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第5話【異世界少年と仲直り?】

 失意のまま用務員室にご帰還である。



「うううう……」


「ここを追い出されたら実験台……ここを追い出されたら実験台……」


「未成年組のダメージが予想以上に酷い」


「それはそうでしょうヨ♪」



 エドワードとアイゼルネが何かを言っていたが、ショウの耳には届いていなかった。隣を歩く先輩のハルアがどういう状況なのかさえ確認できていない。

 ショウの中で重要な部分は『ユフィーリアに嫌われること』だった。彼女の嫌いなものまで引き合いに出して豆まきを実践してしまった訳である。好感度が下がる一方ならば冥府に再就職するしかない。


 よたよたと覚束ない足取りで用務員室の前まで辿り着いたショウは、震える指先で扉を開けた。



「ただいま……」



 応じる言葉はない。


 代わりに空気中に混ざったのはバターのいい香りである。ふわりと漂う甘い香りに胃袋が刺激される。

 匂いの発生源は居住区画からだ。居住区画にはユフィーリアが残っていたはずだが、何かを作っているのだろうか。



「ユフィーリア……?」



 そっと居住区画の扉を開けると、ユフィーリアの綺麗な銀髪が視界の隅で確認できた。どうやら台所を占拠しているようで、鼻歌混じりに何かを焼いている。

 空中に白魚の如き指先を滑らせてくるりと回せば、艶やかで大振りな苺がふわふわとどこからか漂ってくる。それらが何か平たい器のようなものにポコポコと乗せられると、小麦色の生地が覆い被せられた。あの形状はパイだろうか。


 ふと調理中のユフィーリアがこちらへ振り返り、



「おう、お帰り」



 何て言って、いつものような優しい声で応じてくれた。



「ううううう……」


「どうしたどうした、ショウ坊。そんな座り込んで」


「貴女はまだ俺の名前を呼んでくれるのか……」



 泣き崩れるショウに駆け寄ったユフィーリアは「おかしなことを言うな」と笑う。


 つまり彼女は、ショウたちが学院長室を襲撃するという問題行動で許してくれたことになるのだろうか。常日頃から優しい魔女だと思っていたが、口に爆裂豆を詰め込んで窒息寸前まで追い込んだというのに、部下の愚行を許してくれるのか。

 だって表情はいつも通りだし、態度もショウの記憶にある通りのそれである。口調に冷たさが宿ることもない。あれほど怒っていたのだから少しぐらい引きずってもいいはずだが、そんな雰囲気もないのだ。


 ショウはその場でユフィーリアに向けて土下座をすると、



「ごめんなさい、ユフィーリア……もう二度と貴女の不利益になるような真似はしません……許してください……」


「やだ」



 ユフィーリアの答えは単純だった。



「お前、アタシの書斎を豆まみれにしておきながら『ごめん』で済ますたァいい度胸じゃねえか。そんな簡単に許してもらえると思うなよ」


「それはつまり、書斎のお掃除をすれば許してくれると……?」


「まあ、考えてやる」



 ショウは先輩のハルアを振り返った。彼もまた表情に希望を滲ませていた。

 豆まみれになったユフィーリアの大事な書斎をお掃除すれば、今回の愚行は許してもらえる。生涯をかけて償うべき罪がほんの少しでも軽くなるのであればお掃除の仕事に取り掛かるしかない。


 ショウとハルアは互いの顔を見合わせて頷くと、



「ショウちゃん、早速お掃除しようか!!」


「そうだな、ハルさん。丁寧にお掃除しよう、床も舐められるように!!」



 そう言って、ショウとハルアはエドワードとアイゼルネの腕も掴む。未成年組2人だけで済ませられる問題ではない。



「エドさんとアイゼさんもですよ」


「ちゃんとお掃除しようね!!」


「ええー、俺ちゃんもやるのぉ?」


「おねーさんは別のことで償おうと思っていたけれド♪」


「被害者の指定に文句を言わないんですよ!!」



 別のことで償うとか何とか言っていた先輩たちも強制的に書斎に連行するショウとハルア。もちろん清掃道具も持参である。


 書斎の扉を開けると、弾けた爆裂豆がそこかしこに散らばっていた。ユフィーリアが読んでいたらしい魔導書も長椅子の上に放り出されたままになっている。まずは散らばった爆裂豆を集めるところから始まりそうだ。

 豆から滲み出た油分が床をぬるぬるにしてもよくないので、散らばった爆裂豆を集めたあとは雑巾掛けをしようと決める。舐められるぐらいにピカピカにするならばワックスがけもするべきだろうか。だが、魔導書に影響があったら大変なので雑巾掛け程度に留めておく。


 掃除道具を片手にお掃除の手順を頭の中に思い描くショウだったが、





 ――――ガチャン。





 背後で扉が閉まり、ついでに鍵のかかる音も聞こえてきた。



「え?」


「何!?」


「あら扉ガ♪」


「ユフィーリア?」



 閉ざされた扉に駆け寄って開けようとするも、扉に鍵がかけられているので開けることが出来ない。ガチャガチャとドアノブが耳障りな音を奏でるだけだ。



「あの、ユフィーリア。扉がその」


「お前ら」



 扉越しに、ユフィーリアの声が聞こえてきた。



「いい加減に、アタシが嫌いな幽霊とかを使っていじるのを止めようか」



 血の気が引いた。


 書斎の掃除をすればユフィーリアは許してくれると思ったが、どうやら鬼のお面を被って爆裂豆を窒息寸前まで食わせた件に関してはまだ許していないらしい。それもそうだろう、お化けはユフィーリアの嫌いなものである。鬼のお面も怖さを押し出すように絵を描いたので、お化け嫌いからすれば心的外傷トラウマが残ってもおかしくはない。

 ということは、この件に関してはまだ許されないのだ。ショウは一生の傷を負っていくことになる。


 ショウは涙目で扉を叩き、



「ゆ、ゆふぃ、ユフィーリア……あの……」


「だからアタシも、もう知らねえと思って」



 ユフィーリアは扉の向こうで笑いながら、



「まあな、アタシも別に永遠に仲違いをさせようって訳じゃねえ。お前らのことは大事な家族だと思ってる。だけど今回の件はきっついお灸を据えようと考えてな。――ああ、ここを出られたらリリアからもらった苺でストロベリーパイを焼いてあるからおやつにしような」



 口調そのものはいつものユフィーリアだ。そして多分、彼女はめちゃくちゃ怒っている訳ではなさそうである。

 苦手なものを引き合いに出されることに対して、一度きつめのお灸を据えた方がいいと彼女なりに考えたのだろう。この件で有効性を見出してしまうと、この先何度も何度も「苦手だ」と言っているのにお化けや幽霊を出されたらたまったものではないからだ。


 ユフィーリアは「そんな訳で」と言い、



「5分、耐えられたら出してやるよ」



 その言葉と同時に、ふつりと書斎の明かりが消えた。



「わ、消えたぁ」


「びゃッ」


「あらマ♪」


「ひゃッ」



 三者三様の反応を返す中で、次の仕掛けが発動する。





 ――ゴロゴロゴロゴロッ、ぴしゃーん!!!!





 真っ暗闇を貫く白い閃光。

 室内に轟く雷鳴。


 エドワードの苦手とする雷である。



「ひぎゃあああ!!」



 エドワードの悲鳴が暗闇の中に響くと同時に、アイゼルネの口からもけたたましい絶叫が飛び出る。



「虫♪」


「わ、何かが這い回って……!?」



 ゾワゾワとした感覚がショウの肌を這う。アイゼルネの苦手とする多足系の虫までご登場だ。


 これはまずい、非常にまずい。

 雷を苦手とするエドワードと虫を苦手とするアイゼルネの2人が、揃ってやられてしまった。ここはショウたち専用のお仕置き部屋である。


 かくいうショウも、暗闇はあまり好きではない。視界が確保できないというのはどうしても不安を覚えてしまうからだ。



「は、ハルさん、ハルさんはいるか……?」


「ショウちゃん……」



 ハルアの声は足元から聞こえてきた。

 落雷の光を利用して一瞬だけ見えた先輩の姿は、あまりにも弱々しい。ショウの足元にしゃがみ込むなりガタガタと震えていた。


 慌ててハルアの肩を掴むと、彼はゆっくりと顔を上げる。



「狭いところ、オレ苦手……」



 か細い声で、そんなことを訴えてくるハルア。


 何と言うことだろうか。ハルアにとってこの書斎の狭さは閉塞感があって息が詰まるらしい。普段から苦手なものなどないと思っていたが、先輩の苦手とするものを嫌な状況で知ってしまった。

 これは問題児、万事休すである。やはりユフィーリア・エイクトベルという魔女を怒らせてはいけなかったのだ。


 それからたっぷり5分間、ショウたちは苦手なものと戦い続けなければならなかった。心にはしっかりと「もうユフィーリアにお化けや幽霊などを利用して嫌なことは絶対にしない」と誓いながら。

《登場人物》


【ショウ】暗闇が苦手。叔父のことを思い出す。

【ハルア】狭いところが苦手。だから培養槽も嫌。

【エドワード】感電死しかけたから雷が苦手。

【アイゼルネ】虫が苦手。気持ち悪い。


【ユフィーリア】幽霊やゾンビなどが苦手。怖い。

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