第3話【問題用務員と生首】
正面玄関に向かうと、生首が綺麗に7個ほど並んでいた。
「げはははははははは!! 生首ィ!!」
「ユーリが暇を持て余しすぎてとうとうぶっ壊れちゃったよぉ」
「叩けば治るんじゃないのかしラ♪」
「叩いても無理だよぉ、これはぁ」
正面玄関にやってきたユフィーリア、エドワード、アイゼルネを出迎えたのは鬼気迫る表情を浮かべた生首だった。しかも7個もある。
その異様とも呼べる光景を前にユフィーリアは崩れ落ち、エドワードとアイゼルネは大理石の床上で陸地に打ち上げられた魚のようにビクンビクンとのたうち回る上司を冷めた目で見下ろしていた。多分、このまま笑い続けていたら暴力も辞さないことだろう。
よろよろと起き上がったユフィーリアは、
「こ、これ、これが七魔法王? こんなのが?」
「こんなのが、だが」
7個の生首を使って腹話術の練習でもしていた頭の螺子ぶっ飛び未成年組は、ユフィーリアたち3人が正面玄関に姿を見せた途端に生首へ対する興味を消失させていた。彼らにとっては等しく玩具だったのだろう。
「七魔法王ではなく、阿呆魔法王の方がいい気がする」
「それはこっちにも流れ弾が飛んでくるから止めようか、ショウ坊。アタシらも大概だからな」
何せ第一席【世界創生】から順に魔法馬鹿、マッド発明家、必殺料理人、インテリヤクザ、エロ狐、巨乳ハンター、問題児である。外面がいいだけなので誰も本当の七魔法王の姿など知らないだろうが、ヴァラール魔法学院内ではもはや有名も有名であった。
そんな本性が世間一般に知られでもすれば、今まで築き上げてきた威厳は失墜する。――いやまあ、その程度がどのぐらいか分からないが、そこまで落ちる人間と落ちない人間がいるかもしれない。
ショウはキョトンとした表情で首を傾げ、
「ユフィーリアたちは十分に凄いではないか。たとえ普段の性格や態度が阿呆だ何だと言われていても、貴方たちの実力は他の追随を許さない。一般人が出来ないようなことを簡単にやってのけてしまうのだから、やはり七魔法王と呼ばれるだけの所以はあるのだろう」
「聞いたか、エド。アタシの嫁は何て立派なんだ」
「さすが語彙力豊富な舌戦の達人だねぇ。他人を褒める時も完璧だよぉ」
ショウから並べ立てられた称賛の言葉に涙ぐむユフィーリアは、
「さて、死者蘇生魔法の準備をするかな」
「ごめんなさい、迷惑をかけて」
「何、このあとアタシらがボコボコにするって考えると楽しくて仕方ねえんだ。多少の労力だって苦でもねえよ」
ユフィーリアはそう言って、数枚の羊皮紙を取り出す。
羊皮紙の題名は『死者蘇生魔法申請書』とある。題名の通り、死者蘇生魔法の際に使用する申請書である。
死んだ人間は通常、冥府へ旅立つ。しかしこの世には命の終わりすらも捻じ曲げることを可能とする魔法も存在し、その代表例が死者を蘇らせる『死者蘇生魔法』だ。誰にでもこの魔法を適用すると冥府も商売上がったりなので、必ず申請書の提出をして冥府総督府の審査を通さなければならないのだ。
およそ1000年前まではこの申請の段階でかなり時間を要し、おかげで生き返らせる為の死体を氷漬けにしなければならなかったり、腐敗が進まないように時間を停止したりとなかなか大変だったのだが、冥王第一補佐官が変わってから驚くほどスムーズに申請が通るようになった訳である。
「親父さんに連絡したら『今日はそれほど忙しくないから、あとで見に行く』って言ってた」
「父さんの第四席を騙っていたのはこの人だ」
ショウが示した先にいたのは、金髪美女の生首である。生首の後ろにまるで土下座をするような体勢で放置されている彼女の身体は、男なら涎でも垂れそうなほど肉感的なものだった。しかも露出度の高いボンテージ服に身を包んでいる。
「あ、エドの性癖ドンピシャじゃねえか。生き返らせて彼女にしろよ」
「殺していい?」
「誰をだ、誰を。――おい待てアタシに拳を向けるな、殺意を込めた拳はさすがに死ぬからな!?」
拳を握り込んできたエドワードから距離を取って、ユフィーリアはサラサラと羽ペンを走らせて申請書を書き上げていく。
ショウから名前を聞いて申請書を完成させてから、魔法の炎で燃やして申請書を灰にする。そして、さらに魔法で生首と土下座の姿勢を維持する胴体を面倒なので氷の棺に突っ込んで蓋を閉じた。
死者蘇生魔法に必要なのは、葬儀の手順である。死者をちゃんと『死んだ人間』と仮定しなければ死者蘇生魔法は適用されないので、せめて棺に入れることで死者であるという情報を確定させなければならないのだ。この辺りは宗派によって異なってくるのだが、ユフィーリアは無宗派なので適当に棺に入れるだけに留める。
氷の棺の上から魔法陣を刻み、ブツブツと呪文を唱える。すると、
――ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ!!
氷の棺が一斉に震え始めた。
「ほぎゃ」
「いつも怖がるよねぇ」
「ユーリ、いい加減に慣れなさいナ♪」
「うるせえこの野郎。悔しかったら使ってみろってんだ」
ガタガタと震え始めた氷の棺に恐怖して、ユフィーリアはエドワードの背後に隠れた。
震える氷の棺はやがて止まると、ゆっくりと分厚くて冷たい蓋が開いていく。横に滑るようにしてひとりでに移動した棺の蓋は大理石の床に落ちると、ズゴンという重たい音が響いた。
そして何事もなく起き上がる、阿呆な七魔法王の偽物たち。まるで寝起きのような表情で周囲を見渡し、そして自分たちが納められていた棺を見下ろして凍りつく。
そんな彼らへ足取り軽やかに近寄ったユフィーリアは、
「よう、おはよう。ご気分はいかが?」
「え、あ、ああ……」
第一席【世界創生】の偽物であるトーマスとやらが夢心地で頷く。
「何だか酷い夢を見ているような気がして……」
「それってどんな?」
「七魔法王を殺害する為に生まれたとかいう人造人間の少年に、笑顔で首を刎ねられる夢……」
「それってあんな少年か?」
ユフィーリアがツイと虚空に指を滑らせる。青年たち、阿呆な七魔法王の視線もつられるようにして移動した。
その先にいたのは、威嚇するように両腕を振り上げたハルアの姿である。猛獣を気取っているのか、歯を剥き出しにしていた。
ハルアの姿を認めた途端、阿呆な七魔法王の偽物たちは揃って甲高い悲鳴を上げると、氷の棺から飛び出す。大理石の床の上をのたうち回り、怯えた様子でハルアから距離を取る。
そんな怯えようを目の当たりにしたユフィーリアは、手を叩いて爆笑する。
「ぶわははははは!! たかが子供の威嚇にそこまで怯えるなんて情けねえなァ!!」
「き、君ッ、ただで済むと思うなよ……!!」
トーマスが涙目で睨んでくるが、ユフィーリアは余裕の態度を崩さない。
「へえ、どう『ただで済まさない』んだ? 何か出来るのかよお前に。たかが子供が猛獣を気取って威嚇しただけでそんな腰が引けてる連中が、七魔法王を名乗っているなんておかしなもんだな」
「何だと!!」
七魔法王の偽物たちは怒りの表情で立ち上がるも、彼らの――トーマスの背後からポンと誰かが肩を叩いた。
それは真っ黒な人間だった。艶のある黒髪は大理石の床の上を引きずられるほど長く伸ばされ、彼らを見下ろす赤い瞳は穏やかな光を湛えている。整った顔立ちは女性めいた美しさはあれど、高い位置にある頭が女性ではないことを示していた。
装飾のない神父服はまるで喪服のようであり、胸元から錆びた十字架が下げられている。頭に乗せられた髑髏のお面が邪悪な印象を後付けしていた。
彼の背後に佇む、無数の人骨と髑髏が支える不気味な門が姿を消すと同時に、邪神を崇拝していそうな神父様は口を開いた。
「君たちかね、七魔法王を騙る頭のおかしな連中というのは」
「ひえ……」
「ぜひとも話を聞かせてもらいたい訳だが。いや何、説教とかではなくて単純にどうして君たちが七魔法王を名乗ることが出来るのかということが知りたい訳だが」
朗らかな笑顔と共に、確実に偽物たちの心を抉っていく神父様。神父様こと冥王第一補佐官、アズマ・キクガのご降臨である。
冥府関係者を前にさしもの偽物たちも萎縮するばかりだ。しどろもどろになりながらも何かを言うが、そのたびに「それで?」と穏やかに返される。もはやいじめだ。
だが今回のいじめは、正しく『いじめられる方が悪い』と言える。何せ彼らがやったのはこの世で神様よりも崇拝される偉大な魔法使いを前に、大した実力もないくせに「自分たちの方が偉い」と胸を張ったからだ。
ユフィーリアはエドワードの背中をバシバシと叩き、
「もうダメだ、腹痛い。事情を説明できないから、エド、ちょっとグローリアを呼んできてやれ。あと副学院長も」
「はいよぉ」
「アイゼ、ルージュに通信魔法を飛ばしてやってくれ」
「分かったワ♪」
「じゃあ俺たちはリリア先生と八雲のお爺ちゃんを連れてくるな」
「急ごっか!! 帰っちゃうとまずいし!!」
キクガが偽物たちをいじめている隙に、問題児は現役の七魔法王たちを呼びに行動するのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】第七席にどんな印象を持っているんだろうか。この女の子、ゴスロリで熊の人形を持っているけれどまさか呪いを振り撒くと思われてる?
【エドワード】ボンテージ服を着ていれば誰でもいいって訳じゃねえんだわ。
【ハルア】うちの上司と先輩に余計なことをしでかすかと思って、威嚇中。
【アイゼルネ】この人たち本当に愉快ねぇ。
【ショウ】貶す時も一流だが褒める時も一流。
【キクガ】冥王第一補佐官。仕事も有能だが、元々の問題児気質が災いして今回も面白おかしくヴァラール魔法学院へご訪問。楽しいね。
【偽物七魔法王】元々は別の王立学院に通っていた同期生。魔法の成績が良かったので「お前ら七魔法王みたいじゃね?」と言われたのがきっかけでタガが外れた馬鹿タレ。