第2話【問題用務員と偽七魔法王】
さて、今日も今日とて暇である。
「暇だから用務員室をメルヘンチックに改造してみた」
「ばーか」
「んだとお前、メルヘンにするぞコラ」
問題児として付き合いの長いエドワードから単純な暴言をいただき、銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは苛立ったように言う。
用務員室は大層メルヘンチックというか、乙女チックに変貌を遂げていた。どんなことをしたらこんな状態になるのかと問いたくなるぐらいの変わりようだった。
壁紙や床は白色で統一され、家具や調度品もパステル調になっている。淡い色使いの家具や調度品には一角獣や星などの模様が描かれており、クッションや長椅子なんかはフリルやレースがあしらわれて可愛く改造されていた。用務員室の隅に置かれたツキノウサギのぷいぷいの家はドールハウスみたいな可愛い小屋になっている。
いつもの雑多な用務員室とは打って変わって、完全に乙女チックな内装となった部屋を前にユフィーリアは力なく笑う。
「暇だ、最近面白いことないし」
「だからって用務員室をメルヘンチックに改造するのはどうなのぉ?」
「すぐに戻してやるよ。飽きたらな」
「いつ飽きるのよぉ、これぇ」
エドワードは呆れたような顔で長椅子に積まれていたクッションを掴むと、
「うわ何か無駄にふかふかしてるんだけどぉ」
「ふかふか増量中」
「馬鹿みてえなこと言い出したよぉ」
エドワードがポイとクッションを投げつけてきたので、ユフィーリアは難なく受け止めた。魔法で無駄にふかふかさせたので痛くも痒くもない。
「ショウちゃんとハルちゃんが戻ってきたら驚くよぉ」
「アイゼも喜んでるし、あいつらもはしゃぐだろ」
「うわ本当だぁ」
用務員室の片隅に設けられたメルヘンチックな戸棚の前で、南瓜頭の美女――アイゼルネがいそいそと紅茶の準備をしていた。頭部を覆う南瓜のハリボテの下からはかすかに鼻歌が聞こえてくる。足取りも弾んでいる様子だ。
このメルヘンチックに改造された用務員室を楽しんでいるのだろう。彼女が楽しんでくれている様子で何よりである。暇を持て余した結果、用務員室を改造するに至った訳だが、楽しむ人がいてくれるのであればユフィーリアの労力も報われよう。
アイゼルネは花柄の薬缶を片手に振り返り、
「ユーリ♪ ハーブティーを入れたワ♪」
「アイゼ、楽しんでるか?」
「もちろんヨ♪」
弾んだ声で返すアイゼルネは「夢だったもノ♪」と言う。
「こういう童話の中のお姫様が使うようなお部屋、おねーさんの憧れだったのよネ♪」
「乙女だねぇ。その部分、ユーリも見習ってほしいねぇ」
「どういう意味だお前。アタシが野生児って言いてえのか」
「うん」
「しばくぞ」
遠回しに貶してくるエドワードの、やたら高い位置にある尻めがけてユフィーリアは回し蹴りを放った。ただエドワードが頑丈なので回し蹴りを叩き込んでもびくともしなかったが。
「大体さぁ、こんなのの餌食になるのは学院長のところじゃないのぉ?」
「もうやった」
ユフィーリアはレースがふんだんにあしらわれた長椅子に身体を横たえ、ふかふかのクッションを頭の下に敷いて昼寝の体勢に入る。その間に飛んできたエドワードの純粋な疑問に、簡素な答えを返した。
常日頃から問題児の問題行動の餌食になっている学院長のグローリア・イーストエンドの部屋だが、すでに暇を持て余した問題児筆頭によって改造済みであった。まだ彼は授業の真っ最中なので、気づくのはまだ当分先の話になるだろう。
学院長室は、用務員室とはまた違った内装に変更してきた。むしろ学院長室の改造の方が大変だったのだ。暇を持て余しすぎて大変なことになっちまったが、せいぜい楽しい反応を期待したいところだ。
長椅子に寝転がるユフィーリアの顔を覗き込むエドワードは、
「どんな内装にしてきたのぉ? ここと同じメルヘンに改造してきたぁ?」
「水族館にしてきた。水槽いっぱい」
ユフィーリアは欠伸をしつつ、そう返す。
「魚は海洋魔法学実習室で獲ってきた。綺麗だぞ、見に行けば?」
「ショウちゃんとハルちゃんが校内巡回から帰ってきたらねぇ」
未成年組のショウとハルアは現在、校内巡回のお仕事の真っ最中である。不審者を捕まえた場合、その不審者を玩具にして遊ぶついでに1万ルイゼというお小遣いまでついてくる破格のお仕事を最近になって請け負ったのだ。
いつもだったらぷいぷいのお散歩がてら校内巡回に出かけるのだが、今日はぷいぷいもお散歩の気分ではなかったようで寝床に引きこもってしまった訳である。その為、2人で賑やかに校内巡回に出かけて行ったのだ。
彼らが戻ってくるのもまだ先の話になりそうである。さて、グローリアの授業が終わって学院長室に戻り、水族館のようにたくさんの水槽が置かれた学院長室とご対面を果たすか。それとも未成年組が戻ってきて問題児の男子組が見物に行くのが先か。
――ピリリリリリリリリリリ、ピリリリリリリリリリリ。
その時、メルヘンチックな用務員室にけたたましい呼び出し音が鳴り響いた。ユフィーリアの魔フォーンからである。
「あれ、ショウ坊だ」
校内巡回に出かけたショウが、まさかの通信魔法を飛ばしてきたようである。何かあったのか。
ユフィーリアは魔フォーンの表面に触れ、気の抜けただらしのない声で「あーい、どうした」と応じた。
相手が通信魔法に応じるより先に聞こえてきたのは、誰かの悲鳴である。男のものもあれば女のものも混ざっている。どうやらヴァラール魔法学院内に侵入をした馬鹿タレを拷問している最中に通信魔法を飛ばしてきたようだ。その声がユフィーリアの鼓膜を大胆に震わせる。
『もしもし、ユフィーリア? 今大丈夫か?』
「どうした、ショウ坊。侵入者に対する拷問を魔フォーン越しに聞かせようだなんて、いい趣味してるぞ」
『ああ、すまない。聞こえてしまったか。もうそろそろハルさんが片付けると思うのだが――あ』
魔フォーン越しに、ショウの『終わったか、ハルさん』なんて声が聞こえてくると同時に、それまでわんわんと背後を騒がせていた悲鳴がぷつりと途絶えた。
『ハルさんが終わらせてくれた。本当に10秒かからなかったな』
「一体何を殺したんだ、ハルは。どんなものを盗みに入ってきたどこの人?」
『俺たちこそが真の七魔法王だと名乗る、頭が愉快な人たちだ』
ショウの説明を聞いて、ユフィーリアの思考回路が停止しかけた。
用務員室に飾られているカレンダーで日付を確認するも、日付は1月の終盤である。まだまだ冬も終わりを見せない、厳しい寒さが続くこの頃だ。
まだ春にもなっていないのに、そんな頭の愉快な連中が出てくるとは面白い状況である。「俺たちこそが真の七魔法王だ」なんて、無礼を華麗に通り越して愉快極まりない。
ユフィーリアは笑いを堪えながら、
「そいつら正気か?」
『もう生首になってしまったが、今までは正気だったと思うぞ』
「かーッ、もう殺したのか!! 惜しかったなぁ、そいつらが生きてたら会いに行ってやったのに」
『そのことで相談があって』
ショウは明るい声で、
『ハルさんの手で、死体の損耗率は3割未満に抑えられている。今ならまだ死者蘇生魔法の適用も出来ると思うんだ』
つまり、それはこういうことである。
『ユフィーリア、彼らを生き返らせてもう1回精神をボコボコにしてみたくないか? 彼らの矜持をボキボキに折ったら、それはそれは楽しいと思うのだが』
「やる!!!!」
ユフィーリアは即答していた。
だって偽物の七魔法王気取りのあっぱらぱーな連中が出てきただけでも面白いのに、死者蘇生魔法をかけて生き返らせた上で矜持をへし折ってやるなんて最高の遊びすぎるではないか。俗にそれは『いじめ』とも呼ぶのだが、不敬にも自らを七魔法王と名乗る連中にはこれぐらいやってちょうどいい。
この話を聞けば、絶対に他の七魔法王も飛びつくだろう。だが、今はまだ伏せるべきだ。退屈が一瞬で吹き飛ぶ事件が発生して、ユフィーリアのお目目も爛々である。
「待ってろ今から親父さんに連絡して死者蘇生魔法の準備するわ!! 死体は並べておいてくれ!!」
『正面玄関で待ってるぞ』
ショウとの通信魔法を終えて、ユフィーリアは早速とばかりに行動する。まずは死者蘇生魔法の申請書作成からである。
急に元気になり始めた上司の姿を見て、エドワードとアイゼルネは首を傾げる他はなかった。
だが、彼らも問題児である。何やら楽しげな予感を察知したのは言うまでもない。
《登場人物》
【ユフィーリア】暇を持て余しすぎると暴走するが、真っ先に餌食となるのは学院長室。だから怒られるんだよ。
【エドワード】2番手に上司の暇潰しに巻き込まれる可哀想な奴。
【アイゼルネ】お姫様みたいなメルヘンチックな部屋に憧れがある乙女。
【ショウ】死者蘇生魔法を旦那様に要請。
【ハルア】後輩の後ろで拷問中。




