第9話【問題用務員と確保?】
騒動に紛れて、人身売買オークションの裏側に潜入である。
「目当ての奴隷落ち犯罪者はどれだっけ」
「ライナー・エティカだってぇ」
「ああ、最近有名だったな。『歯無』の殺人鬼か」
バタバタと人身売買オークションの係員が駆け回る中、ユフィーリアとエドワードはコソコソと裏手に侵入を成功させていた。
あの広大なテントの中のどこにこんな場所があったのかと聞きたいぐらいに、無数の檻が積み重ねられた裏手はなかなか広い。見上げるほど積み上げられた檻の中には複数人の奴隷がまとめて、鋼鉄製の首輪を嵌め込まれた状態で押し込められている。
大人用と子供用の檻は分けられているようだが、衛生環境がよくないのか扱いが酷かったのか、どの奴隷も生気がない。ぼんやりと空中に視線を彷徨わせ、目の前を通り抜けるユフィーリアとエドワードに「誰だこの人たち」と言わんばかりの視線を寄越してきた。
ただ、檻の扉が開けっ放しになっているものもある。それらの檻の中身は全ていなくなっていた。
「ここら辺の奴隷だな」
「周りを見る限りは労働用の奴隷みたいだねぇ」
周囲に積まれた檻を確認すると、ボロボロの衣服を身につけた男の奴隷ばかりだった。鶏ガラのように痩せ細っている奴隷から程よく鍛えられた奴隷まで幅広く揃えられているが、見る限りでは中肉中背の奴隷が多い。
おそらく土木工事か開拓現場向けに販売される、労働用の奴隷なのだろう。劣悪な環境でも人間が住めるように整地するのが彼らの仕事だ。朝から晩まで瓦礫を運ばされたり、土を掘り返したりなどの仕事を請け負うことになるだろう。
人身売買オークションの係員ではなさそうな雰囲気を感じ取ったのか、檻に詰め込まれた奴隷の1人が鉄柵に飛びついて「おい」と切実な声で訴えてくる。
「ここから出してくれ、俺は騙されただけなんだ!!」
「騙される方が悪い」
ユフィーリアは奴隷の訴えを一蹴すると、背後から聞こえてくる罵声など聞く耳持たないと言わんばかりにさっさと通り過ぎた。奴隷を助けるなど馬鹿な真似はしないのだ。
「え、いいのぉ?」
「助けたら損害賠償請求がこっちに飛んでくるんだよ。何せ相手は『商品』だからな」
奴隷を逃がすことは商品を盗むと同義であるので、奴隷を脱走させるような真似をすれば高額な損害賠償請求が飛んでくる可能性が高い。商人の取り扱う商品には手を出さないのが吉だ。
そんな訳で、捕まって奴隷にされようが何だろうが商品であることには変わらないので逃がすことは出来ない。助けたところでユフィーリアたちに得られるものは何もないので、放置しておくのが最適解だ。
ユフィーリアはエドワードの脇腹を小突くと、
「それよりライナー・エティカだよ。どこにいるか分かるか?」
「騒がしいのは奥の方だけどぉ」
エドワードが視線を投げた方向に、ユフィーリアも目を向ける。
積み重ねられた檻が織りなす通路の向こう側がやたら騒がしく、人だかりも出来ている。さらに呪文らしきものを唱える声が聞こえてくるので、逃げた奴隷を捕らえる為の魔法を行使しているのだろう。
なるほど、戦闘がある様子だ。ここに未成年組を突っ込めば、奴隷の詰め込まれた檻を薙ぎ倒して参戦することだろう。采配は間違えてなかったとユフィーリアは確信する。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を銀製の巨大な鋏に切り替えながら、
「よし、突っ込むぞ」
「はいよぉ」
エドワードも拳を構え、2人揃って人だかりめがけて突っ込んだ。
人身売買オークションの係員を押し退けて進むと、今まさに逃げようと躍起になっているボロボロの衣服をまとっただけの奴隷の集団と、杖を構える係員の対立構造が出来ていた。打ち込まれる雷の魔法を奴隷たちは軽い身のこなしで回避し、テント内から逃げられる道を探している。中にはテントの布地に飛びついている奴隷もいたが、おそらく布地に強力な魔法でも施してあるのか捲ることすら出来ない。
意外にも奴隷の身体能力が高いので雷の魔法を打ち込んでも回避されてしまうが、逆に奴隷の方も人身売買オークションの係員が魔法を使ってくるので下手に近づけないでいるようだ。両者の間には10歩ほどの空間が横たわっており、防壁のようになっている。
「クソ、何て身のこなしだ!!」
「足を狙え、足を!!」
「商品だぞ、傷つけるな!!」
「価値が下がるぞ!!」
係員の間で怒号が飛び交う。奴隷の捕縛に悪戦苦闘している様子だった。
「おう、兄ちゃん。魔法の腕がご入用か?」
「ああ? 誰だオタク、何でこんなところに」
係員の1人にユフィーリアが問いかけると、彼は訝しげな表情を見せる。こちらは侵入している身なので、相手が事実に気づくより先にユフィーリアは係員に捲し立てる。
「商品を傷つけずに捕まえるなら任せろ。代わりに1人、奴隷を融通してほしい。金なら払う」
「出来るのかよ、女のくせに」
「こちとら有名魔法学院に属している身でな。魔法の腕前ならお前らよりもあるよ」
係員が少し考えてから、ユフィーリアに道を譲る。他の係員も前に進み出てきたユフィーリアの姿を認めるなり、魔法を打ち込む手を止めた。
奴隷たちは、無謀にも進み出てきたユフィーリアとエドワードを首を傾げて観察していた。絶えず打ち込まれていた魔法の雨が止んだことで逃げ出す確率は高まったが、何故か奴隷たちは逃げる素振りを見せない。
おそらくだが、ユフィーリアの構えている銀製の巨大な鋏が抑止力となっているのだ。逃げ出せば首を刎ねられるとでも勘違いしているのだろう。そのまま勘違いしていてくれたらありがたい。
ユフィーリアは努めてにこやかな笑みを見せ、
「どうも、初めまして。大人しく檻の中に戻るつもりはねえか?」
その呼びかけに対する奴隷側の主張は、
「誰だテメェ!!」
「1人でのこのこやってくるたァ、いい度胸だな!!」
「奴隷として捕まる前にゃ色々と悪いことをしてきたんだぜ、こっちはよぉ!!」
相手が誰だということも知らないまま、そんなことを吠えた。よくもまあ吠えることが出来るものである。
彼らは七魔法王が第七席【世界終焉】たるユフィーリアが怖くない様子だ。その度胸は見事なものである。まあ、知らないだけかもしれないが。
やれやれと肩を竦めたユフィーリアは、
「おうおう元気に吠える商品たちだな」
「余裕ぶっこいていられるのも今のうちだぞ、女」
「お前なんかすぐに」
余裕綽々とした態度を見せる奴隷たちが、突如ピタリと動きを止めた。自分の身体に視線を落とし、指先の動きや足の動きを確認するような素振りを見せる。
どうやら身体能力が高いだけあって、ユフィーリアが知れず使った魔法に勘付いたようだ。なかなか察しのいい奴隷どもに胸中で称賛の拍手を送ってやるが、魔法を解除するような真似はしない。
脱走した奴隷たちはユフィーリアを睨みつけると、
「おい、クソアマ。何をした……?」
「悠長にお喋りに来たとでも思ってんのか? そう考えているなら、お前らの脳味噌は随分とお花畑だな」
銀製の巨大な鋏を担いだユフィーリアは、
「凍りつけ」
次の瞬間、奴隷たちが一斉に不格好な氷像と化した。
ユフィーリアが発動した魔法は、じわじわと侵食する形式の氷の魔法である。動きが鈍くなっていったのに気づいたところはよかっただろうが、残念ながら進行する魔法の罠は彼らでは解除できなかった。
もちろん、魔法を解除すれば元通りだ。商品価値を損なうような真似はしない。
ユフィーリアは唖然とする人身売買オークションの係員たちに振り返り、
「悪いな、この凍りついた奴隷の中から目当ての奴を探させてもらう。終わったら縄で拘束してくれ、魔法を解けば元通りだ」
ユフィーリアがそう言えば、係員たちから安堵の息が漏れた。一瞬にして全身が凍りついたので商品に傷がついたとでも思ったのだろうが、そんなヘマはしないのが自他共に認める魔法の天才の成せる技である。
大股で奴隷たちに歩み寄ったユフィーリアとエドワードは、奴隷たちの顔を調べていく。凍りついたとしても顔の輪郭がよく分かるので、目当ての人物は探し出せるはずだ。
あらかじめルージュから受け取った手配書を確認しながら、氷像となった奴隷たちを調べていくも、目当ての奴隷の姿がここにはなかった。まさかすでに騒動に乗じて逃げたのだろうか。
「エド、いたか?」
「いないねぇ」
互いの顔を見合わせた次の瞬間だ。
――――ッッッッッドン!!
人身売買オークションの会場方面で、激しい爆発音が聞こえてきた。
「まさか……」
「会場の方に逃げたぁ?」
ユフィーリアとエドワードは顔を青褪めさせ、それから急いで会場方面に引き返していく。
奴隷落ちしたライナーが客たちの身を脅かしていることに対する恐怖ではない。ライナーが殺されてしまわないかの恐怖である。
何故なら会場方面には、手加減の『て』の字も知らない未成年組を残してきてしまったのだから。
《登場人物》
【ユフィーリア】確保するのに氷の魔法ほど適したものはない。
【エドワード】力技でどうにかしようと思ったけれど、今回は人探し程度で出番なし。