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第7話【問題用務員と人身売買オークション】

 日も暮れて、共同バザーの客足もまばらとなってきた。



「お迎えに上がりましたの」


「おう、ご苦労」



 ちょうど撤収作業が完了すると同時に、ルージュがユフィーリアたちの使用していたテントを覗き込んできた。


 本日のお仕事である人身売買オークションの護衛はこれからだ。客の中にも奴隷商人が混ざり込んで人攫いを実行したりするので気をつけなければならない。

 人攫いを警戒するのでルージュは問題児を護衛として雇った訳だ。別に彼女が人攫い程度に捕まるのであれば見てみたいところではあるが。


 ユフィーリアたちが持ち込んだ衣類などを見やったルージュは、



「売れ行きはいかがでしたの?」


「まあ、ぼちぼちだな」



 ユフィーリアは魔導書の詰まった木箱を安全に封をしながら、



「つーか、お前は今まで何をしてたんだよ」


「調理道具を見繕っておりましたの」



 ルージュはどこか困ったような表情で、



「わたくしの料理に耐えられる調理器具がどこにもないんですの。最近の調理器具はこんなにも軟弱なんですの?」


「お前の使い方がおかしいだけだ」



 ユフィーリアは「馬鹿じゃねえの」と言葉を付け加えた。


 ルージュの料理と言えば、食べた人間を軒並み冥府の法廷へ無理やり立たせる毒物クッキングである。本人は食べても平気な鋼鉄の胃袋を持ち合わせているものの、一般人は毒草がふんだんに使われた料理を食ったら普通に死ぬ訳である。

 そして、それを作る為の調理器具など最初から存在しない。普通の調理器具は毒草を料理することを想定して作られていないのだ。一般の調理器具でルージュの作るような料理を作れば、フライパンは溶けるし包丁は腐り果てると思う。


 ルージュは話を誤魔化すように咳払いをすると、



「では準備が出来たら会場に行くんですの」


「あの、人身売買オークションなんてどこでやるんですか?」



 ショウが控えめに挙手をして、ルージュに質問を投げかける。



「あら、普段の態度から想像できないぐらいに謙虚な姿勢ですの」


「おや、いつも通りの態度がお望みなら言ってくださいよ。泥水コーヒー飲みます?」


「飲む訳ねえですの馬鹿タレ!?」



 ショウの態度の変わりように、ルージュは金切り声を上げた。完全に相手を舐め切った態度であった。



「人身売買オークションの会場は、あちらに見える大きなテントですの」


「おお、あれがそうですか」


「サーカスが来てるのかと思った!!」



 テントに置かれた簡易的なテーブルから身を乗り出して、未成年組の2人がルージュの指し示した方向を見やる。


 そこにあったのは、夕焼け空を背景に佇む巨大なテントである。赤と白の天幕が特徴的で、確かに移動式サーカス団がやってきたのかと思うぐらいに見た目も派手だ。

 実際、奴隷商人による人身売買オークションは移動式サーカス団を隠れ蓑にしている場合が結構多い。あたかも「我々はあくまでサーカス団です」と言わんばかりに目立つテントを用意し、奴隷たちにわざと芸をさせたりとか見目麗しい奴隷を店頭に置いて呼び込みをしたりなど法の目を掻い潜っている訳である。


 魔導書を封じ込めた木箱を転送魔法でヴァラール魔法学院に送ったユフィーリアは、



「人身売買オークションだからって、筋肉ムキムキな奴隷とか買うんじゃねえぞ。あくまで奴隷落ちした犯罪者ってのを確保しに行くだけなんだからな」


「わ、分かっておりますの」



 そう答えるルージュの目は、ばちゃばちゃと泳ぎまくっていた。


 ――どうやらこの真っ赤な魔女は、どさくさに紛れて筋肉質な奴隷も確保するつもりでいたようだ。問題児の目を掻い潜ろうとするとはなかなか度胸のある魔女である。

 ショウとハルアは刺すような視線をルージュに送り、エドワードを守るように2人揃って立ち塞がる。アイゼルネは「ルージュ先生も懲りないわネ♪」なんて呆れていた。


 ユフィーリアはため息を吐き、



「お前、もう七魔法王セブンズ・マギアスを名乗るのを辞めたらどうだ?」


「わたくしが七魔法王を抜けた場合、誰が常識枠に収まるんですの」


「リリア」


「確かにリリアさんが適任ですの。ですが11歳の少女にそんな重荷を背負わせる訳には」


「お前は自分が常識人だと思ってるのか? だったら辞書で『常識』って言葉を探して内容を暗記してきた方がいいぞ。お前の行動の全ては常識って言葉から逸脱してんだよクソボケ」


「何なんですの、いつにも増して毒が酷い!!」


「お前がふざけたことを抜かすからだろうがよ。アタシでよかったと思え、ショウ坊だったら10倍になってたところだ」


「それもそうですの」



 納得してしまったルージュに「納得してんじゃねえ」とユフィーリアはツッコミを入れるのだった。


 ちなみに会話を聞いていたショウからは「何を言う、俺に任せてくれれば100倍返しの上に絶対に心を折ってやる所存だ」と自信満々に回答いただけた。

 やはり問題児の中で舌戦最強を謳う彼の怖いことこの上ない。



 ☆



 テント周辺は賑わっていた。



「いらっしゃいませ!!」


「ようこそ、間もなくショーが始まりますよ!!」



 テント周辺に佇む煌びやかなスーツやタキシードを身につけた男たちは、おそらく奴隷商人だろう。彼らのすぐ近くには綺麗なドレスを身につけた子供たちが数人ほど控えていた。

 子供たちの表情は悲壮感に溢れていた。奴隷商人らしい男たちに小突かれると、途端に満面の笑みを見せて「いらっしゃいませぇ」「ようこそぉ」と甘ったるい声を上げて客を呼び込んでいた。


 そんな彼らを横目に、ユフィーリアたち問題児はルージュに連れられてテントの中に足を踏み入れる。



「中は結構広いな」


「はぐれるなよ。ハルと手を繋いでおけ」



 ショウがキョロキョロと周囲を興味津々で見回すので、ユフィーリアは念の為の警告をしておいた。


 テント内は意外にも広く、高い位置にある天井付近には手の形をした気味の悪い燭台しょくだいが無数に浮かんでいた。手のひらに小さな炎が浮かぶ様は、まるでその明るさを手に入れようとしているかのようだ。

 ぐるりと周囲は客席が取り囲み、中央には円形の舞台が設置されている。舞台のすぐ側には従業員専用の通路が設けられているので、おそらくそこから商品である奴隷を引っ張ってくるのだろう。


 ルージュが迷いなく手近な椅子に着席したのを見計らい、ユフィーリアたち問題児もそれに倣う。すると、



「おや、珍しい。奴隷を5人も所持しておいでかな?」


「あ?」



 ルージュの隣に座った紳士が、まるで世間話のようにそんなことを告げた。仕立てのいいタキシードとシルクハットを頭に乗せた、穏やかな見た目の紳士である。鼻の下に伸びた髭は丁寧に整えられているのが憎たらしい。

 紳士はこちらを品定めするかのように視線を彷徨わせ、それからショウとハルアを見るなり「ほう、なかなかの美少年な奴隷ですな」などと失礼なことを言う。ドレスなどを身につけたルージュが主人で、問題児を綺麗に着飾った奴隷と勘違いしているのだ。


 なので、問題児は問題児らしく威嚇をした。



「おうおっさん、第七席【世界終焉セカイシュウエン】を奴隷と勘違いするなんていい度胸じゃねえか。痕跡残さず世界からオサラバしてえか?」


「噛み殺すぞおっさん」


「夜道に気をつけなよおっさん!!」


「売ってはいけない相手に喧嘩を売るなんて不憫ね、おじ様♪」


「冥府の法廷で俺の父と熱く握手を交わしますかおじさん。冥府に直葬で5秒とかかりませんよ」


「何を一般人相手に威嚇しているんですの!!」



 ルージュからキツめの一撃を脳天にもらい、ユフィーリアは思わず呻き声を上げる。第七席【世界終焉】を奴隷と勘違いした紳士は、顔を青褪めた様子で転がるようにテントから飛び出した。



「全く、七魔法王の名前を使って脅すなんて何を考えているんですの」


「うるせえな。奴隷だなんて失礼なことを言いやがる方が悪いんだよ」



 それに、あのまま黙っていたらハルアとショウを指差して「この奴隷はいくらかね?」とか言いそうだったので、先手を打つことにしたのだ。問題児の威嚇は正当な抗議の証である。


 その時、空中を漂っていた趣味の悪い燭台の火が次々と消えていく。それに合わせて客席に座った人身売買オークションの参加者が口を閉ざした。

 趣味の悪い燭台が中央の舞台に集まる。パッと明るく照らしたそこには、タキシード姿の男が立っていた。妙に腹の立つちょび髭をくりくりと指先でいじる様は、助走をつけて殴りたくなる。


 客席をぐるりと見渡すと、舞台上に立つ男は司会者よろしく声を張り上げた。



『お集まりいただいた紳士淑女諸君、これより人身売買オークションを開催する!!』



 その宣告がテント内を響き渡ると同時に、万雷の喝采が舞台上の男に送られるのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】調理器具にはこだわりがある派。丈夫さと軽さを重要視する。重たい調理器具はその重量も込みで魔法を使わなきゃいけないから。

【エドワード】調理器具にはこだわりはない派。ユフィーリアが使っているものを使うが、軽いものは壊れそうだからちょっと敬遠する。

【ハルア】調理場絶対立ち入り禁止マン1号。包丁を逆手で握って怒られたことがある。

【アイゼルネ】調理器具ではないが、茶器にはこだわりを持つ派。見た目が豪華なものがお気に入り。

【ショウ】調理場立ち入り禁止マン2号。最近、料理をすると必ず焦げるようになった。(卵かけご飯除く)


【ルージュ】調理器具は頑丈じゃないとすぐに溶けてしまうので、少しでも頑丈なものがほしい。使い方が阿呆なだけ。

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