第3話【問題用務員と豆まき】
ちょっと早いがお説教の時間である。
「ごめんなさい」
「許してください」
「もうしません」
「黙れクソガキども」
ユフィーリアはお怒りだった。ちょっと涙目で仁王立ちをしていた。
目の前には問題児男子3人組が仲良く正座をし、反省の姿勢を見せていた。頭には巨大なたんこぶが作られている。ちなみに年齢順に1個ずつ増えていた。
熱された爆裂豆が書斎に送り込まれたところまでは、まあユフィーリアも反省すべき点ではあると自覚している。何故なら昼食も取らずに読書へ没頭していたのだ。部下の心配をよそに魔導書を読み耽っていれば、無理やりにでも現実の世界に意識を引き戻そうとしてくるだろう。周りにも気を配るべきだったと自省する。
しかし、問題はそのあとだ。
「鬼のお面を被って『食え』とか言ってよ、爆裂豆を問答無用で口の中に詰め込むとか何考えてんだお前ら。殺す気か。窒息するところだったぞ」
「お昼ご飯を食べさせなきゃって思ってぇ……」
「誰が口答えしていいって言った、エドワード・ヴォルスラム」
「ヒィン……」
冷たい声で名前をフルネームで呼ばれたものだから、エドワードも泣きそうになっていた。
鬼のお面を被って素顔を隠した上、炒められた爆裂豆を次々と口の中に詰め込まれたのはさすがに堪えた。口の中に爆裂豆をパンパンに膨れるまで詰め込まれたので呼吸が出来なくなりかけたし、妙に怖い鬼のお面のせいで恐怖も倍増である。
ただでさえ幽霊やお化けといった類のものが嫌いなユフィーリアである。問題児男子3人組の馬鹿タレどもが作った怖い鬼のお面に恐怖していたのに、羽交い締めにされて口の中に爆裂豆を詰め込まれるのは筆舌し難い恐怖があった。
普段は怒らないユフィーリアの本気の怒りを感じ取った馬鹿タレ3人は、
「大変申し訳ございませんでしたぁ……」
「両腕だけで勘弁してください!!」
「嫌いにならないでくれ、ユフィーリア……」
「次はないと思えよ」
しょぼんと肩を落とすエドワード、ハルア、ショウの3人にユフィーリアは冷たく告げる。
「次やったら従僕契約解除して冥府に送り込んでやるからな。親父さんのところで再就職しろ」
「本当にすんませんでしたぁ!!」
「ごめんなさいでした!!」
「すみませんごめんなさい嫌わないでユフィーリア嫌わないでください何でもしますお願いします」
見捨てられる可能性どころか冥府送りにされる危険性を感じ取り、さすがに彼らも本気の土下座をしてきた。学院長には見せたことのない本気の謝意である。ショウに至っては恐慌状態に陥りでもしたのか、ガタガタと小刻みに震えていた。
ユフィーリアはため息を吐いてから、ジロリと傍観に徹していたアイゼルネに視線をやる。
彼らはこんな馬鹿なことをやったが、その準備の過程は見守っていたはずである。この南瓜頭のお茶汲み係が待ったをかけてくれれば、ユフィーリアとて爆裂豆で驚く程度で済んだ訳だ。
「何でこいつらを止めなかった?」
「昼食を取らせたかったのヨ♪」
「爆裂豆で驚かせようとしたところまでは許せた。アタシも魔導書を読み耽っていたのが悪いからな。でも爆裂豆を無限に口の中に詰め込まれて呼吸困難に陥らせるのは違うだろ」
「そこまでするとは誰も思わないじゃなイ♪」
「黙れ口答えするな本名バラすぞ」
「おねーさん、それをやられると死んじゃうけれド♪」
「次やったら死ねって言ってんだ。アタシの為に」
「肝に銘じます、魔女様」
ユフィーリアの本気度具合を察知したアイゼルネは、冷や汗を南瓜のハリボテに浮かばせながら応じた。語尾に『♪』もつけることはなかった。
魔法で椅子を引き寄せたユフィーリアは、どかりと腰掛けると手付かずになった紙袋を手に取る。中身はまだ残っている炒められた爆裂豆だ。ご丁寧にもバターと塩で調理をしてくれたようで、軽食には持ってこいの代物である。
炒められた爆裂豆を口に運ぶうち、いつのまにか胃腸も調子を取り戻していた。くぅ、と胃袋が空っぽを訴えるように鳴動する。なおもぽりぽり、もぐもぐと炒められた爆裂豆を口に運んだ。
「で?」
「……で、とは」
「何でこんなことやった」
ユフィーリアが素直にそう問いかけると、スッとショウが苦々しげな表情で挙手をした。どうやらショウが発端のようだ。大体予想は出来ていたが。
「異世界には豆撒きって文化があって、その、豆を投げつけて鬼を払って福を呼び込むというか……そのう……」
「ふぅん、そうか。なるほどな」
しょぼしょぼと説明をするショウに、ユフィーリアは納得したように頷く。
豆は極東由来の食べ物で神聖なものであるというのは知識として知っていたが、なるほど撒くことによって邪を払うという意味もあるのか。やはり異世界の文化は面白いことばかりである。
ただ、豆撒きとユフィーリアに無理やり爆裂豆を食わせて窒息させようとした意図が結びつかない。撒くのではなく炒めた豆を食わせようとしたら邪を払うどころか取り込む意味合いにならないか。
「鬼を払うんだったら投げつけるだけでよかっただろ」
「いや、あの、福は内ということで、取り込んで幸せになってもらおうかと……」
「そうかそうか」
ユフィーリアはぽりぽりと爆裂豆を口に運びながら、ピンと閃いた。それから指先を振って転送魔法を発動させる。
手元に引き寄せたのは麻袋である。小さめの麻袋は紐で口が縛られており、中にはじゃらじゃらと音を立てる何かが詰め込まれている。
紐を解いて中身を手のひらに出すと、それは鈴の形をした小さな粒だった。鈴の形をしているものの材質は金属ではなく木――いいや豆のようなものだ。
その鈴の形をした豆のような何かを指で摘んだユフィーリアは、
「鬼は外」
「いたッ」
ピンと弾いて鈴の形をした粒を、エドワードに向かって当てる。見事に粒はエドワードの額に当たり、しゃんという小さな音を奏でた。
「鬼は外」
「びゃッ」
次はハルアの頬に当たった。しゃんと音を立てて鈴の粒が彼の膝の上に落ちる。
「鬼は外」
「ぴゃッ」
そしてショウの頬にも鈴の粒が当たり、しゃんと音を立てて鈴の粒が彼の太ももの上を転がった。
「鬼は外、鬼は外、鬼は外、鬼は外」
「いだッ、ちょッ、ユーリ待って」
「痛い痛いあとしゃんしゃんうるさい!!」
「地味にいたッ、ちょっと待ってくれユフィーリアいたたたッ」
麻袋から鈴の粒をむんずと掴み取り、ユフィーリアは3人に向かって投げつける。鈴の粒が彼らに当たるたび、そして床に落ちるたびにしゃんしゃんしゃんしゃんとうるさく鳴り響く。地味に痛いようで3人は制止を呼びかけるも、ユフィーリアは構うことなく鈴の粒を投げつけた。
この鈴の粒は『鈴豆』と呼ばれるもので、食用ではない。野生動物を追い払う際の罠として地面に撒いておく、農具とかの類に該当するのだ。
ちょうどリリアンティアに持って行こうと購入しており、最近ハーブを独自で育てるようになったアイゼルネも使うかと小分けにしておいたのだ。まさかこんな時に使う羽目になるとは思いもよらなかったが。
ひとしきり鈴豆を馬鹿タレ3人に投げつけてから、ユフィーリアは袋ごとポイと彼らの膝に放る。
「豆撒きだろ、これグローリアに投げつけてこい。ちゃんと鬼のお面も装着していけよ」
「え、それは俺ちゃんたちが怒られるのでは」
「え?」
「やりますぅ……」
異論を唱えようとしたエドワードを笑顔で黙らせ、ユフィーリアは次いでアイゼルネに振り返る。
「お前は監視。手鏡で通信魔法を繋いでおくから、見張ってこい」
「分かったワ♪」
アイゼルネも了承せざるを得なかった。それほどまでにユフィーリアは怒っていたのだ。
「せいぜいアタシを楽しませてみせろよ」
怯える問題児どもを前に、ユフィーリアは椅子の上でふんぞり返って女王様よろしくそんなことを言うのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】さすがに爆裂豆を窒息寸前まで口に詰め込まれてご立腹。鬼のお面が怖かったのもマイナス。
【エドワード】上司がたびたびご飯を食べないので無理やり食わせている。
【ハルア】上記と同じく無理やりご飯を食べさせることに定評がある。
【アイゼルネ】さすがにご飯を食べないのは問題なので彼らの行動は黙秘した。
【ショウ】最愛の旦那様を人間に戻そう計画を実行したら怒られて失意。