられた30の棺をそれぞれ照らした。
生温い風が吹き、ユフィーリアの頬に触れる。今すぐにでも詠唱を止めてやりたいが、減給は嫌なので我慢だ。
「「「「「――〈蘇生・死者よ在るべき場所に還れ〉――」」」」」
最後の呪文を唱え終わった瞬間のこと。
――バキッ、バキャッ、ガタガタガタガタガタガタガタガタ!!
棺から子供の腕が生え、足が蓋から突き出し、ガタガタと小刻みに揺れ始めたのだ。死者蘇生魔法が成功した奇跡的な瞬間である。
ただしその奇跡的な光景を喜んでいるのはユフィーリアを除いた教職員だけで、この場でただ1人、ユフィーリアだけは喜んでいなかった。
いや別に死者蘇生魔法は問題ないのだが、問題はその蘇生方法である。
「何で棺から腕や足が生えて蘇生するんだよ気持ち悪いなオイ!!」
ユフィーリアの絶叫が広い儀式場内へ響く。
死者蘇生魔法をかけると、必ずと言っていいほどこんなふざけた蘇生方法になってしまうのだ。手や足が棺から突き出してガタガタと震え、冥府から帰還したことを告げるらしい。
それがとても恐ろしいものだ。この世のものとは思えないほど気持ち悪い。せめてもっと別の方法で蘇ってほしかった。
「ほらユフィーリア、文句を言ってないで棺の蓋を開けて」
「やだよもう!! こんな気持ち悪いの開けられる訳ねえだろふざけんな!!」
「減給」
「ヴエエエエ」
減給を人質に取られて文句が言えず、ユフィーリアは最後の最後まで死者蘇生魔法の儀式に付き合わされるのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】死者蘇生魔法にも対応できる有能な魔女。嫌いな言葉は「減給」
【エドワード】問題児筆頭の右腕的存在。嫌いな言葉は「ライスのお代わり、3杯目から有料」
【グローリア】ヴァラール魔法学院の学院長。嫌いな言葉は「また問題児がやらかしたぞ!!」