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第2話【問題用務員と爆裂豆】

第101章の続き

 問題児筆頭、ユフィーリア・エイクトベルは書斎に引きこもっていた。



「…………」



 普段なら「暇だ」と叫んで余計な事件を引き起こす問題児筆頭も、今日この時だけは妙に静かだった。そもそも引きこもるようなことがないので珍しいことではある。

 その原因は、ユフィーリアの手の中にある魔導書だった。題名は『イグニスの手記』である。最近発見されたばかりと言われている上級魔導書が魔導書図書館に入荷したので、生徒たちが授業で出払っている隙を見て借りてきたのだ。もちろん無断である。借りるとは言わない。


 ふかふかの長椅子ソファに身体を横たえてページを捲り、真剣に文章を読み込んでいくユフィーリア。その雰囲気は普段の騒がしさが嘘のように大人しく、口を閉ざしている為かその部分だけ宗教画の如く輝いているようだった。



「ユーリ♪」


「…………」


「ユーリ、お茶が入ったわヨ♪」



 書斎の扉が開くなり、ひょこりと南瓜頭の美女――アイゼルネが顔を覗かせた。その手には銀色のお盆が握られ、もうもうと湯気の立つ紅茶のカップが乗せられている。

 読書に夢中な上司の為に、この美人お茶汲み係はわざわざ温かい紅茶を入れてくれた訳である。しかも身体に冷気が溜まる特殊体質のおかげで熱いものを飲食することが出来ないので、紅茶を適温にしてくれているという徹底ぶりである。


 しかし、ユフィーリアは魔導書のページから視線を外すことなく、



「悪いな、アイゼ。適当なところに置いといてくれ」


「全くもウ♪ 朝から休憩もしないで読書に没頭するなんテ♪」



 アイゼルネは呆れたような口調で、



「小まめに休憩を挟まないと疲れちゃうわヨ♪」


「ん」


「聞いているのかしラ♪」


「ん」



 アイゼルネの言葉に生返事をするユフィーリア。これは聞いていなかった。聞いているふりをして全く聞いていなかった。

 ユフィーリアの意識はすでに魔導書に囚われていた。視線はページの上を踊る文字たちに固定されており、指先はページを捲ることだけしか許されていない。朝から現在まで飲まず食わずの状態で、ずーっと長椅子に横たわって魔導書を読み耽るばかりだ。


 この状態のユフィーリアに何を言っても無駄だと判断したのか、アイゼルネはお盆ごと長椅子の近くにある小さなテーブルに置いて書斎から退散する。「夢中ネ♪」なんて呆れたような言葉を残しながら。



「…………」



 そんな訳で、アイゼルネが紅茶を入れてくれたにも関わらず、ユフィーリアは読書を止めなかった。



「…………」



 だから書斎の外でこんな会話が繰り広げられているとは、夢にも思っていなかった。



「ただいまぁ」


「ただいま!!」


「ただいま戻りましたもぐもぐ」


「あら、お帰りなさイ♪ 何か美味しそうなものを食べているわネ♪」


「爆裂豆だよ!!」


「購買で大特価だったんですもぐもぐ」


「いっぱい買ってきたから晩酌のおつまみに保存しておこうかってことでねぇ」


「あら素敵♪」


「ちなみにねぇ、今ショウちゃんとハルちゃんが食べてるのは塩バターだよぉ」


「美味え!!」


「病みつきですね。手が止まりません」



 聞いてないったら聞いていないのだ。



「ところでユフィーリアは?」


「まだ書斎ヨ♪ 魔導書を読み耽っているワ♪」


「あれ、あの魔導書って朝から読んでましたよね?」


「朝ご飯が終わってから魔導書図書館にすっ飛んで、無断で取ってきてから今に至るよ!!」


「あれからお昼も過ぎてるけどぉ、まさかまた飲まず食わずで読んでるのぉ?」


「そうみたいなのヨ♪ 困っちゃうワ♪」


「こういう時、エドさんはどうしてました?」


「無理やり口の中に詰め込んでやってたよぉ」



 聞いていない以下略。



「なら、あれですね。ここにあります爆裂豆の出番ですね」


「どうやって活用するのぉ?」


「ユーリの口の中に無理やり詰め込む?」


「蓋をしないで熱せばいいんじゃないだろうか。炎腕えんわんは遠隔でも出来るし、物凄い音が出るからユフィーリアも気づくと思う」


「最愛の旦那様にやる仕打ちかしラ♪」


「時には鬼嫁になることもやぶさかではない。だって旦那様の健康の為なんだから」



 読書に夢中なユフィーリアは気づいていないが、そっと音もなく書斎の扉が開かれる。そろそろと滑るように這い進んできたのは、フライパンを支える3本の炎腕だった。

 燃え盛る手のひらで支えるフライパンに熱されているのは、何も調味料を投下していない爆裂豆である。もちろんだが、ユフィーリアはその存在に気づいていない。


 そして、その時は訪れる。





 ――――ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼーんッッッッッ!!!!





 爆薬を何個も書斎に放り込まれたかのような轟音が、幾重にもなって響き渡った。



「ぎゃあああああ!? 痛え痛え何だこれ!?」



 魔導書を投げ出して、ユフィーリアは長椅子から飛び上がった。そしてようやく現実を認識する。

 書斎にいつのまにか熱されたフライパンを支える炎腕と、そんなフライパンから勢いよく飛び跳ねる爆裂豆の存在を発見した。書斎の中をポンポンと飛び跳ねてふわふわの雲のようになった爆裂豆が床の上を転がっていた。どうして爆裂豆があるのか。


 やがてフライパンの中の爆裂豆が全て弾け終え、書斎がシンと静かになる。ユフィーリアは片手を振って爆裂豆を魔法で集めると、



「誰だコラァ!! せっかくアタシが読書をしてるってのに」



 書斎の扉を勢いよく開けて居住区画にドカドカと踏み込むと、やたら怖い鬼のお面を装着した問題児男子3人組とご対面を果たした。


 おそらく画用紙に鬼の絵を描いて、それを丁寧に切り取って紐で括り付けただけの子供騙しである。お面の様子がやたら平面でのっぺりとしているから、本格的なものではないことが窺える。

 ただ、問題児の中で最も画力の高いハルアが手がけたものだろう。鬼の絵の完成度が高すぎるのだ。もはや夢に出てきて追いかけてきそうな気配があり、非常に恐ろしいとしか言えない鬼のお面となっていた。子供も泣き喚いて逃げ出しそうである。


 そんな鬼たちが構えていたのは、手のひらに収まる程度の紙袋である。威嚇するようにガサガサと音を立てて上下に振っている。



「え、な、何、何だよお前ら、何してんだよ」



 ユフィーリアが震える声で問いかけても、ガサガサガサガサと紙袋を揺するだけである。妙に怖い。何も喋らないから気迫が凄すぎる。



「え、ちょ、おい、お前ら……?」



 ガサガサガサガサ、ガサガサガサガサと紙袋を揺らしながら徐々に距離を詰めてくる問題児男子3人組から逃げるように、ユフィーリアは書斎に戻った。

 静かに扉を閉めようかと思ったその矢先、僅かに開いた隙間から無骨な指先が容赦なく差し込まれて扉が閉ざされるのを阻止してきた。ユフィーリアの力さえ敵わず扉を開けてくる相手など、エドワードぐらいしか思いつかない。


 とうとう鬼たちは、ユフィーリアの書斎に足を踏み込んできた。ガサガサと紙袋を揺らしながら。



「ちょ、何なんだよおい!!」



 ユフィーリアが叫ぶと、鬼たちは途端にピタリと動きを止める。


 何かと思えば、緩慢な動きで紙袋から何かを取り出した。それぞれの指先で摘めるぐらいに小さな代物だった。

 それは雲みたいにふわふわとした見た目をしているが、見覚えがある。というか、床にいっぱい落ちている。


 炒められた爆裂豆だった。



「は、え?」



 混乱するユフィーリアに、3匹の鬼たちは言う。



「食え」


「食え」


「食え」


「え、あ、はい……」



 ユフィーリアは反射的に3粒の爆裂豆を受け取り、口の中に運んだ。

 程よい塩気とバターのまろやかさが絶妙な相性を成立させている。ふわふわとした見た目ながら歯応えもしっかりとあり、とても美味しい仕上がりとなっていた。


 それだけで満足かと思いきや、



「食え」


「食え」


「食え」


「ちょ、おい待て無理やり口に詰め込むんじゃむごごごごごご!?!!」



 鬼たちから羽交い締めにされて無理やり爆裂豆を口の中に詰め込まれるという恐怖を味わったユフィーリアは、口の中をパンパンに爆裂豆で膨れさせながらも鬼どもの愚行を殴って止めたのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】読書に夢中となると寝食を忘れがち。それでぶっ倒れようものならもはや自業自得である。

【アイゼルネ】読書に夢中なユフィーリアを心配して数十分おきに様子を見にくるのだが、体勢が変わっていなくて頭を抱える。


【問題児男子3人組】「節分は鬼のお面を被って」「鬼はユーリ苦手そうだけどまあいっかぁ」「怖いのにしよう!!」となった結果がこれである。

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