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ヴァラール魔法学院の今日の事件!! 〜名門魔法学校の用務員は異世界から召喚したヤンデレ系女装メイド少年に愛されているけど、今日も問題行動を起こして学院長から正座で説教されてます〜  作者: 山下愁
第100章:vs偽七魔法王!!〜問題用務員、偽七魔法王暴行事件〜

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第102章第6話【冥府総督府と問題児】

 休憩時間でコーヒーを飲んでいる最中に、その怒号は冥府総督府全体を揺るがした。



「こンの、阿呆ンだらあああああああああああ!!!!」


「ぶふ」



 呵責開発課の事務所で呑気にコーヒーを啜っていた課長のオルトレイは、堪らずコーヒーを吹き出してしまった。


 何だ何だと獄卒どもが入り口に集合するのを押し除けて事務所の外に出れば、冥府総督府の廊下に赤毛の青年を正座させる二足歩行の狼がいた。相当お怒り気味なのか、彼の銀色の体毛がこれでもかと逆立っている。

 見た目は動物のようだが、彼は獣人と呼ばれる種族なのだ。最近では半獣人と呼ばれる人間の姿に動物の耳や尻尾が生えた人種もいるので、世界とは実に愉快である。死んでしまったのが惜しいぐらいだ。


 いや、そうではなく。



「なーにを騒いどるんだ、アッシュ。おかげでオレの口元を見てみろ、コーヒーでびたびたではないか」


「知るかよ、それはテメェのせいだろうがよ」



 銀色の体毛を持つ狼の獣人、アッシュが低く唸る。こんな人相の悪さでも冥府総督府で随一の人員を抱える獄卒課の課長である。



「だから何を騒いどるんだと言っている。お前の怒号が冥府総督府全体を揺るがし、オレもおちおち休憩できんではないか」


「罪人が脱獄して、冥府総督府の前でぎゃーぎゃー騒いでるんだよ」


「ほーん」



 オルトレイはコーヒーで濡れた口元を乱暴に手の甲で拭い、



「それはまた、ガッツのある罪人どもだな。深淵刑場にぶち込んで一生出さないでいいのではないか」


「この馬鹿が第3刑場の壁をぶち抜いたから脱獄してきたんだよ」


「この戯けがあああああああああああああ!!!!」



 アッシュが正座させた赤毛の青年を親指で示した時、オルトレイは青年に掴みかかっていた。


 脱獄したのが罪人たちが自力でやったのだとしたら、笑いながら「はい残念でした、また頑張りたまえよ」なんて言いながらもっと深い刑場に突き落としてやる所存だが、獄卒が刑場の壁を破壊するのは洒落にならない。獄卒が罪人を逃す真似をしてどうする。

 加えて、第3刑場に関して言えばオルトレイにも怒る理由はある。それも、話を聞けば「そりゃ当然か」と納得したくなるものだ。



「第3刑場の壁は最近、お前がぶち抜いたから直してくれって土下座で頼み込んできたからオレが直したばかりなのだぞ!! ぬぁーにをまたぶち壊しとるんだ馬鹿タレが!!」


「オルト、聞いてない♪」


「言ってない☆」


「殺す♪」


「残念、もう死んどるわ☆」



 満面の笑みでそんなことを言えば、アッシュのふわふわの毛皮で覆われた大きな手のひらが顔面を掴んできた。容赦なく5本の指が締め上げてきて、めっちゃくちゃ痛かった。

 第3刑場の壁は、最近オルトレイが直したばかりなのだ。その直す経緯というのが、この正座で説教されている青年が「壊しちゃった、オルトさん直して」と土下座で頼み込んできたので仕方なく冥王第一補佐官にバレる前に証拠隠滅したばかりなのである。


 ジタバタと暴れてアッシュの手のひらから逃れたオルトレイは、



「はあ、仕方あるまい。言わんかったオレも悪いので、脱獄したのが罪人を捕まえる仕事を手伝ってやろう。ありがたく思えよ」


「キクガに突き出すぞ」


「止めろ。あいつに突き出されると、オレの命が本当に危ぶまれる。二度殺されることになる」



 オルトレイは自力で冥府総督府の2番手にのし上がった、かつての後輩を思い返して身震いした。あの冥王第一補佐官、優秀すぎて何をしてくるか分からないのだ。現場も経験しているので、現役の獄卒ばりに暴力を振ってくるかもしれない。


 すると、廊下の奥から「課長!!」と慌てた様子で誰かが駆け寄ってくる。課長と呼ばれたのでオルトレイとアッシュの2人が振り返った。

 廊下の奥からやってきたのは、白と黒の縞模様が特徴的な囚人服を着た厳つい男であった。その格好で現場担当の獄卒だと判断し、オルトレイのみ視線を外す。


 アッシュが「どうした」と応じると、その獄卒は慌てた口振りで報告を始めた。



「現在、冥府総督府前で罪人たちが押し寄せておりますが」


「知ってる。今からオルトと向かうからもう少し持ち堪えろ」


「いや、あの」



 その獄卒はどこか言い淀むと、



「何か、とんでもない連中が大勢の罪人を薙ぎ倒しておりまして」


「どこの獄卒だ」


「いや、今日は確か冥府マラソンとか言ってヴァラール魔法学院の生徒たちが冥府を走ってるじゃないですか。1着でゴールした連中が」


「つまり生きてる奴らだって?」



 第3刑場の罪人だって、かなりの人数がいる。押し寄せてくる大勢の罪人となれば、獄卒数人で押さえ込むのにも苦労するだろう。

 だが、話を聞く限りではヴァラール魔法学院で冥府マラソン1着ゴールを果たした優秀な人員たちが、暴動を起こす罪人たちを薙ぎ倒しているようなのだ。もはやそれは獄卒として来てほしいぐらいである。


 オルトレイとアッシュは互いの顔を見合わせると、



「スカウト出来るか?」


「終わったらだな」



 そんなに優秀なら獄卒としてぜひ現場に来てほしいものだ、とそれぞれの課を束ねる課長として頷くオルトレイとアッシュは、急いで冥府総督府前に向かうのだった。



 ☆



 冥府総督府の前では、死屍累々の状況となっていた。



「ふしゃーッ!! ふしゃーッ!!」


「しゃー!! んなろーッ!!」


「おらぁ、もっとかかってこいよ舐めてンのかぁ!!」


「フレーフレー♪」



 白装束姿の罪人たちは、首やら腕やら足やらをおかしな方向に捻じ曲げた状態で山のように積み重ねられている。冥府総督府の警備にあたっていた獄卒はおろおろと右往左往していた。


 その戦場の中心にいるのが黒髪赤眼の少年、赤髪で琥珀色の瞳を持った少年、身長が高くて屈強な銀髪の男の3人組である。少し離れたところで南瓜のハリボテで頭部を覆った肉感的な美女が、ポンポンを片手に応援をしていた。

 暴風雨の如く暴れる屈強な銀髪の男と、まるで暗殺者のように罪人へ近寄って的確に急所へ拳を打ち込んでいく赤髪の少年は現場の獄卒に向いている。だが、明らかに線の細い黒髪の少年は1人の罪人に締め技をかけている上に、燃え盛る炎の腕が複数人の罪人を同じように締め上げていたのだ。悪夢か何かか。


 オルトレイは遠くを見やると、



「どうしろと」


「とにかく、あの罪人たちからあの連中を剥がさないといけねえだろ」


「そうだけども」



 アッシュの脇腹を小突いたオルトレイは、



「アッシュ、お前はそこのお子様たち2名を捕獲してこい。お前の子供人気は凄まじいからな」


「それ、俺の毛皮が犠牲になる奴じゃねえか」



 アッシュがため息を吐いて「分かったよ」と応じる。役割分担が出来るのは昔からの付き合いがある関係だからこそなせる技だ。


 もふもふの狼が罪人たちの中心で暴れ回る少年たちに歩み寄ったところを見計らい、オルトレイは罪人を軽々と投げ飛ばす巨漢に立ち向かった。アッシュと同じぐらいに身長も高くて筋肉質だが、あの狼と働いていると攻略方法も分かってくるものである。

 さらに、オルトレイは魔法の腕前に絶対の自信がある。相手がどれほど筋肉質だろうと、怪力だろうと、魔法の前には敵わないのだ。


 オルトレイは右手を掲げると、



「ええい、止まれ。〈蒼氷の塊(ゼルダ・フリーズ)〉!!」


「あだぁ!?」



 巨漢の男の脳天に一抱えほどの氷塊が落とされ、相手の動きが止まる。痛みによって生理的な涙を浮かべる男が睨みつけてくるが、オルトレイは怯むことなく告げた。



「罪人が迷惑をかけたことは謝罪しよう。だが冥府総督府に関係のない奴が罪人に手を出すことはご法度だ。今回は見逃してやるが、これ以上の罪人の暴行は冥府総督府の獄卒として許す訳にはいかん」


「誰よぉ、お前さん」


「何、魔法の秀才にして世界でおよそ2番目に優しい魔法使い様と覚えておけ」



 オルトレイは今もなお男が胸倉を掴む罪人を無理やり引き剥がすと、氷塊を叩き落とされた彼の脳天をさすりながら「氷塊を落としてすまんかったな」と謝罪をした。止める為とはいえ、暴力行為に及んだのは考えものである。

 一方で、アッシュの方もお子様たちの回収に成功したようだ。両脇に暴れていた少年2名を抱えており、どこか疲れたような表情を浮かべていた。


 オルトレイは屈強な男と南瓜頭の肉感的な美女を丁重に冥府総督府内にエスコートしてやり、



「ほれ、部外者は安全地帯で大人しくしているがいい。騒ぎを聞きつけた冥王第一補佐官がやってくるだろうから、お前たちが暴れたことは一言も言うんじゃないぞ。部外者が罪人に暴行すると、補佐官は喧しいからな」


「オルトおおおおお、助けてえええええ」


「わあ、馬鹿タレ!!」



 格好いいことを言っていたのだが、アッシュの悲鳴で邪魔をされた。苛立ち混じりに振り返ると、お子様たちに全力でもふもふされる銀色の狼の姿がそこにあった。

 慌ててお子様たちからアッシュを引き剥がし、残念そうにするお子様たちには「すまんな、この汗臭ワンコの加齢臭が移るから止めておけ」と言いつける。アッシュから殴られたのは言うまでもない。


 さて、仕事はここからだ。



「はあ、気絶した罪人たちを片付けねばな」


「魔法でどうにかなんねえのか」


「オレ、転移魔法はあまり得意ではないのだ」



 気絶した罪人たちの襟首を引っ掴んで引き摺りながら、オルトレイとアッシュは第3刑場に向かうのだった。





「あの狼……」


「もふもふだったよ!!」


「またもふもふさせてほしいです」


「ショウちゃんとハルちゃん、嬉しそうネ♪」



 遠ざかる狼の背中を感慨深げに見送るエドワード、もふもふの狼に触ることが出来てご満悦な未成年組、そんな未成年組を微笑ましそうに眺めるアイゼルネは大人しく冥府総督府で待機するのだった。

《登場人物》


【オルトレイ】呵責開発課の課長。数々の呵責を開発することが仕事。魔法兵器の組み上げを得意とするが、本人は自分で動く方が好き。愛称は『オルト』

【アッシュ】獄卒課の課長。多くの獄卒を束ねるカリスマ的存在だが、呵責道具をよく壊してオルトレイからめちゃくちゃ怒られる。


【ショウ】あの狼さん、もふもふだった!

【ハルア】あの狼さん、またもふもふさせてほしい。

【エドワード】あの狼、どこかで見覚えがあるな。

【アイゼルネ】あの男の人、ユフィーリアと同じ魔法を使っていたけれど?

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― 新着の感想 ―
こんな激アツな展開を、心から楽しみにしておりました!!! まさか、まさかの冥府のパパさんたちがニアミスで問題児たちと接触するなんて、すごく嬉しいお話でした!!番外編で再会を果たした時には感動しましたが…
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