第102章第4話【異世界少年と最後の関門】
「置イテイケ!! 置イテイケ!! ソノ綺麗ナ目玉ヲ置イテイケ!!」
「ぶちぶち」
「アアアアアアアアアーッ!!」
目玉だけで構成された趣味の悪い冥府の門から目玉を引っこ抜き、全力投球で門扉に叩きつけたら開いた。
「置イテイケ!! 置イテイケ!! ソノ見事ナ髪ヲ置イテイケ!!」
「むしむし」
「アアアアアアアアアーッ!!」
髪の毛を編まれて作られた冥府の門から大量の髪の毛を毟り取り、鞭のように門扉へ叩きつけたら開いた。
「置イテイケ!! 置イテイケ!! ソノ元気ナ心臓ヲ置イテイケ!!」
「ハルさん、お命頂戴」
「何で!?」
心臓を積み重ねて作られた禍々しい冥府の門の前で、冗談で先輩の心臓を抜き取ろうとしたら逃げられた。門扉にはやっぱり支柱に埋め込まれた心臓を叩きつけて開けた。
そんなやり取りで、ショウたちは順調に冥府マラソンを突き進んでいた。
ゴツゴツとした暗黒の大地を走ることにも慣れてきて、ますます体力がつくのではなかろうかとひっそりホクホク顔のショウである。このまま肉体改造計画が上手くいけば、父親のような細マッチョになれることだろう。目標は堅実に立てることがショウのモットーである。
ゆったりとしたペースを保ったまま冥府の暗黒の大地を走るショウは、
「今は何個目の門を通り過ぎたんですっけ」
「今ので6個目だね!!」
四つん這いで走ることには飽きたのか、普通の姿勢で走るハルアが答える。普段から彼は「体力ないです!!」と言う割には、マラソンで息を切らすことなく走り続けるのは凄いと思う。
「次で最後だよ!!」
「あと何が出てきていないっけ……」
「歯だね!! 頑丈なブーツは前のところに置いてきたばかりだよ!!」
「ああ、エドさんから追い剥ぎしようとした奴」
ショウは納得したように頷いた。
1つ手前の冥府の門では『頑丈な革製のブーツがほしい』と宣う骸骨みたいな見た目の女がいたのだ。ガタガタと震えながら「頑丈な履き物がほしいのです……」とおねだりしてくるものだから、先輩用務員のエドワードから靴を追い剥ぎしようとしたら頭をぶっ叩かれたのはいい思い出だ。
結局、靴で構成された冥府の門から強制的に適当なブーツを引っこ抜き、骸骨みたいな女の前にそっとお供えして「こちらをどうぞ、シンデレラ」とやってきた訳である。相手は何とも言えない表情をしていた。
エドワードは不満げな表情で、
「全く、馬鹿なことを考えるようになったよぉ」
「頭を叩かれたからですかね」
「負けじと言い返すようになったじゃんねぇ」
後輩の成長を感じて、エドワードは「逞しくなっちゃってぇ……」と涙ぐむふりをして見せた。
「見えてきたわヨ♪」
「おお、最後の関門」
「感慨深いね!!」
「つまりマラソンも終わりってことかぁ」
ショウたち問題児の目の前を阻むように、白色の門が屹立していた。
徐々に近づくと、その全貌が明らかとなる。ちゃんとした素材で作られているのかと思いきや、目を凝らすと小さな粒々としたものが無数に積み重ねられて支柱を構成していた。よく見ると、それは人間の歯であった。
数え切れないほどの歯や入れ歯などが積み重ねられて門を構成しており、それがあまりにも悍ましい見た目をしているのでゾワゾワと背筋が粟立つ。集合体恐怖症を患っている訳ではないが、この門を前にするとそれらを発症してもおかしくない。
密かに顔を顰めたショウは、
「気持ち悪い見た目だ。どうにかならなかったのか」
「爆裂豆だとでも思えばいいんじゃないかな!?」
「逆に爆裂豆が食べられなくなりそうだ」
ハルアからの助言を一蹴したショウは、ついに歯で作られた巨大な門の前に立つ。
「置イテイケ!! 置イテイケ!! ソノ健康ナ歯ヲ置イテイケ!!」
カタカタと音を立てながら甲高い声で喚いたのは、歯で作られた門の支柱に埋め込まれている入れ歯だった。カチカチと作り物の歯列を慣らして歯を求めるが、さてどうしたものだろうか。
今までの流れを汲むと、門の支柱に埋め込まれた素材を無理やり引っこ抜いて門扉に叩きつけて解決していた。今回もそんな流れになるかと思ったのだが、ここでショウたち問題児の予想外のことが起きた。
何と、門が向こう側から開いたのである。
「はあ、はあ、やっと開いた……あ?」
僅かに開いた門扉の隙間から顔を覗かせたのは、真っ白いタキシードに身を包んだ無精髭の男である。門の前に立つショウたち4人を見るなり、驚愕の表情を浮かべた。
ちょうどいい、歯を捧げるのにいい人材を発見した。この男から毟り取ればショウたちは傷つかないし、門も開くので一石二鳥である。
ショウは門から顔を覗かせた男の胸倉を掴むと、問答無用で引き摺り込んだ。
「な、何すんだ!?」
「黙って歯を差し出してください。拒否権はないです」
「歯ぁ!?」
男は「ふざけんな!!」と怒鳴りつけてくるが、問題児の問題行動を積み重ねてきて精神的に強くなったショウはどこ吹く風である。
暴れる男を容赦なく押さえつけ、さて歯をどうやって確保するかと思考回路を働かせる。口周りを中心に殴りつければいいだろうか。
そこで、ショウは閃いた。そうだ、異世界で有名な漫画があったはずだ。
「ハルさん、ハルさん。お願いを聞いてもらってもいいか?」
「オレの歯はあげないよ、ショウちゃん」
「違くて、この人に回し蹴りを頼む。歯を吹っ飛ばせるぐらいに」
「いいよ!!」
自分の歯を取られるのではないかと警戒するハルアだったが、お願いをするとあっさりと引き受けてくれた。それから素振りをするように、熱心に回し蹴りの練習をし始めた。
それを見たエドワードも、ハルアの体勢を確認しながら「ハルちゃん、もっと強めに踏み込んでぇ」とか「速さが足りてないよぉ」とか指示を出す。先輩からの助言を素直に受け止めて、ハルアの回し蹴りの調子も出てきた。
ショウから大量の炎腕に押さえつけられる男は、顔を青褪めさせながら訴えかけてくる。
「お、お前ら、どうなっても知らねえぞ、おい正気か!?」
「ははは、威勢がいいですね」
ショウはほわほわと朗らかに笑うと、
「その減らず口、いつまで叩けますかね。歯が抜けるまで回し蹴りは終わりませんよ」
「ふざけんな!! ただでさえこっちは普段から呵責が」
それまで威勢よく吠えていた男だったが、ショウの顔を見るなり凍りついた。それから青褪めていた顔色が、さらに悪くなる。もはや毒でも食ったかと言わんばかりの紫色に変化を遂げていた。
「お、お前、冥王第一補佐官……?」
「いえ、そちらは父ですね」
「父ィ!?」
目を見開き、素っ頓狂な声を上げる男。どうやら彼は父とお知り合いのようだが、残念ながら名前も知らん相手をどうにかしてやるほど問題児は甘くない。あとで怒られようと思う。
「ま、待て、話せば分かる、これはその事故で」
「何を言っているのか分かりませんが、ハルさんの素振りは終わりましたよ。覚悟してください」
「おい待て話し合おうって言っでぶぅ!?!!」
男の言葉が終わるより先に、ハルアの鋭い回し蹴りが彼の横っ面に叩きつけられた。
思い切り蹴飛ばされたことで、彼の口から白いものがポンと飛び出す。暗黒の地面を転がるそれは、紛れもなく男の歯だった。黄ばんだ汚え歯がコロコロと転がるのを、ショウは手巾で包んで拾い上げる。
抜けたばかりでちょっぴり血もついている歯を、門に向けてポンと放った。支柱に埋め込まれた入れ歯が「アリガトヨー!!」と言うと、門扉がギィと音を立てて開く。
「これで冥府の門は最後か?」
「まだ捧げるものがあると嫌だから、これは持っていこうか!! 生贄だね!!」
「素晴らシカな提案だ、ハルさん」
「鹿になっちまうぜーッ!!」
素晴らしい提案をしてくれたハルアの意見に従い、ショウは炎腕で拘束してもらったまま無精髭の男を連行していくのだった。
実はこの男、現在冥府を騒がせている第3刑場からの脱獄者なのだが、結果的に問題児の手によって捕まって再び冥府の刑場に戻されることになろうとは問題児たちも知らない。
ついでに冥王第一補佐官から手放しで褒められることになる未来も、知らないったら知らないのである。
《登場人物》
【ショウ】自分の目的の為なら他人を容赦なく使い倒す。知り合いではない他人だったらなおのこと、扱いは雑になる。
【ハルア】心臓取られても再生するからいいんですけど、でも痛いものは痛いからやだ。
【エドワード】肉弾戦が得意なので助言とかしちゃう。もちろんユフィーリア直伝。
【アイゼルネ】ただ応援。頑張れー♪