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第102章第5話【異世界少年と冥府総督府】

 歯で構成された冥府の門を潜り抜けると、何やら中華ファンタジーに出てきそうな見た目の宮殿が遠くに鎮座していた。



「あれがゴールだろうか」


「冥府総督府だねぇ」



 変わらず荷車をコロコロと引きながら、エドワードがのほほんとした口調で答える。ここまで走ってきてなお息切れをしていない。



「あそこでショウちゃんパパは働いてるの!?」


「凄いなぁ、父さん」



 改めて父の凄さを目の当たりにして、感慨深げに呟くショウ。隣ではハルアが目をキラキラと輝かせながら「凄え!!」と連呼していた。


 ヴァラール魔法学院も、見た目は白亜の宮殿のようではあるが毎日駆け回っていると見飽きてくるというものだ。たまには環境を変えることも重要だろう。

 そう考えると、学院長はヴァラール魔法学院の模様替えをしないのだろうか。空間構築魔法とか得意なのだから模様替えなんてあっという間なのに。


 まあ、ショウの職場のことなどはさておいて。



「あばばば、ばばばばばばば」


「何だかこの人、ビチビチし始めたわヨ♪」


「気分でも悪くなりましたかね」



 エドワードの引っ張る荷車に詰め込まれた無精髭の男が、まるで陸地に打ち上げられた魚の如くビチビチと跳ね始めたのだ。隣に座るアイゼルネが、あからさまに嫌そうな声を上げる。

 嫌そうにしている南瓜頭の美女など差し置いて、無精髭の男は縄で縛られた状態のまま「ばばばばばば」と奇声を上げて震えていた。顔中に浮かんだ脂汗も酷いものである。顔色も紫を通り越して、もはや白っぽくなっていた。


 ショウはエドワードの荷車に乗せられた無精髭の男をツンツンと指先で突き、



「どうしました、そんなに顔色を悪くして。車酔いですか」


「荷車で酔うものぉ?」


「まあ、車輪がついていますから」



 不思議そうに言うエドワードに、ショウはしれっとそんなことを返す。


 しかし、どうにも無精髭の男は車酔いをした雰囲気ではなさそうだ。ガタガタと震えているのも寒さに由来するものでもないような気がする。

 どこか物凄く怯えているような気がしてならないのだ。特にショウが顔を見せると「ひいッ」と上擦った悲鳴を漏らして身を縮こまらせるので、話が聞けずに困ったものである。



「何なんでしょうね。回し蹴りで歯を吹っ飛ばしたのが原因でしょうか」


「でもさっきから聞こえるのは『冥王第一補佐官が』とかなのヨ♪」


「父さんと何か関係があるんですかね。仕事をサボって怒られたとか」



 アイゼルネに言われ、ショウが適当な答えを返す。


 実はこの無精髭の男は父親の同僚で、仕事をサボって怒られるかもしれないと怯えているのだろうか。確かに父親は仕事には厳しいが、理由があれば見逃してもらえることだってある。

 そんな未来を想像して、ショウはこの無精髭の男が哀れに思えてしまった。とはいえ自業自得なので、しっかり怒られてもらおう」



「仕事をサボった程度で怖がるのでしたら最初からサボらなければいいか、もういっそ開き直るしかないですよ」


「ショウちゃん厳しいね!!」


「俺はもう開き直ります。日々の校内巡回が立派なお仕事」



 そう、ショウの普段のお仕事は校内巡回と各レストランに異世界の知識を提供する助言役である。用務員のお仕事ではないが、ちゃんと貢献しているのだ。

 そんなもので、父親からの「用務員ではないのかね?」という言葉には開き直るようにしている。不審者を捕まえることも立派な仕事のうちだ。


 ショウは無精髭の男に喝を入れる為に軽く叩くと、



「ほら、元気出してください。父さんはお説教が怖いですけど、ちゃんと反省すれば許してくれますから」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


「そんなに謝るんだったら最初からお仕事をサボらなきゃよかったじゃないですか」



 ぶつぶつと謝罪の言葉を連呼し始めた無精髭の男に呆れたような口振りで言うショウは、冥府総督府までラストスパートをかけるのだった。


 そして何度も言うが、この捕まった馬鹿タレは第3刑場からの脱獄犯である。父親であり冥王第一補佐官のアズマ・キクガに脱獄がバレれば説教どころか折檻を受ける羽目になるのだが、そんな事情など問題児が知る由もないのだ。

 知らないったら知らないのだ。



 ☆



 そんな訳で、問題児が1番にゴールである。



「ひゅー」


「いっちばーん!!」


「楽勝だったねぇ」


「お疲れ様♪」



 冥府総督府に到着したショウたちは、まだ誰もゴールしていないことを喜んだ。これぞ正しく冥府マラソン1着ゴールインである。

 正確に言えば、ショウたちはあまりにも早すぎるスタートを切ってしまったので冥府の関門も開けるのが間に合わずに自力でどうにかしてきてしまったのだが、それは気づいていない。獄卒が開けといてくれるものだとは微塵も考えていなかった。


 1着で冥府マラソンを終えて小躍りするショウとハルアだったが、



「冥王に会わせろ!!」


「こんな裁判は不当だ!!」


「どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ!?」



 何やら、冥府総督府の建物の前でぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる集団が、屈強な男たちに押さえ込まれていた。


 身長の高さや性別の違いはあれど、全員揃いも揃って似たような白い衣装を身に纏っていた。男性は無精髭の男と同じ白いタキシードやスーツ、女性は白いドレス姿である。何かあったのか、彼らの格好はボロボロだった。

 数え切れないほど大勢の白装束の人々が、何やら冥府総督府の建物めがけて喚いていた。建物内に押し入ろうとする彼らを、数名の屈強な男たちが何とか押し留めている。何がどうしてあんな暴動みたいなことが起きたのか。


 しかし、ショウたちには関係のないことである。



「父さんは冥府総督府に帰っているだろうか。見学させてもらえないかな」


「おねだりすれば入れてもらえるんじゃない!?」


「ついでにキクガさんの上司にもご挨拶したらぁ?」


「ショウちゃんは初めて見るんじゃないかしラ♪」


「おっと、なかなかに緊張する事態となってしまった。汗臭いけど許してもらえるかな……」



 冥府総督府前の暴動など我関せず状態であり、それどころか内部を見学できないかと画策する問題児。どこまでも自由奔放であった。



「すいません、ちょっと通してもらえませんか」


「通して!!」


「退いてぇ」


「ちょっといいかしラ♪」



 冥府総督府前でぎゃーすかと騒ぎ立てる白装束の集団など、問題児の敵ではない。邪魔なのでポンポンとぶん投げながら、容赦なく割り込んでいく。放り投げられた白装束の人々は目を白黒させ、一瞬だけだが静かになった。

 そうして無理やり集団の中を割り込んでいったショウたち問題児は、冥府総督府前で集団を何とか押し留めていた屈強な男たちの前に躍り出る。彼らは白と黒の囚人服を身につけており、少しだけ「こっちの方が悪い人たちではないかな」なんて失礼なことを考えてしまった。


 驚愕の表情を見せる囚人服の男たちに、ショウはぺこりとお行儀よく挨拶をする。



「いつも父が大変お世話になっております。冥王第一補佐官、アズマ・キクガの親族の者です。父はこちらに帰ってきておりますでしょうか」


「父ィ!?」


「え?」



 反応を見せたのは囚人服の男たちではなく、白装束の集団だった。


 振り返れば、彼らは揃って驚愕に目を見開いている。わなわなと唇まで震わせて「あ、面影がある」「そっくりじゃねえか」なんて言っていた。

 全員、父の関係者だろうか。ここまで簀巻きにして運んできた、今もなお荷車に積まれている無精髭の男と同じではないか。



「あの、父と何か関係が?」


「坊ちゃん、余計な手出しをするんじゃねえ」



 屈強な男たちによって背後に庇われたショウたち問題児は、状況が読めずに「え?」と声を上げた。



「ど、どうしてですか? 関係者じゃないんですか?」


「こいつらは第3刑場からの脱獄犯だ。関係者っちゃ関係者だが、冥王第一補佐官様が裁いた連中で罪状に不満がある馬鹿どもだよ」



 それに対する白装束の人々の主張は、



「何だと!?」


「そいつ、冥王第一補佐官の息子? いや娘?」


「どっちでもいい、ガキが言やぁ何とかなるだろ!!」


「おい、父親に話つけろ!!」



 ぎゃーぎゃーと再び騒がしくなった白装束の集団を見回したショウは、ムッと唇を尖らせると負けじと言い返す。



「はあ? 父の判断が間違っていたとでも? ご自分の罪を客観視できていないようですね。父の判断は妥当ですよ。少なくとも脱獄するような連中は刑場送りにされても文句は言えませんねそれともご自分の罪をさらに加算させて喜ぶ趣味でもあるんですかいいご趣味ですね父の仕事を増やさないでとっとと刑場に戻って反省でもしてくださいあ出来ませんかそうですよね反省する脳味噌を持ち合わせていたら刑場を脱獄してこんな場所まで来ませんよねご苦労様です馬鹿ども!!!!」



 一息だった。

 一気だった。


 言葉の雨嵐が容赦なく白装束の集団に降り注ぎ、そして一斉に彼らの怒りへ火をつけた。



「何様のつもりだお前!!」


「黙って聞いてりゃいけしゃあしゃあと!!」


「何ですか!! ふしゃーしますよ!!」


「全員二度殺してやるよ!!」


「覚悟しなぁ」


「苦しい幻覚症状はお好きかしラ♪」



 見事に問題児と白装束の脱獄集団との対立関係が完成すると、構わず襲いかかったのだった。

《登場人物》


【ショウ】威嚇がまるで猫の「やんのか」ポーズなのだが、やることは可愛くない。

【ハルア】相手はもう死んでるから死なないかな!!

【エドワード】死んでるってことは本気で殴っても大丈夫ってことだよね?

【アイゼルネ】戦う気はない。

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