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第102章第2話【異世界少年と冥府マラソン】

 暗黒の大地、鮮血の空。

 禍々しい地獄のような風景がどこまでも、どこまでも、どこまでも続いていく。


 そんな中をのんびりと走るジャージメイドの女装少年、アズマ・ショウは「はふ」とため息を吐いた。



「景色が変わらないから退屈だ」


「そうだね!!」


「ハルさんは走りにくくないのか?」


「今のところは!!」



 ショウの隣では、何故か四つん這いになってザカザカと別の生き物よろしく疾走する先輩用務員のハルア・アナスタシスが控えていた。妙に動きが気持ち悪いし、何なら人類の天敵である『ゴ』で始まって『リ』で終わる油でギトギトなあの昆虫を想起させた。早急に辞めてもらいたいところである。


 現在、ショウたちは冥府マラソンと呼ばれる行事に参戦中だった。つい数日前にヴァラール魔法学院の正面玄関に設置された掲示板でチラシを見かけた時から「あ、面白そう」と感じ取った訳である。

 ただ、こうも景色が変わらないと走り甲斐がない。どこまで進んでも走りにくい暗黒の大地と鮮血の空が続いているだけで、障害物らしいものが一切存在しないのだ。せめて人ぐらいは歩いていてほしい。


 ショウはふと背後を振り返り、



「エドさんは何で荷車を引きながらなのにそんな速いんですか」


「ええ?」



 背後を一定の速度でついてくる先輩用務員、エドワード・ヴォルスラムは不思議そうに首を傾げる。


 彼は農業で農作物を運搬する際によく見かける、大きめの荷車をゴトゴトと引きながらマラソンに臨んでいた。その荷車には南瓜頭の美人お茶汲み係であるアイゼルネが、優雅に紅茶を用意しながら乗っている。彼女は両足が義足なので激しい運動が出来ないのだが、だからと言って荷物のように荷車に乗っているのはいかがなものか。

 荷車を引っ張っている状況なら多少は遅くなろうものだが、エドワードは一定の速度を維持したままついてくるのだ。体力お化けの先輩に、ショウは度肝を抜かされるばかりである。


 エドワードは「そんなことないよぉ」と笑い、



「荷車を引かなかったらもっと速いよぉ」


「がっでむ」



 つまり、この先輩にとって荷車とは重石のようなものらしい。改めて、ショウは先輩の体力お化けっぷりに戦慄するのだった。



「ショウちゃん、お茶はいかがかしラ♪」


「ありがとうございます、アイゼさん。出来ればお水だと嬉しいです」


「分かったワ♪」



 すると、荷車にちょこんと座ったアイゼルネが補給用の水差しをショウに手渡してくれた。中身はほんの少しぬるめに設定された飲料水である。道中でお腹が痛くならないようにする為の配慮がありがたい。

 吸い口からぬるめの水を口に含むと、足元の方から「オレにもちょうだい!!」とハルアがおねだりをしてきた。今もなお四つん這いの状態でどうやって水分補給をするのかと思いきや、彼は何事もなかったかのように起き上がって二足歩行で走り始めた。最初からそうやってほしい。


 ハルアに飲みかけの水差しを手渡したところで、ショウたち問題児の前に白くて巨大な門が現れた。



「わあ、門だ」


「冥府には7つの門があるからねぇ。多分、マラソン大会の為に開いてると思うけどぉ」



 徐々に近づいてくる純白の門を見上げるショウに、後ろから荷車をゴトゴトと引っ張るエドワードが息も切らせぬまま言う。



「でもあの門ねぇ、普通に見るとちょっと気持ち悪いよぉ」


「何でですか? 門差別ですか?」


「見れば分かるよぉ」



 エドワードの言葉が分からずに首を傾げるショウは、とうとう純白の巨大な門の前に立つことになった。



「うわ」


「でしょぉ」


「人骨!?」


「冥府から出してもらえなかった罪人たちの骨かしらネ♪」



 目の前に屹立する純白の門を見上げ、ショウはそっと顔を顰めた。


 純白の門を構成する素材は石灰石か何かだと思っていたのだが、まさかの人骨の集合体だった。腕の骨や脚の骨、肋骨、さらには頭蓋骨までもが複雑に絡み合って門の形を構成しており、禍々しい雰囲気を漂わせている。

 ピタリと閉ざされた門扉の表面は巨大な手の骨の絵が描かれており、まるで骨のみで構成された巨大な手のひらが門扉を押し留めているようだった。集合体恐怖症を患った人間は絶対にこの門を通り抜けることを拒否しそうだ。


 ほんの僅かな隙間さえなく閉ざされた骨の門を前に、ショウは「え」と声を上げる。



「開いてないですが」


「おかしいねぇ」


「壊す!?」


「そんなことをしたらキクガさんに怒られちゃうわヨ♪」



 真っ先に破壊を思いついたハルアをアイゼルネが窘めると、骨の門から甲高い声が聞こえてきた。


 門扉を支える支柱に埋め込まれた頭蓋骨が、カタカタと綺麗な歯列を鳴らして笑っていた。誰かが魔法で操っているのかと思ったが、そんな雰囲気はない。そもそも冥府は魔法が全面的に使用できない特殊な世界なので、魔法によって使役されるという法則が通用しない。

 では頭蓋骨の意思で笑うし喋るのだろうか。父は魑魅魍魎が蔓延る冥府で元気に働いているが、こんな気味の悪い怪物と一緒に働いているのは正気を疑う。もしかしたら、もう正気はないのかもしれないが。


 警戒する問題児に、支柱に埋め込まれた頭蓋骨が甲高い声で喚いた。



「置イテイケ!! 置イテイケ!!」


「何を置いていけばいいんですか」


「骨!! 骨!! ドコデモイイ、置イテイケ!!」



 なるほど、この骨で構成された門は通り抜ける際に犠牲となった骨たちか。だとすると頭蓋骨を差し出した勇気ある死者もいるのか。勇気どころか頭がおかしいのではないか。



「なるほどねぇ、葬儀に必要な渡賃みたいなものだねぇ」


「そうなんですか?」


「通常の葬儀には、棺に偽物の骨と眼球の作り物とカツラと心臓のぬいぐるみと入れ歯と作り物の耳と革製のブーツを入れるのヨ♪」


「何で最後の品物だけ平和なんですか。そこまで来たらもう身体の一部でもいいでしょう」



 偽物の骨、作り物の眼球、カツラ、心臓のぬいぐるみ、入れ歯、作り物の耳と来て何を捧げるのか容易に想像できてしまうのが嫌なところである。もしかしたら眼球のみで構成された気持ち悪い門や、心臓のみで作られた不気味な門が待ち受けているのだろうか。

 そんなことを考えていたら気分が悪くなってきたが、今はこの門を突破しなければ話にならない。骨を捧げなければならないが、あいにくとショウたち問題児が捧げられる骨は何もないのだ。


 腕を組んでどう打開するかと頭を悩ませるショウをよそに、暴走機関車野郎と名高いハルアが大股で喋る頭蓋骨の元まで歩み寄った。



「よいしょーッ!!」


「わあ、ハルさん!?」


「何してんのぉ!?」


「あらマ♪」



 何と、ハルアは喋る頭蓋骨の眼窩に人差し指と中指を突っ込むと、容赦ない力加減で引っこ抜いた。

 支柱から引き抜かれた頭蓋骨は「止メテ!!」と訴えるものの、呆気なく骨のみで構成された門から引き剥がされてしまう。引き剥がされてもなおカタカタと歯列を鳴らして何かを訴えていたが、ハルアの耳には届いていなかった。


 綺麗な頭蓋骨を右手に構え、ハルアは門扉めがけて全力投球する。



「飛んでけーッ!!」


「アアアアアアアアアーッ!!」



 甲高い絶叫を響かせながら飛んでいった頭蓋骨は、門扉と正面衝突を果たして爆散した。見事に砕け散った頭蓋骨だったものが、バラバラと門のすぐ下に散らばる。

 頭蓋骨をぶち当てられた門扉は、キィと音を立てて僅かに開いた。門の方も「こいつらをここに留まらせたら大変なことになる」と判断したのだろう。


 ハルアは清々しい笑顔でショウに振り返ると、



「行こっか!!」


「いいのだろうか、あれ」


「開けといてくれなかった冥府側が悪いんだよ!!」



 ハルアが僅かに開いた白色の門扉に身体を捩じ込んでいく。遠慮のない突破方法に、ショウも唖然とするしかなかった。



「開いたしいっかぁ」


「豪快な開け方よネ♪」


「本当にこれでいいのか……?」



 門の開け方に疑問は残るが、とりあえず開いたのでショウは冥府マラソンを再開させるのだった。

《登場人物》


【ショウ】最近、先輩についてランニングをしているのでだいぶ体力がついた模様。

【エドワード】荷車を引きながら走る。ハンデだぜ。

【ハルア】普通に走ったらつまらないので、四つん這いでしゃかしゃか走る。後輩にドン引きされていることを知らない。

【アイゼルネ】補給係。飲み物は何でも取り揃えております。

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― 新着の感想 ―
やましゅーさん、おはようございます! 新作、今回も楽しく読ませていただきました! ハルア君の通常運転と言うか、暴走機関車ぶりが面白くてたまりません。四つん這いで走ったり、門を破壊したりと、あとでキク…
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