第4話【学院長と豆まき】
「極東の言葉で『鳩に豆鉄砲』って言葉があるんスよ」
「魔導砲を豆鉄砲に改造して豆をたくさん放てる魔法兵器を作りましたなんて馬鹿なことを言ったら、今度は授業予算を出さないからね」
学院長室では不穏な会話が取り交わされていた。
ただいま絶賛書き物仕事中の学院長、グローリア・イーストエンドはペン先をガリガリガリガリと原稿用紙へ滑らせながら応じる。近日発売予定の魔導書の執筆に忙しかったのだ。
そんな多忙を極める学院長の元を訪れ、我が物顔で長椅子に座り、キラキラの笑顔と共に新作の魔法兵器を披露しようとしていた副学院長のスカイ・エルクラシスはしょんぼりと肩を落とした。やはりマッド発明家の名前は伊達ではない様子である。
スカイは長椅子の背もたれに身体をもたれさせると、
「えー、いいじゃないッスかちょっとぐらい」
「出さないからね」
グローリアは原稿用紙から顔を上げることなく、念押しするように言う。
まあ、豆がたくさん出てくる魔法兵器なんて使い所が分からないものは見たくもないだろう。少しは世の為人の為になるような魔法兵器を発明すればいいのに、最近はあまり寝てないのか元々からそういう性格だったのか不明だが、トンデモ発明品ばかりが学院長の前に提示されるばかりだ。
いっそのこと、彼の相談役として最年少の問題児をつけたらどうかと一瞬だけ考える。あの頭のいい女装メイド少年はレストランなどでも助言をしているので、異世界の知識でまともな魔法兵器を作れそうだ。
その時、
「鬼は外!!」
「うわあ、何!?」
学院長室の扉が勢いよく開け放たれ、鬼のお面を被った集団が雪崩れ込んできた。
よく見ると、顔はお面で隠していても体型までは隠すことは出来ない。1人は屈強な大男、1人は小柄で真っ黒なツナギを身につけた少年、最後の1人は可憐なメイド服姿である。どこからどう見ても問題児だ。
ところが、彼らの声は一様に切羽詰まったような雰囲気があった。何かに追い立てられているような気配さえあった。
「え、ちょ、何!?」
「問題児? 何してんスか、一体」
不思議そうな表情で首を傾げるスカイの側で、グローリアは驚きの声を上げる。問題児が襲撃をしてきたということは嫌な予感でしかない。
「鬼は外!!」
「痛ッ、何するの!?」
「鬼は外鬼は外鬼は外!!」
「いたッ、いたたたッ!!」
鬼のお面を被った問題児が、麻袋から何かを掴み取ってぶん投げてくる。その何かが散らばるたびにしゃんしゃんと音を立てた。
よく見ると、鈴の粒の形をした豆である。食用の豆ではなく、害獣を遠ざける為の農具『鈴豆』だ。こんなものを投げつけてくるなんて何を考えているのか。
ただ、問題児は必死だった。必死で麻袋から鈴豆を掴み取り、グローリアとスカイめがけて投げつけていた。
「ちょ、君たち何でそんな必死なの!?」
「何かに脅されてんスか!?」
「鬼は外!!」
「もう分かったよそれは!!」
投げつけられてくる鈴豆に顔を顰めながらもグローリアが顔を上げると、学院長室の扉の付近で誰かが佇んでいた。
アイゼルネである。彼女の手には綺麗な手鏡が握られていて、鏡面には銀髪碧眼の魔女が冷めた目で部下たちの頑張りを監視していた。
その表情が笑っていなかった。ニコリともしていなかった。もう見ているだけで「これは怒ってるな」と感じるぐらいに冷え冷えとしていた。
グローリアはそれだけで察知した。
「君たち、またユフィーリアを怒らせたな!?」
「懲りないッスねぇ」
「鬼は外!!!!」
必死に鈴豆を投げつけてくる問題児の姿に、グローリアは憐れみを感じざるを得なかった。これはもう、本当に可哀想である。
☆
ひとしきり鈴豆を投げつけてから、問題児たちは揃って自主的に正座をした。
「この度は誠に申し訳ございませんでした」
「でした!!」
「でした」
しっかりと謝罪をした珍しい問題児たちの姿に、グローリアは呆れた様子で言う。
「君たちは本当に懲りないね。年に1回はユフィーリアを怒らせるなんて」
この問題児、上司が怒るのを苦手としているのをいいことに年に1回はこんなことが起こるのだ。主な原因は『上司が読書に耽って食事もまともに取らないので、無理やり食べ物を口に突っ込んだ』ことである。何度言っても直らない習慣なのだから、もう放っておけばいいのに。
そんな訳で、このような方法で上司を怒らせた問題児の馬鹿タレは、上司に命令されるがまま問題行動を起こすのだ。正確には起こさせられるというのだろうか。まあそんなことをしても、最終的には命令した側の上司が説教の現場にやってきて「おう、悪かったなハハッ」みたいな感じで部下の責任をちゃんと取っていくのだから、グローリアも呆れるしかないのである。
だが、今回は出てくる気配がない。アイゼルネが握りしめる手鏡の前から動く気配が全く見られないのだ。
「いつも言ってるじゃないか、放っておけばいいって。ユフィーリアだってもういい大人なんだから、お腹が空けば勝手にご飯ぐらい食べるんだから放っておきなよって。君たちが逆に危ないことをさせられるんだから」
「でもご飯を食べなきゃ心配になるって言うかぁ……」
「それで君たちが痛い目を見てるんだからいい加減に懲りろって言ってるんだよ、僕は」
グローリアはため息を吐き、アイゼルネが構えている手鏡に視線をやった。
「ユフィーリア、今回も君の自業自得なんだから何もそこまで怒ることはないでしょ。彼らも反省しているんだから。僕を巻き込むような真似は止めてよね」
『グローリア』
手鏡から発された、銀髪碧眼の魔女の声は底冷えのするような威圧感が織り交ぜられていた。
なるほど、おそらく彼らはただあの魔女を怒らせた訳ではなさそうである。普段こそ怒ることが苦手な魔女がここまで怒髪天を衝く勢いで――いいや絶対零度に到達する勢いで怒るのは、あまり見ないことだ。
グローリアは姿勢を正すと「何かな」とだけ応じる。
『お面は怖かったか?』
「え? ああ、まあ、うん。怖いっちゃ怖いけど」
問題児が装着していた鬼のお面は、工作にしてはよく出来ていると思えた。絵は気迫があるし、怖い表情も完璧である。
『グローリア、アタシの嫌いなものって何だ?』
「お化けや幽霊とかだっけ」
『そのお面を装着して、アタシは爆裂豆を窒息寸前まで詰め込まれた訳だ。羽交い締めにまでされてな。その時のアタシの恐怖心は察知できるか?』
「うん、分かった。ありがとう。ごめん」
グローリアが反射的に謝罪すると、銀髪碧眼の魔女は鼻を鳴らすと鏡面から姿を消した。通信魔法を切断したのだ。
つまり、今回は通常とは異なって、やりすぎたのだ。しかも彼女が「苦手だ」と公言して憚らないお化けや幽霊などの類を利用して、あわや殺害寸前まで到達しそうになったのだ。彼女の恐怖心は計り知れないものがあっただろう。
彼女が嘘をついている様子もなければ、しょんぼりと肩を落として反省する問題児が言い訳をするような素振りもない。魔女の口から語られたことは全て真実だったということ間違いなさそうだ。
何を言おうかと逡巡するグローリアに対して、人間の心を理解しない魔族のスカイは容赦がなかった。
「今回の1件で完全に嫌われないにしても、まあ多少の好感度は下がるのは覚悟した方がいいッスね。あ、もし用務員室を追い出されることになったらボクのところに来たらいいッスよ、魔法兵器の実験台としてたっぷり使ってあげるんで」
「コラ、スカイ!! 問題児にトドメを刺さない!!」
「え? いやぁ、あれだけのことをすりゃ好感度下がるのは確実じゃないッスか。ユフィーリアだって人間なんだから、他人の好き嫌いに好感度の上下ぐらいはあるっしょ。あんなことやられればいくら付き合い長かろうがお嫁さんだろうが間違いなく好感度は下がるところまで下がって冷え切った関係になって」
「コラ!!!!」
的確に問題児の心を抉る副学院長に、グローリアは道徳心を教え込むことになろうとは夢にも思わなかった。
ちなみに心を抉られた側の問題児、何も言い返すことが出来ずにただただ学院長室の床に倒れ伏すしかなかった。舌戦最強を誇るショウでさえ、床に突っ伏してさめざめと涙を流す姿は、さすがにグローリアも同情するしかなかった。
《登場人物》
【グローリア】年に1回は問題児が上司を怒らせるので、もうほっとけとアドバイスした。自分もそうしてる。
【スカイ】何で豆鉄砲を魔法兵器で再現したらダメなんだ、ということが全く分かっていない。使い道がないからだよ!
【エドワード】上司を怒らせた馬鹿タレ1号。
【ハルア】上司を怒らせた馬鹿タレ2号。
【ショウ】上司を怒らせた馬鹿タレ3号。
【アイゼルネ】本名公開を人質に取られた見張り役。
【ユフィーリア】本気で怒ったら怖かった。