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第11話【問題用務員と損害賠償】

 慌てて戻ってきたら、テントに風穴が開いていた。



「…………これは夢かな」


「引っ叩こうかぁ?」


「顔が取れるから止めろ」



 エドワードが大きな手のひらを構えたところで、ユフィーリアは丁重に辞退した。絶対に殴られたら大変なことになる。


 テントの風穴には現在、人身売買オークションの係員が修繕をしようと必死に動いていた。とりあえず応急処置として別の布を被せておくという話になったようで、あちこちから布をかき集めて魔法で繋ぎ合わせて覆い隠そうと躍起になっていた。

 客席の一部は焼け焦げており、ドレスやスーツの裾が黒焦げになっている人々をちらほらと見かけた。何やら火を放たれたような雰囲気になっているが、どうやって出火したのかは不明だ。


 そして心配していた未成年組だが、



「ハルさん」


「むにむにむにむに」


「ハルさん、ちゃんと聞いているのか」


「びよびよびよびよ」



 ショウが正座をしたハルアの頬をもちもちもちもちと捏ね回していた。


 正座をしたハルアは、後輩に頬を捏ね回されているのを楽しんでいる様子だった。ちょっと嬉しそうである。「うふふふふ」なんて笑い声も漏れていた。

 一方のショウ、アイゼルネ、ルージュはちょっぴり怒っている様子だった。アイゼルネもルージュも腰に手を当てて怒り気味に何かをハルアに言っている様子だし、ショウはお仕置きらしいほっぺもちもち攻撃をしたままである。何だかよく分からないふわふわしたお説教現場に遭遇してしまった。


 ユフィーリアとエドワードは困惑気味に、



「何してんだ?」


「ユフィーリア、聞いてくれ」



 ショウはハルアの頬をパン生地みたいにこねこねしながら、



「ハルさんが奴隷に向かってヴァジュラをぶん投げたんだ」


「ハル」


「ハルちゃん?」



 ユフィーリアとエドワードの口からあからさまに低い声が出た。


 奴隷は奴隷商人の取り扱う商品なので、傷でもつければ損害賠償請求の可能性が非常に高い。ましてや神造兵器レジェンダリィの中でも最強クラスであり、ぶち当たれば確実に消し炭となってしまう『ヴァジュラ』をぶん投げたとあれば奴隷も無事では済まないだろう。

 やはり手加減の出来ない未成年組――その暴走機関車野郎と名高い彼にはまだその辺りのことが理解できていないご様子だった。普段から「物なんて壊してナンボ!!」なんて態度でいるからこうなるのだ。


 ところが、ハルアはユフィーリアとエドワードに詰め寄られてもなお平然としていた。



「あの奴隷が悪いんだもん」


「何が悪いってんだ。損害賠償請求ってなったらまたお前の借金が増えるからな」



 ユフィーリアが低い声でそう言うと、ハルアは「だって」と返す。



「ライナーだとかアイライナーだとか知らないけど、その奴隷が客席を燃やしたしアイゼとルージュ先生をえっちな目で見てたんだもん」


「審議入ります」



 ユフィーリアの判断は早かった。何故なら、ハルアが嘘をつけない性格だということを理解しているからだ。

 もしハルアが本当に奴隷がアイゼルネとルージュに対する態度を問題視したがゆえに暴行へ及んだとすれば、処罰と問題児の次の行動は変わってくる。今は真実を知る必要性があった。


 ユフィーリアはアイゼルネとルージュを見やり、



「お前ら、どうなんだ? ハルの言った通りのことはあったか?」


「そこまでの拡大解釈になるような真似はありませんでしたの。ただ『こっちに来い、可愛がってやる』と上から目線で言われただけですの」


「それより前に客席を燃やしているから、もしハルちゃんがお暴力を行使しなきゃおねーさんたちは事を荒立てない為にも言う通りにしていたわネ♪」


「なるほどそうか」



 まあ、概ね間違いではない様子だ。ハルアはあくまで、アイゼルネとルージュを守る為に損害賠償請求の危険性のある行動に踏み切ったのだ。


 ユフィーリアは少し考える。

 今回の事例は奴隷商人側が奴隷の脱走を許してしまったことが原因で起きた事件である。問題児に落ち度は何もなく、むしろ危うく被害を受けるところだったのだ。この件を使えば損害賠償請求を回避することも容易い。



「よし、ハルの件は不問とする」


「え、でも損害賠償請求がされた場合は……?」


「ショウ坊、任せた」


「なるほど了解した」



 自分の役目をきちんと理解している聡明な嫁は、迷わず頷いた。


 すると、横から「ちょっといいですかねェ」なんて棘のある声が飛んでくる。

 見ると、何やら額に青筋を浮かべた仕立てのよさそうなタキシードを身につけた男が大股で歩み寄ってきた。おそらくライナー・エティカを奴隷として所有する奴隷商人だろう。顔は笑顔を浮かべているものの、口元がひくひくと痙攣しているので怒りを堪えているのかもしれない。


 ショウがスッと前に進み出ると、



「何でしょうか」


「困りますよ、うちの商品を傷物にしてくれちゃ。それにあのテントの穴も!!」



 奴隷商人の男は「どう責任をとってくれるんですか?」と丁寧な口調で責任を問うてくるが、ショウは平然とした態度で言い返す。



「そちらが奴隷を逃さなければこのような被害も起きませんでしたよ。損害賠償請求はお門違いでは?」


「いやいや、あの奴隷が売れなかったらうちも商売上がったりなんですわ」


「だから何ですか? 奴隷が逃げた責任すらこちらに押し付けるつもりですか? 最初から言いましたよね、奴隷が逃げなければこのような被害は出なかったと。貴方の管理監督責任が甘かったからこのような事態が起きてしまったんじゃないんですか? 商品として扱うんでしたらもう少し逃げないような工夫をすべきところを貴方が杜撰な管理をしているから逃げた上に客席も焼かれるし一部のお客様はお洋服を黒焦げになったりしましたよ?」



 奴隷商人は何も言えなくなってしまった。まさかショウがここまでズケズケと言い返してくるとは考えてもみなかったのだろう。

 考えが甘いと言わざるを得ない。ショウは問題児切っての舌戦の達人である。彼に口で敵う相手はおらず、怒りを煽り、時に正論で返すのでぐうの音も出ないほど言い負かされるのがオチだ。


 しかし、相手は弁が立つ商人である。負けじとショウに食ってかかる。



「ええ、その件の損害賠償は私が責任を負いましょう。ですが奴隷を傷物にしたのはそちらですよね?」


「ほう、女性陣に対する侮辱とも呼べる言葉を貴方の所有する奴隷が投げかけたのですが、心理的な傷を負った彼女たちの損害賠償はどうしてくれますか? この先、男性に対する恐怖心で外もまともに歩けなくなった場合の責任は誰が取ってくれるのでしょうか? 現状、奴隷の責任を取るべきなのは主人である貴方ですよね?」



 ショウも素早く切り返す。おそらく、相手が何を言っても損害賠償の責任はないことを主張するだろう。

 さすがの奴隷商人も苛立っているようだった。表情から余裕が消え、拳を握りしめている。


 そこに、



「失礼。うちの息子が何か粗相を?」


「ッ!!」



 奴隷商人の背後から穏やかな声が投げかけられる。


 彼の背後に立っていたのは髑髏どくろのお面を頭に乗せた冥王第一補佐官――アズマ・キクガである。不思議そうな表情で首を傾げている。

 奴隷商人は途端に表情を明るくさせた。話の通用しない息子よりも保護者ならば損害賠償の責任を問えるとでも思ったようだ。



「おたくの息子さんがうちの商品を傷つけましてねェ、ええ!!」


「そうかね。それは大変失礼なことを」


「どう責任をとってくれるんですかねェ!?」


「ではこちらの小切手に好きな金額を書きなさい」



 キクガが取り出したのは小切手の束だった。


 奴隷商人の表情が綻んだ。まともに損害賠償請求が叶ったと思ったのだ。

 いそいそと懐に忍ばせた万年筆でキクガから受け取った小切手の束に金額を書こうとするが、その次にキクガから浴びせられた冷たい言葉に動きを止めた。



「その金額が、君の命の値段な訳だが」


「――――は?」


「奴隷商人は冥府の法律によって第3刑場、もしくは第4刑場送りとなる訳だが。いやはや、ここで出会えてよかった訳だが」



 キクガはにこやかな笑みで、



「奴隷商人はそこそこの魔法使いの家系ゆえに、寿命で冥府に来ることがない訳だが。そこで冥府の法律を変更し、拉致および監禁の罪を犯した奴隷商人は冥府連行刑を適用することになった訳だが。これから君は冥府の刑場にて反省してもらう」


「そんなッ、聞いてないぞ!!」


「およそ5年前に変更しているし、発表もしている訳だが。勉強不足ではないのかね?」



 顔を青褪めさせる奴隷商人の顔面を鷲掴みにしたキクガは、地獄の底から聞こえるような低い声で言う。



「冥府にアーリフ連合国の法律が通用するとは思わない方がいい。君は289人の女子供を誘拐し、その上28人も殺害した訳だが。冥府の法廷など甘い、冥府の刑場に直接行ってもらう訳だが」



 何事か泣き喚く奴隷商人を純白の鎖で雁字搦めに巻き上げたキクガは、ホクホク顔で男を引きずっていく。見れば冥府天縛で同じように縛られた男が大量に続いていた。奴隷商人を片っ端から検挙したのだろう。

 冥府転移門を召喚したキクガは検挙した奴隷商人を連れて冥府に戻ろうとする寸前で、ピタリと足を止める。それからくるりとこちらを振り返った。


 キクガの視線は、ルージュに向けられていた。



「アーリフ連合国の法律なぞを持ち出されて言いくるめられるとは、第三席も落ちた訳だが。法律を変えてやるぐらいの傲慢さを見せなさい」


「むきゃーッ!!」



 ルージュが奇声を上げて飛びかかるより先に、キクガは奴隷商人を連れて冥府転移門の奥に消えてしまった。

《登場人物》


【ユフィーリア】ショウの舌戦は時に使いよう。

【エドワード】凄い勢いで言い負かしていくので、ちょっとゾクゾクしちゃう。

【ハルア】ほっぺもちもちされても平気だもんね。

【アイゼルネ】怒るのが苦手な形に頑張って未成年組を怒ろうとしていたけれど、何だか効いていない様子。

【ショウ】問題児きっての舌戦の達人。弁護、煽り、何でもござれ。


【ルージュ】キクガに喧嘩を売られたことに腹を立てた様子。

【キクガ】ルージュなど目につかないぐらい奴隷商人という厄介な連中を冥府送りに出来て嬉しい。ほくほく。

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