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第102章第3話【問題用務員と脱走百足】

 何やらキクガのみバタバタとした様子である。



「第5刑場に導入されている百足が外を出歩いている訳だが。どうなっているのかね」


『確認します、少々お待ちください』



 冥府内共通の通信道具である髑髏どくろに低い声で問い合わせると、その向こうにいる女性が慌てた様子で確認に向かった。その証拠に、髑髏から『てぃ〜ろり〜てぃてぃろり〜♪』みたいな間抜けな音楽が流れ始める。

 ただならぬ気配を察知して、簀巻きのように冥府天縛で縛られていたはずのユフィーリアも何故か拘束を解かれていた。問題児を自由にすることよりもまずい事態が冥府で起きているらしい。


 グローリアが首を傾げ、



「何かあったの?」


「この巨大百足は第5刑場に収容された罪人たちの呵責の為に導入されたもので、刑場の外を彷徨っているのがおかしい訳だが」



 キクガは苦虫を噛み潰したかのような表情で応じる。


 第5刑場といえば、収容されれば二度と出ることは叶わないと有名な『深淵刑場』の1歩手前の刑場である。収容される罪人はどれもこれも札付きの悪ばかりで、現世では「死刑に該当する」と判断された連中がほとんどだ。

 そんな刑場に収容されている巨大百足が外を歩き回っていたら、それは異常事態を察知するだろう。分かりやすく言えば、第5刑場の罪人が脱獄したと考えるのが1番だ。


 緊張感がグローリアとユフィーリアの間で漂う中、第5刑場の状態を調べていた職員が髑髏の通信に応じた。間抜けな音楽もぷつりと途絶える。



『お待たせいたしました』


「状況はどうかね」


『担当現場の獄卒に確認をしましたが、第5刑場に異常は見られませんでした』



 髑髏から聞こえてきた職員の報告に、その場にいた誰もが安堵の息を吐く。



「では、この巨大百足が出歩いていた理由は?」


『その巨大百足の頭部に数字が刻印してあると思いますが、ご確認願えますか?』


「番号?」


『巨大百足の管理番号です。お願いいたします』



 職員に促され、キクガはお目目を×にして気絶している巨大百足を見上げた。つられてユフィーリアとグローリアも巨大百足の頭部に注目する。


 巨大百足の頭部には、確かに数字が刻印されている。『3』という数字が、さながら刺青のように巨大百足の頭部に浮かんでいた。

 この巨大百足は番号によって管理されている模様である。この百足は3番なので、少なくとも同じような見た目の巨大な昆虫があと2匹は刑場内に存在することとなる。


 キクガは巨大百足の数字を確認して頷き、



「3とある訳だが」


『ありがとうございます。少々お待ちください』



 髑髏を通じて応じる職員が、再び離れた。髑髏からまた間抜けな音楽がてぃろてぃろと流れ始めてしまった。

 また何とも言えない空気が流れ出したのも束の間のこと、すぐにブツンという音がして間抜けな音楽が途切れる。職員が応じるのかと思いきや、髑髏が元気よくカタカタと歯列を鳴らして紡いだ言葉は『総務課から代わったぞ』と聞き覚えのある声だった。そういえば、冬場にサンタクロースを捕まえる際に聞いたような声だ。


 その声の主は何でもないような調子で、



『百足3号は脱走常習犯だ。締め上げて第5刑場に叩き返せ』


「承知した」


『全く、オレが作っておいてアレだがな。いくら言っても第5刑場から1週間に1回は脱走するのだ。そろそろ配置換えとして幽刻の河にでも突っ込んだ方がいい気がしてきたぞ』


「送迎課管轄になると、トニー君の出番になるかね」


『あれ、今はザップではなかったか。まあいい。とにかく冥府天縛で締め上げた上で刑場に叩き込んでおいてくれ。あとで調教し直す』



 そう言って、髑髏はそれきり喋らなくなってしまう。通信魔法が途絶えた証拠だった。



「今のって」


「呵責開発課の課長な訳だが。私がこの冥府にやってきてから何かと世話を焼いてくれている。頼りになる御仁だ」



 キクガは懐に髑髏を何事もなかったかのようにしまうと、純白の鎖――冥府天縛めいふてんばくをずるりと足元から引っ張り出す。いつもそうやって収納していたのかと驚いた。

 それから冥府天縛で気絶した巨大百足を簀巻きのように拘束すると、そのまま腕力に任せてズルズルと引き摺り出した。身の丈を超える、というかもはや化け物級の大きさをした巨大百足を右手1本で引き摺ることが出来るのは悪夢か何かかと錯覚してしまう。


 ちょっと心配になったユフィーリアが、



「あ、あの、親父さん。アタシが引っ張ります?」


「んむ、いや、問題ない訳だが」



 汗すら掻かず、冷ややかな表情のキクガは平気そうな口振りで返す。



「見た目よりも軽いし、私も鍛えてはいる。暴れる人間よりも軽い訳だが」


「あ、そっすか……はい……」



 ユフィーリアは何も言えなくなった。意外にもこのお父様、冥府でタフに過ごしているようだ。



「それよりも焦ったよ。第5刑場から罪人が脱獄したなんてなったら、今まさに冥府マラソン中の生徒たちがどうなるか分からないからね」


「その点に関しては問題ない訳だが。冥府の威信にかけて、生徒たちに危害は加えさせない」


「冥王第一補佐官様がここまでキッパリと言うんだから、凄えなぁ」



 危機は去ったということでのほほんと会話をしながら、ユフィーリア、グローリア、キクガの3人は冥府マラソンのゴールである冥府総督府を目指す。





 ――――カタカタカタカタカタ、カタカタカタカタカタ!!





 そんな時に、どこからか硬い何かを擦り合わせるような音が鳴り響いた。


 キクガが立ち止まり、懐にしまった髑髏を引っ張り出す。髑髏の歯列がカタカタと音を立てていた。通信魔法を受信したのだろう。

 不思議そうに首を傾げたキクガが、髑髏の頭頂部をぶっ叩く。叩いた衝撃で髑髏から鳴り響くカタカタ音は止んだが、次の瞬間、悲鳴じみた声が聞こえてきた。



『アズマ補佐官様あああああああ!! たたたたた、た、大変ですううううう!!』


「何かね。手短に話しなさい」


『脱走です、罪人が刑場から脱走しましたあああああ!!』



 髑髏越しに会話をする職員からの涙ながらの報告に、キクガは「何と」と驚いたのか焦ったのか分からない平坦な声を漏らした。

 先程まで、第5刑場の罪人がどうのとやり取りをしたばかりである。問題ないという報告を受けてからこの展開では、確認の仕方が甘かったのではないかと感じてしまった。


 表情を引き締めたキクガは、



「第5刑場かね?」


『え? 第5刑場ですか? 違いますが……』



 どうやら違ったらしい。



『第5刑場で何かあったんですか?』


「呵責用に導入されていた巨大百足が脱走したらしい。今から第5刑場で叩き込んでくる訳だが」


『あ、もしかしてサンちゃんですかね。ほら、頭に3の刻印がある子です』


「よく知っている訳だが」


『脱走常習犯ですからね。獄卒の間では有名ですよぅ』



 のほほんと会話を交わす職員だが、自分が何でキクガに対して通信魔法を飛ばしたのか思い出したようだ。ハッと我に返ると『違います違います!!』と叫ぶ。



『第3刑場の刑場の壁が破壊されまして、罪人が次々と脱獄を』


「罪人が刑場の壁を破壊したのかね? よくもまあ徒手空拳の状態で分厚い刑場の壁を壊そうと」


『いえ、あの、第3刑場には現在ですね、深淵刑場からヘルプでやってきた獄卒が、あの』



 しどろもどろの報告を受けたキクガは、深く深くため息を吐いた。頭も抱えていた。どうやら彼の中で犯人が思い浮かんだ様子だった。



「その馬鹿は第3刑場にある血の池地獄に石を括り付けて突き落とせ。私が許す」


『あ、はい。獄卒課の課長にも連絡を』


「頼む訳だが。私は急いで冥府総督府に戻る。獄卒たちを冥府総督府に回すように。今日は冥府マラソンの日で、ヴァラール魔法学院の生徒たちが訪れている訳だが。彼らに傷でもつければ君たちの首が飛ぶと思いなさい」


『ひッ、ひゃい!! すぐに行動します!!』



 たっぷりと脅しかけられた職員は慌てたように通信魔法を終え、キクガは静かになった髑髏を懐にしまう。


 どうやらとんでもない状況になったようだ。

 ユフィーリアからしてみれば、面白いことこの上ないのだが。



「すまない、急いで冥府総督府に向かう訳だが」


「徒歩で? 転移魔法を使おうか、僕は冥府側から魔法の行使を許されているし」


「頼む訳だが」


「大変だな、親父さんも」



 そんなやり取りを経て、ユフィーリアとキクガはグローリアの行使する転移魔法を使用して冥府総督府まで向かうのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】冥府側から魔法の使用は許されていないので、転移魔法はグローリアにしがみついてついて行った。いやまあ、走ろうと思えば走れますけど。

【グローリア】問題児対策で魔法の使用を許されている。転移魔法もお手のもの。

【キクガ】異世界出身なので、そもそも魔法を使う為の神経を有していない。しかし魔法を使わず冥府の2番手までのし上がった有能な仕事人。

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